14-3 一歩

「みんなもそれでいいよな?」


 ハクを助けに行くと宣言したタツアは、大人たちに確認する。


「ああ、ハク君を連れて行かれたのは私の失態だ。もちろん助けに行くさ」


 グンハは鞘に収めた剣を強く握って言った。


「マニュアも協力してくれるか?」


「いいわ。私は元々盗賊討伐の依頼で来たわけだし、相手は想像以上に手強い。協力しましょう」


 マニュアの返事にグンハは頷く。


「私としても異論はありません」


 ルメスの言葉を聞いたタツアは、活き活きとして言う。


「じゃあ、さっそく……」

「タツア、待て」


 はやるタツアをグンハが引き止めた。


「行くのは、私とマニュアの二人だけだ。悪いが、君たちには近くの村で待っていてもらう」

「え? でも俺達だって、ハクを助けに行きたい……」

「正直言って、足手まといだ。さっきだって何もできなかっただろ?」


 グンハの厳しい言葉に、タツアは何も言い返せず悔しそうに黙り込んだ。

 そして、グンハの言葉にマニュアも頷いて言う。


「本当はもっと強い援軍が欲しい所だけど、ハク君の事もあるし、取り敢えず今日は近くの村まで行って、明日の朝二人で出発しましょう」


「明日の朝になってからなんですか?」


 アルナの不安げな視線に、マニュアは同情を見せながらも言う。


「どんな罠があるか分からないし、あの盗賊相手に今から行くのは危険なのよ。あなた達を安全な所まで送らないといけないし。ハク君が心配なのは分かるけど、理解してちょうだい」

「これでも、最善を尽くしているつもりだ。分かってくれ」


 マニュアとグンハの説得に、アルナは渋々と頷いた。


 ハクの能力的におそらく死ぬ可能性は低いだろう。しかし、何をされるかは分からない。


(ハク……)


 アルナは膨れ上がる心配をこらえて、馬車に乗り込んだ。


「さあ、行きましょう」


 ルメスの声を合図に、五人を乗せた馬車は出発した。


 ◇


 翌日、アルナは不安にそわそわとしながら盗賊達のアジトがあるという山の方向を見ていた。


「ハクが心配?」


 タツアの言葉に、アルナは頷く。


 今朝早く、グンハとマニュアの二人は、盗賊のアジトに向かって出発して行った。昨日の襲撃時にマニュアは盗賊の一人に発信器の魔術具を仕掛けていたらしく、盗賊のアジトの場所は分かるらしかった。


 しかし、昨日は盗賊のボス相手にグンハは苦戦していたようだったし、本当に二人だけで盗賊を制圧できるのかアルナは不安だった。


 戦力の増強よりハクの救出を優先してくれたのだろうが、どうしたって落ち着かない。


(ハク、どうか無事でいて)


 祈ることしかできないのがもどかしかった。


 だから、滞在させてもらっている村の端まで来て、ハクがいるであろう方向をずっと見ていた。


「グンハ達、帰ってこないな」

「うん」


「ハク、きっと無事だよ」

「うん」


 タツアは今日、ずっとアルナの側で励ましの言葉をかけ続けてくれていた。

 さっき、一度いなくなったと思ったら、昼食を持って帰って来た。

 

 タツアの親切には感謝しながらも、アルナの意識はずっとハクへの心配で占められていた。


 意味の無い行為かもしれないが、ハクがいるであろう方向に目をやらずにはいられなかった。


 そうして浮かない顔をしたアルナが山の方を見ていると、今日一日変化の無かった景色の中に、ふと動く物を見つけた。


(鳥?)


 その白い小鳥は一直線にこちらへと向かって来ているようだった。


 アルナはその見覚えのある小鳥に、表情をパッと明るくした。


「ハク!!」


 前に見せてもらったことがある、ハクが魔法で生み出した鳥だ。


「え? なに? ハクってどこに?」


 隣で混乱しているタツアを気にかける余裕は無く、アルナは鳥に向かって大きく手を振った。


「ここだよ! ハク!」


 鳥はアルナを見つけると、真っ直ぐに降りてきて、アルナの肩に止まった。


「ハク、ハク! 無事?」


 アルナが興奮気味に聞くと、鳥からハクの声が聞こえて来た。


「アルナ、僕はとりあえず無事だ」

「良かったー」


 ホッとするアルナに対して、ハクの声には緊迫感があった。


「そこにタツア君もいるね。いい? アルナ、絶対に今、山に入ったらいけないよ。グンハさん達にも伝えて。絶対に誰も山に入ったらいけない」

「え? 山で何が起きてるの? ハク?」

「ごめん、こっちもあまり余裕が無いんだ。いい? 今、山の中は地獄も同然だ。誰であっても絶対に入ってはダメだよ。みんなに伝えて、アルナ、よろしくね」


 それだけ言って、ハクの通信は途絶えた。


「ハク? ハク?」


 鳥からは、もうハクの声はしない。


「え? その鳥なに? どういう事?」


 隣で困惑しているタツアに、アルナは説明する。


「これは、ハクの魔法の鳥。声が伝えられて、これで少し話せたんだけど、ハクは今の山に絶対入ったらいけないって言ってた」


「へぇー、ハクの魔法って凄いんだな。それに、ハクが無事で良かったな!」


 呑気に喜んでいるタツアに対して、アルナは困ったような顔をして言った。


「でも、どうしよう。グンハさんとマニュアさんが山に行っちゃってる。ハクは誰であっても絶対に入っちゃいけないって言ってたのに」


「あの二人なら大丈夫じゃ無いのか?」


 楽観的なタツアに、アルナは首を横に振った。


「ハクは山の中は地獄も同然だって言ってた。いったい何が起きてるんだろう」


 不安げに山の方を見つめるアルナに、タツアは言う。


「じゃあ、行くか?」

「え?」

「心配なんだろう?」


 タツアは冗談で言っているようには見えなかった。


「でも、ハクは来るなって言ってたし、私たちの実力じゃ危険だし……」

「でもそれだと、アルナちゃんの気持ちはどうなる? 不安を抱えてずっとここで待つのか? それでみんなを失った時、後悔せずにいられるのか?」


 タツアの声は優しかった。


「それに、危険ならその事をグンハ達にも伝えなくちゃいけない。ハクだって伝えてって言ってたんだろ? 大丈夫、俺にはとっておきもあるから」


 そう言って、タツアは鞄を自身ありげに叩いた。


「でも……、グンハさん達がどこにいるか分からないよ?」

「それなら大丈夫」


 タツアはニヤリと笑うと、何かコンパスのような物を取り出した。


「グンハに発信器を取り付けておいた」

「いつの間に……。それに、よくそんな物持ってたね」


 タツアは嬉しそうな笑顔で答える。


「俺のコレクションの一つだ。大丈夫、きっと上手く行く」


 アルナは、自信に満ちたこの少年に賭けてもいいのでは無いかと思った。


 クロトとは全く違ったタイプの人だ。しかし、どんな状況でも前を向き続けるその姿勢だけは、少しだけ重なって見えた。


「行こう」


 アルナは意を決すると、山に向かって一歩を踏み出した。

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