15-1 盗賊の眼

 ◆◆◆


 盗賊に連れ去られたハクが目を開けると、眼前には男の顔があった。傷のあるその顔には見覚えがあり、ハクは思わず言葉をこぼす。


「あなたは!」


 その男は、ステアの町で魔法使い組合を出た時にぶつかった男だった。

 近くには、あの時いたもう一人の男の姿もある。


(あの時に何か仕掛けられたのか)


 それなら、あの黒い煙の謎にも説明がつく。

 あの時から、狙われていたということだ。


「もう起きたのか? もう数時間は眠っているはずだったんだが」


 顔の傷のある男は少し驚いたように言ってから、ハクからゆっくりと離れた。

 その男の手には、ハクの魔法の杖が握られていた。


 ハッとしてハクが下を見ると、服の前の部分が引き裂かれていた。

 杖を取り返そうと動こうとしたが、腕は後ろでロープによって固く結ばれているようだった。足も拘束されていて、立ち上がる事もできない。


 周囲を見渡すと、ここは洞穴のようだった。内部は松明たいまつで明るいが、外の薄暗さを見るとおそらく夜だろう。


「あったぞ、これだな」


 傷のある男は、もう一人に杖を見せる。


「ヴァド、これ本当に価値があるのか? ただの綺麗な木の棒にしか見えないけど」


 若いもう一人の男にヴァドは、冷めた目を向けた。


「シンタ、お前は見る目があるのか無いのか分からないな。持ってみろ」


 ハクの杖を受け取ったシンタは、杖を振って楽しそうな笑顔を浮かべた。


「へぇー、何かすごいですね! 持つだけで強くなった気分」


 子供のように喜んでいるシンタの様子を、ハクは冷静に観察していた。


 それから、ハクはヴァドと呼ばれていた男に声をかけた。


「ねぇ、あなた達の目的はその杖?」


 ヴァドは思い出しようにハクに目を向けると、捕まえられたその姿をつまらなそうに眺める。


「ああ、そうだ。組合で魔術師の女とお前らが話しているのを聞いた。そんなに価値がある物なら、狙うのは当然だ。身の丈に合わない物を持ち、見せびらかすからこうなる。愚かだな」


 男は低い声で話したが、ハクとしては答えてくれただけで少し驚いていた。


 神魔塔党では無視される事が多かったから。


(そういえば、捕まるのはあれ以来か……)


 神魔塔党での牢生活を思い出して、ハクは少し身震いした。


 それから、答えてくれるならとハクはさらに質問する。


「あの場にいた他の人達はどうなったの?」


 ハクのその問いを、ヴァドは鼻で笑った。


「こんな時に、他人の心配か? まあ、いい。全員無事だろうな。増援の魔術師が来て、俺達はお前を連れて早めに撤退したから」

 

 その返答にハクはホッと息をついた。


 もしハクの杖を狙った盗賊に、タツア達が殺されたなんて事になっていたら、罪悪感でもう立ち直れなかったかもしれない。


 それから、魔術師というと考えられるのはマニュアだ。なぜ居合わせたのかは分からないが、なんだかんだ悪い人では無いから、きっと強力な助っ人になってくれただろう。


 そして何より大事なことがある。


(アルナも無事か……)


 そう思ってハクは静かに微笑んだ。


 杖の使い心地に感激していたシンタは、そんなハクの様子を気味悪そうに見た。



(それにしても、律儀に答えてくれるなんて、このヴァドって人はいい人なのか?)


 そう思ってハクがヴァドにもう一度目をやると、その鋭い視線とぶつかった。

 さっきまで興味なさげだったのに、今は見定めるように観察してくる。


 居心地が悪くてハクが視線を逸らすと、ヴァドは言う。


「お前……」

「ヴァド!! 杖は見つかったか!?」


 その時、大声で入ってきたのは酔っ払いの大男だった。

 酒を飲みながらふらふらと歩く大男に、シンタは畏まった。


「ボス、これです」


 シンタが差し出した杖を奪い取ったボスは、杖を眺めながら言う。


「おー、これはいい品だな。売るには惜しいくらいだ」


 それから、ふとボスはハクの存在に気がついて、じっと見つめてアルコールで歪んだ眼の焦点を合わせた。


「あー、そういえばガキごと連れてきたんだったな」


 そう言って近づいてきた盗賊のボスからは、強いアルコール臭がして、ハクは顔を顰めた。

 対するボスは上機嫌で、口角を上げて言う。


「こいつは上玉だな。高値で売れそうだ」


 そんなボスに、ヴァドは静かに告げた。


「ボス、人身売買はやめたのでは? 前に痛い目を見たのでしょう?」


 すると、途端にボスは不機嫌になる。


「ああ、そうだったな。神魔塔党のやつ、今でも腹が立つぜ!」


 そうしてボスが壁を蹴ると同時に、洞穴全体が揺れた。

 そして、ボスが足をどけた後の頑丈そうな岩盤にはヒビが入っていた。


 それを見たハクは、ボスの強さを感じて身震いした。さすがボスをやっているだけの事はある。


(ここに長居するのは、やめた方が良さそうだ)


 今、目の前にいる男達は、見た目以上に危険だとハクは感じ始めていた。


 もしこの不死身の体と魔法が無かったら、泣きじゃくってとても冷静ではいられなかっただろう。


(どうやって逃げる?)


 相手は三人。盗賊のボスとヴァド、それからシンタ。ボスが強いのは確定だし、ヴァドは未知数。シンタが見た目に反して強いなんて事もあるかもしれない。


 いずれにしても、このロープの拘束を解かない事には何もできない。


 そんな風にハクが必死に頭を捻っていると、外からさらに盗賊が二人入ってきた。


 二人とも酔っ払っているようで、外の騒がしさを鑑みると、洞穴の外では飲み会でも開かれているのかもしれない。


 酔っていてもあの威力のボスは別として、盗賊の大半が酔っ払っているのならハクとしては好都合だ。


「シンタ、見てくれよ〜。こいつが俺の言う事を信じてくれなくてよ。俺は五人だって言ってるのに」

「はぁ? 俺が四人だからって盛るなよ。お前は精々三人だろ?」


 酔っ払いの盗賊二人は、シンタに絡んでいる。

 すると、シンタはため息をつきながら、二人の目を覗き込んだ。


「二人と、三人だ」


「ハッ、ハッ、ハッ! ほら言っただろー。俺の方が多い!」

「お前だって、盛ってたじゃ無いかー」


「二人とも、ボスの前だぞ!」


 シンタの言葉に、二人の盗賊はハッとして畏まる。しかし、目はトロンとしたままだ。


「これは、ボス! ボスは何人でありますか?」

「ハハハ! 失礼だぞ、お前〜」


 二人の酔っ払いは、ボスにまで絡み始めた。


「おい、その辺にしとけって……」


 止まらない二人に、シンタも焦り出している。

 すると、ボスは不敵な笑みを浮かべた。


「おい、シンタ。俺も見ろ。何人だ?」

「え?」


 シンタは驚いたようにボスを見た。ボスは本気で指示しているようだ。


「はい……」


 ボスに言われて、シンタは恐れ多そうに目を覗き込んだ。


「200人以上です……」


「そうか。だそうだ、お前ら二人もそこに加えてやろうか?」


 冗談めかして言ったボスの言葉に、盗賊二人の紅潮していた顔はみるみる青ざめていく。


「申し訳ありません」

「失礼しました」


 すっかり酔いが覚めた様子の盗賊達は、逃げるように洞穴から出て行った。


(いったい何の人数なんだろう?)


 疑問を浮かべるハクをよそに、盗賊たちは会話を続ける。


「申し訳ありません、新入りが失礼を」


 謝るヴァドに、ボスはつまらなそうに手を振った。


「別にどうでもいい」


 ボスの酔いは少し覚めてきているのかもしれない。

 それから、ヴァドはシンタにも目を向けた。


「シンタも、見えるからといって乱用するなといつも言っているだろ。人が殺した人間の数なんて、知ったところでろくなことにならない」

「ごめんなさい」


 シンタは叱られた子供のように、大人しく項垂れた。


 一方のハクは、ヴァドの発言に戦慄していた。


(人が殺した人間の数が分かる!?)


 どうやらこの世界には、いろいろと不思議な能力があるらしい。


(この人は200人以上殺しているのか……)


 盗賊のボスを、ハクはおそるおそる見上げた。


「俺は、もう一度酒を入れてくる」


 そのボスは、ハクの杖を持ったまま外に行こうとしていた。


(まずい! 杖が……)


 ハクは杖が視界にある内に行動を起こす事にした。

 距離が離れると上手くいくかは分からない。

 

 ハクは杖に意識を集中した。


 できるかどうかは分からないがやるしか無かった。

 杖にはハクの髪がたくさん取り込まれている。


(だから、魔力さえ上手く伝えられれば……)


 一瞬、杖が震えた気がした。


(いける!)


 ハクは咄嗟に言葉を吐いた。


「その程度なの?」

「なんだ?」


 呼び止められたボスは、不機嫌そうに振り返った。

 恐怖で震えそうだったけれど、それを押し殺して、ハクは言葉を続ける。


「あなたが殺した人数、その程度なのかって言っているんだ」

「は? 何言ってやがる!」


 声を荒げたシンタを、ハクは鋭く見遣った。


「シンタさん。僕も見てみてよ、その眼で」

「は?」


 シンタは怪訝そうにしながらも、ハクの目を覗く。


「いいか? 俺が見えるのは、そいつが直接手にかけた人数で……」


 その瞬間、シンタの口が止まった。


「アッ、アアーー!!」


 シンタは腰を抜かし、怯えるように後ずさった。


(いい反応だ)


 ハクは笑みを浮かべた。

 こんな危機的な状況だ。使えるものは全て使う。


「どうした? シンタ?」


 ヴァドの問いに、シンタは震えた声で答える。


「1000人、2000人、いや、もっとそれ以上だ……」


「なに!?」

「なんだと!?」


 ヴァドとボスは、驚いたようにハクを見る。


 そして、ボスの杖を持つ手が緩んだ。


(今だ!)


 ハクは杖に意識を集中させた。


『来い!!』


 すると、ボスが持っていた杖はその手をすり抜け、一人でに宙を移動して真っ直ぐに本来の持ち主へと向かって行く。


 ハクは帰ってきた杖を咥えると、中に収納している髪を触媒に魔法で鳥を生み出した。


 ただの鳥では無い。翼は刃のように硬く鋭い、特別な鳥だ。


 そして、その鳥はすぐに素早く飛んでハクを縛っていたロープを断ち切った。


 自由になったハクが、杖を手にして立ち上がると、シンタが畏怖の目を向けてきた。


「化け物だ!!」


 ハクは破れている服を生成魔法の応用で修復してから、怯えているシンタに目をやった。


(そうか、私は大量殺人者だったか……)


 狙い通りとはいえ、ハクは少し残念に思っていた。

 実は少し期待していたのだ。誰も殺していないゼロ人だと言われることを。


 結果的には、スードがデタラメを言っていたという僅かな可能性は消え失せた。


(私は、ハイナドを滅ぼした大悪党だ。ここにいる誰よりも悪人だ!)


 そう思ってハクは自身を奮い立たせ、恐ろしい盗賊達に向かい合った。


「それで、どうする?」


 ハクの言葉に返答は無く、ヴァドとボスの二人は様子を伺うようにハクを見ている。

 シンタと違って、過剰に怯える様子は無い。


(なら、先手必勝だ!)


『インパクト!!』


 ハクは杖を振るい、魔法を放った。


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