14-2 襲撃
◇◆◇
「来たな、予定通りだ」
盗賊たちは商人の馬車が止まるのを見て、ほくそ笑んでいた。
「ヴァド、灰色の髪のガキが高価な杖を持っているというのは、本当なんだな?」
盗賊のボスは、ドスの利いた声で尋ねる。
「はい。魔術師の女と話しているのを聞きました。あの様子だと、かなりの価値があるのは間違い無いかと」
「ヴァドが下準備も済ませています」
ヴァドの隣にいたシンタが言う。
「よし、最優先はその杖だ。杖はヴァドとシンタに任せる。他の物資は適当に持っていけるだけ奪い取れ」
「奴らは腕の立つ護衛を雇っているようです。無理は禁物かと」
ヴァドの諫言に、盗賊団のボスはうすら笑いを浮かべた。
「そうか、ならそいつの相手は俺がしよう。欲張らず確実にいくとするか」
そう言って盗賊団のボスは、持っていた酒を一気に飲み干した。それを合図に、他の盗賊たちも武器を取る。
「ヴァド、やれ」
「はい」
そして、ヴァドは魔法を唱えた。
『永樹より生まれし魔の源よ、我が呼びかけに応じろ。闇を生み、闇に惑わせ!』
その瞬間、ハクの服に仕掛けられていた魔術符が起動して、周囲に黒煙を撒き散らした。
◆
アルナはハクの背中から黒い煙が出ているのを見つけて目を細めた。
「ハク? 何それ?」
「え?」
振り返ったハク自身も驚いているようだ。ハクの服の背中からは黒い煙がどんどん溢れてくる。
「何? いったい何が起きてるの?」
アルナたちが困惑している間に黒煙は勢いを増していき、すぐにハクは黒い煙に飲み込まれてしまった。
最後に見えたのは、ハクが意識を失ったように倒れる姿だった。
(ハク!)
アルナは駆け寄ろうとしたが、その時グンハの叫ぶ声が聞こえた。
「敵襲だ!!」
「え?」
アルナは一瞬立ち止まって、周囲を見る。しかし、黒い煙のせいで景色がはっきりしない。
「アルナちゃん!!」
タツアに手を引かれて、体を仰け反らせたアルナの眼前を剣が通過した。
「あ? なんだガキか。護衛はどこだ?」
剣を持った男からは、強いアルコール臭がした。
酔っ払いの男は、アルナとタツアの二人を睨むように見る。
「灰色の髪じゃあ無いな。なら用はねぇ」
そうして盗賊の男は、剣を振り下ろそうとする。
「させるか!!」
その剣を振り払ったのは、グンハだった。
「ハッ! 待ってたぜ。やり合おうぜ! お前はどこまで俺を楽しませてくれる?」
盗賊の男は、楽しそうな笑みを浮かべた。
「タツア! アルナを連れて逃げろ!」
グンハは余裕が無さそうに言い、敵と剣をぶつけ合った。
「ハッ、女の割にやるようだな! だが一人でどこまで守れる?」
(グンハさんが押されてる?)
アルナが戦っている二人を見ていると、タツアに手を引かれた。
「アルナちゃん、ここはグンハに任せて行くよ!」
アルナはそれからハッとして、逆にタツアの手を引いた。
「こっち!」
「え?」
アルナはハクが居た場所に向かった。
(ハクは? どうなってるの?)
黒煙の中を走り回ってハクの姿を探したが、方向が掴めずすぐには駆けつけられない。
そんな時、アルナの耳に盗賊たちの声が聞こえる。
「どこだ? 見つからない!」
焦ったような声に、そっと近づいていくと、うっすらと男達の姿が見えた。それから、倒れている子供の姿も。
(ハク!)
男達はハクの服を
「手間取るな! ガキごとでいい」
もう一人の男が、ハクを抱え上げた。ハクには意識が無さそうで、為されるがままだ。
「ハク!!」
アルナは咄嗟に叫び、ハクに駆け寄ろうとしていた。
しかし、他の盗賊がアルナに気がつき、剣を振るってきた。
「アルナちゃん!!」
再びタツアに引っ張られ、間一髪で剣の軌道から外れた。
「タツア君、ありがとう」
命拾いしたアルナが周囲を見ると、数人の盗賊達に囲まれている。
(アッ、ハクが……)
包囲する盗賊達の隙間から、黒煙の中を連れ去られていくハクの姿がうっすらと見えた。
しかし追おうにも、盗賊の剣が前を遮っていて動けない。
「こいつらどうする? 殺すか?」
ハクに気を取られていたアルナの耳に、相談する盗賊の声が聞こえた。
状況的にはアルナとタツアの二人も、絶体絶命の危機だ。
「アルナちゃん」
タツアはアルナの手を強く握った。その言葉には、最期を覚悟したような響きがあった。
(ダメだよ、あきらめたら)
アルナにはこんな所で人生を終わらせる気は全く無かった。
連れて行かれたハクは心配だし、何よりハイナドの滅亡と引き換えで救われたこの命をあっさりと捨てるような真似はできない。
しかし、現状を打破できるような方法は何も思いつかない。
(こんな時、クロトだったら……)
今さら、もう存在しない友人を思い出してしまう。
心にポッカリと空いた穴はそのままだし、黒煙と盗賊に囲まれた現状は何も変わらない。
(ハク、どうしよう)
こんな時にまでハクを頼ってしまいそうになり、アルナはハッと気がつく。
(私って頼ってばっかりだ……)
悲しげな表情を浮かべたアルナに、盗賊の剣は迫っていた。
『ラージウィンド!』
急に巨大な風が吹き、黒煙が全て流された。
明らかになった夕暮れの景色の中にあったのは、大きな杖を手にした魔術師マニュアの姿だった。
「誰だ!?」
「チッ、魔術師か!」
戸惑っている盗賊相手に、マニュアは杖を振り上げた。
『サンダーボルト』
杖に埋め込まれた赤い宝石がキラリと光り、稲妻が走った。
盗賊達に向けて放たれた雷は、雷鳴を轟かせながら突き進む。しかし、マニュアの魔法は一本の剣によって散らされた。
(あの魔法を止めた!?)
雷を切ったのは、グンハと戦っていたはずの酔っ払いの盗賊だった。
「ありがとうございます、ボス!」
救われた盗賊達は、酔っ払いに感謝している。
「ああ」
低く雑に答えた盗賊のボスに、グンハが斬りかかる。
「よそ見をするな!!」
それを片手に握った剣で受け止め、盗賊のボスはニヤリと笑う。
「さすがに、二人相手は少し厄介だな」
グンハとマニュアは盗賊のボスを真剣に睨みつけたが、相手は終始へらへらと楽しげだ。
しかし、ボスの首筋には汗が伝っていた。
「いつまでその余裕が続くのかしら」
マニュアが高圧的に言うと、ボスは笑みを浮かべたまま答える。
「こっちには数がいる。そっちこそ、足手まといを庇いながらどれだけ戦える?」
「あいにく、護衛の依頼でここにいるんだ。守り切るさ」
グンハの言葉に、盗賊のボスは馬鹿にしたような笑いをこぼした。
「フッ、フフフ。滑稽だな」
その時、ピーと甲高い笛の音が聞こえ、盗賊のボスはニヤリと笑みを浮かべた。
「合図だ。目的は達成したから、引かせてもらう」
「させると思うか?」
剣を構えるグンハにフッと笑い、盗賊のボスは魔術の刻まれた魔術符を取り出した。
次の瞬間には再び周囲は黒煙に包まれた。
『ラージウィンド』
マニュアがもう一度黒煙をはらった時には、盗賊たちの姿は一人残らず消えていた。
盗賊たちが去ったのを確認したグンハは、大きく息をついた。それから、マニュアに視線を向けた。
「マニュア、どうして君がここにいる?」
すると、マニュアは淡々と答えた。
「依頼を受けたのよ。盗賊の討伐・捕縛依頼をね。私のおかげで命拾いしたわね、グンハ」
この時のマニュアの口調は、前ほど嫌味ったらしくは無かった。どちらかと言うと、少し余裕が無いようにも見える。
「助かった、ありがとう」
そして、グンハも素直に礼を述べている。
それから、グンハは周囲を見渡して聞いた。
「みんな無事か?」
「はい、なんとか」
馬車の下からルメスが這い出てきた。
「荷台は酷い有様ですが」
ルメスは荒らされた荷台を見ながら、困り果てたように言った。
「すみません、私がついていながら……」
悔しそうに謝るグンハに、マニュアは冷たい目を向けた。
「見誤ったわね、グンハ。あの盗賊団はそこらの盗賊とは違う。名だたる悪人が集まった凶悪な組織よ」
「返す言葉も無い」
珍しくグンハは落ち込んでいるが、それでも顔をあげて現状把握に努める。
「タツア達も無事か?」
「ああ、なんとかな」
タツアは心底安堵したような表情を浮かべていた。
「あれ? ハク君が見当たらないようだけれど……」
マニュアの言葉に、ずっと悲観の海に沈んでいたアルナが涙腺を決壊させた。
「ハクは、ハクは盗賊に連れて行かれて……」
泣きながら言ったアルナの言葉に、その場にいた全員の表情が変わる。
「お願いです。ハクを助けて……」
そのままその場にへたり込んだアルナに、タツアが手を差し伸べる。
「あたりまえだ。ハクはもう俺にとっても大事な友達だ。ハクを助けに行こう」
アルナは顔を上げて、迷いの無いタツアを見た。
アルナは涙を拭ってから、タツアの手を取って立ち上がる。
「ありがとう、タツア君」
(そうだ、今度は私がハクを助ける番だ)
アルナは静かに心に炎を灯して、前を向いた。
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