盗賊と魔獣
14-1 ハイナドの謎と不穏な影
「思ったよりも早く旅の足が見つかって良かったわね」
組合の受付嬢ファインから預けていた宿代を返してもらい、ハクは頭を下げる。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「ファインさん、ありがとうございました」
礼儀正しいハクとアルナに、ファインは気持ちの良いを笑顔を浮かべた。
それから、真剣な顔になって言う。
「いい? グンハさんが護衛してくれるとはいえ、今の街道は盗賊とか魔獣とかで危険よ。十分気をつけてね」
「はい」
親身になってくれた優しいファインに別れを告げて、ハクはタツアとの待ち合わせ場所に向かうために組合の施設を出た。
ハクは最後に振り返り、建物の外観を眺める。
初めて寄った魔法使い組合は、便利で居心地も良かった。この世界の人たちの生活に根付いた、大切な施設だとよく分かった。
(良いところだったな。来てよかった)
この世界に少しずつ馴染んでいくような気がして、ハクは嬉しく感じていた。
その時、背中に何かがぶつかった。
(イタッ!)
ハクが振り返ると、大柄な二人の男が立っていた。
一人の顔には大きな傷がついており、その強面を強調している。
もう一人は若い男で、ハクをギッと睨みつけた。
「よそ見してんじゃねえ!」
「ごめんなさい」
ハクが謝ると、男達は舌打ちをしながら通り過ぎて行った。
「ハク、大丈夫?」
「うん、問題無いよ」
心配そうにするアルナに答えてから、ハクは去っていく男に目をやった。
(この世界は治安が日本ほど良くないんだ。気をつけないと……)
ハクは気を引き締めてから、タツアとの待ち合わせ場所に向かうのだった。
◇◆◇
顔に大きな傷のある男は、灰色の髪の少年が立ち去るのを見てから立ち止まった。
「ヴァド、どう見る?」
連れの男に尋ねられ、傷のある男は表情を変えず低い声で答える。
「あれは大した事ないな。細工も仕掛けたし、予定通り上手くいくだろう」
「さすがヴァド、今回の獲物にはボスもきっと喜びますよ」
嬉しそうな笑みを浮かべた男に、ヴァドは冷めた視線を送る。
「シンタ、あまり油断はするな。さっさと戻るぞ」
「はい」
そうして男たちは堂々と道の中央を歩き、ステアの町を出た。
◇◆◇
ステアの町を後方に見送ったハクは、馬車に揺られながらルメスの話に耳を傾けた。昨日の話の続き、ルメス達の事情についての話だ。
「私の妻は、
そう聞いたアルナはハッと息を呑んで、悲しそうな顔をする。
「それって、刺されたら死んでしまうっていう恐ろしい蜂ですよね」
「ああ、致死率の高さから、組合では一匹でも危険度Bとされているな」
グンハの説明から一呼吸置いて、タツアが重たく呟く。
「あれは不幸な事故だった。血吸蜂に気がついた時にはもう母さんは刺されてて……」
俯いて言葉に詰まったタツアに代わって、ルメスが話を進める。
「何とか妻も一命は取り留めましたが、医者からはもう長くはもたないと言われましてね。ミラクルポーションでもないと、妻を治すことはできないと……」
「事実上の余命宣告だよな。だけど、俺たちは諦めるつもりは無かった。希少と言われるミラクルポーションだって、確かにこの世に存在しているはずだと」
タツアは顔を上げて、力強く言った。
「私たちは何とかしてミラクルポーションを手に入れようと、組合に高額で入手依頼も出しました。しかし、奇跡を起こすとも言われるミラクルポーションがそう簡単に手に入るはずもなく」
ルメスは馬の手綱を握りしめながら、話を続ける。
「そこで、ミラクルポーションの一種であるレッドポーションが稀に出回るという、ハイナドの街に向かったのです」
「だが、いざ行ってみたらハイナドは街ごと消失していた」
タツアは荷台の天井を見上げながら行った。
「街が無ければ仕方がないと、私が諦めて引き返そうとしたのですが……」
ため息混じりに言ったルメスの言葉を、グンハが引き継ぐ。
「そこにいる諦めの悪い息子さんは、レッドポーションを探すと言って聞かず、挙句の果てには勝手に森の中に入って魔獣に襲われるという……」
「結果的にそのおかげでハク達と会えて、レッドポーションが手に入ったんだから良いだろ!」
大人たちに呆れられてばかりのタツアは、ここぞとばかりに言い返した。
「それはそうだが、一人で森に入る行為が愚かなのに変わりはない。少しは反省したらどうだ?」
「グンハの言う通りだ。ハク君たちがいなかったら、危うく死ぬところだったんだ。タツアも少しは……」
「もう、分かった。俺も反省してるから!」
二人の大人のしつこい小言に、タツアはうんざりしたように返した。
そしてタツアへの説教が一段落してから、ルメスはハクたちに向けて言う。
「しかし、ハク君がハイナドでレッドポーションを手に入れたというなら、やはり噂は本当だったようですね」
「具体的にはどんな噂だったんですか?」
ハクが聞くと、ルメスは声を少しだけ
「ハイナドの領主は怪しげな組織と関わりがあるという噂です。なんでも貢ぎ物と引き換えにレッドポーションを得ているとか……」
それから、ルメスは声の調子を戻した。
「まぁ、ハイナドが滅びた今となっては確かめる術はありませんが。ちなみに私の個人的な見解だと、ハイナド滅亡にもその怪しい組織が関わっているのではないかと」
ハクはルメスの話で、おおよその見当がついた。
おそらく、ハイナドの領主は供え子の生贄となる家畜などを提供する見返りに、レッドポーションを人魔塔党から入手していたのだろう。
しかし、ハクの頭には疑問が浮かんでいた。
毎週ハクから取られていた血の量を考えると、供え子の血から作られるであろうレッドポーションが、稀に出回る程度というのは少な過ぎるのだ。
きっとハクの血の大半は別のところに持っていかれ、ハイナドの街にはおこぼれ程度しか回っていない。
あれだけ大量の供え子の血を、命を人魔塔党はどうしていたのだろうか。
考えるうちに悪寒がしてきたから、ハクはいったん忘れることにした。
(今の私は自由の身だし、あんなふうに囚われる事なんて、そうそう無いよね)
「でも、本当にレッドポーションが見つかって良かった。これで母さんを助けられる。本当にありがとな、ハク」
タツアに真っ直ぐに伝えられて、ハクは視線を逸らした。
(そんなに熱心に見つめられると、さすがに気恥ずかしい)
それから、ハクは愛想笑いを浮かべて答える。
「それが役に立ってよかったよ」
隣を見ると、アルナも嬉しそうに微笑んでいた。
アルナはハクの事情を知っているから、その意味を理解しているのだ。
タツア達には伝わることの無い、罪滅ぼしだ。
その日は穏やかな天気で、ゆっくりと時間が流れていった。
平穏で快適な旅。タツアの母親のいるセントリアの街まではまだまだ遠いが、着実に馬車は進んでいた。
そして、日が沈む夕方ごろ。この日は野営することにして、夕食のためにアルナは薪に火をつけた。
「アルナちゃんは火の魔法も使えるのか。すごいな!」
タツアに褒められ、アルナはさみしそうに笑った。
「私の友達ほどじゃないけどね……」
「ハクのこと?」
タツアの問いにアルナは首を振り、焚き火の炎を見つめながら答えた。
「すごい子だったんだよ。家よりも大きな炎だって出せるの……」
「その子って今は……」
「タツア君、ちょっと手伝ってくれない?」
ハクはアルナと話しているタツアに声をかけた。
(それ以上は踏み込むべきじゃない)
タツアは旅仲間ではあるけれど、偶然知り合っただけの存在だ。
(私たちの過去を話すような相手じゃない)
セントリアまでの間、一時的な旅を無難にやり過ごすのが何よりも大切だ。
ハクはそう思っていた。
そんな時、タツアとアルナが怪訝そうな顔をハクに向けている事に気がついた。
「ハク? 何それ?」
「え?」
ハクが辺りを見回すと、ハク自身の服の背中から黒い煙がモクモクと広がっていた。
「何この煙?」
そう思ったのも束の間、煙は勢いを増して瞬く間に空間を満たして行った。
それと同時に、ハクの意識も遠のいていく。
(え? いったい何が起きて……)
「敵襲だ!!」
遠くにグンハの叫び声が聞こえた気がした。
ハクは朦朧とした意識の中で、誰かに触られる感覚があった。
「手間取るな! ガキごとでいい」
ハクは誰かに担がれるのを感じた。
「ハク!!」
アルナの声が微かに耳に届いたのを最後に、ハクは意識を失った。
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