13-7 旅を続けるために

 タツアに連れられて向かった先は、荷馬車の並ぶ倉庫のような建物だった。


 その中をタツアは真っ直ぐに歩いて行く。


「親父、いるか?」

「タツア、ようやく帰ったか」


 馬車の荷台から降りてきてたのは、ルメスだった。

 荷物の整理をしていたようだ。


 ルメスはタツアの背後にいる二人の子供を見つけると、意外そうな顔をした。


「おや、ハク君とアルナさんも一緒でしたか。どうしましたか?」

「こんばんは、ルメスさん」


 挨拶をしたものの、ハク達もなぜここに連れられてきたのか、まだ理由を聞かされていなかった。


 ハクは、タツアに視線を送った。


「親父、ハクたちの目的地は霧魔山らしいんだ」

「ほぅー」


 タツアの言葉に、ルメスさんは考え込むような仕草をする。


「タツア君、どういうこと?」


 ハクが聞くと、タツアは振り返る。


「あー、ハク達にはまだ言ってなかったか。俺たちの次の目的地はセントリアなんだ。だから、途中までだけど二人を乗せていけるかと思って。ほら、霧魔山に行くならセントリアを経由するだろ?」


 ハクは突然に降ってきた幸運に、パッと表情を明るくした。

 これで悩みの種だった旅の移動手段問題が解決する。


「いいの!?」


「うーん、申し訳ありません」


 しかし、ルメスの反応は良いものでは無かった。


「つい先ほど、仕入れを大量にしてしまいましてね。荷台にもうほとんどスペースが残っていないのですよ。残念ですけど、二人を乗せて行くには危険です」


 現れた希望が一瞬で消えて、ハクの表情は固まる。


「悪い、期待させておいて……」


 タツアは申し訳なさそうにする。


「いいよ、もともと私たち自身で手段を見つけるつもりだったから」


 アルナは穏やかに言ったが、タツアも残念そうだ。

 ハクの暗い表情を見て、タツアは諦めきれずもう一度ルメスに聞く。


「仕入れを取り消したり、何とかしてスペース空けられないのか?」

「それでは、かなりの損失が出てしまう」


 ルメスさんは残念そうに首を横に振り、その場には暗く気まずい空気が流れていた。


「しかし、セントリアとなると、君たちも大変だな」


 そう口にしたのは、一緒についてきていたグンハだった。


 ハク達が疑問を抱いた視線を向けると、グンハは話す。


「君たちも今日、フレイムドッグに襲われただろう?」


 ハク達が頷くと、ルメスは驚いたように息子に聞く。


「そうなのか?」

「ああ、魔術師のマニュアさんが助けてくれて、無事だったけどな」


 無事だと聞いて、ルメスはホッとしたように息をついた。


「そういえば、ルメスさんにもまだ言って無かったですね」


 それから、グンハはその場にいる四人に説明する。


「最近、フレイムドッグを中心とした魔物の動きがイレギュラーになっています。今日、私が受けたフレイムドッグの討伐依頼も、依頼書には危険度Dと書いてありましたが、あの数と凶暴性なら危険度CかB相当でした」


 グンハは深刻そうな顔で話を続ける。


「おまけにハイナドが滅びて以降、ハイナドの調査やハイナド管轄だった地域の管理にも人材が取られて街道の警備が手薄くなり、そのせいで盗賊達の動きも活発になっています」

「私たちも行けないほど危険か?」


 ルメスさんは真剣な表情で聞く。


「いえ、ルメスさんは事情もありますし、私が護衛するので大丈夫です。しかし、まもなく組合からは注意警報が出るでしょうし、他の馬車の多くはセントリアとの往来を控えるでしょうね」


 グンハはそれから、ハクとアルナの二人に向けて言う。


「だから今の状況でセントリアまでの移動手段を確保するのは、かなり大変になりそうだ」


 ハクは八方塞がりになって、苦悩しながらアルナに視線をやった。


(これだと、アルナの呪いを解けない)


 アルナも途方に暮れたような表情で視線を返してきた。


「ハク、どうしよう……」


(この機を逃せば、次にセントリアに行けるのはいつになるのかは分からない)


 停滞すれば、それだけアルナの呪いを解くのが遅くなる。


 ハクの脳裏には呪いに弱ったアルナの姿が浮かび、ハイナドを滅ぼした業が体に纏わりつく。


(背に腹はかえられないか……)


 ハクは顔を上げて、ルメスに鋭い視線を向けた。


「要は、損失を補填できれば、僕たちを乗せて行ってくれるんですよね?」

「あ、ああ。だが、君達に……」


 ハクは懐に手を伸ばし、杖に触れた。

 そして、杖に収納していた小瓶を取り出す。


「これで、何とかなりませんか?」


 ハクが取り出した小瓶に入った赤い液体を見た瞬間、ルメスとタツアの表情が変わった。


「ハク君、それをどこで!?」


 必死な形相で詰め寄るルメスに、ハクは少し気圧されながら答える。


「ハイナドの街にいた時に、偶然手に入れたんです。僕もこれがどんなものなのか、詳しくはわかっていないんですけど……」


 本当は中級ポーションにハク自身の血を混ぜたものだ。何かあった時のために、予め作っておいたのだ。


「見せてもらっても?」

「はい」


 ハクが小瓶を渡すと、ルメスは慎重に受け取り、丁寧に観察を始めた。


「親父、それ本物か?」


 タツアは待ち切れないように、ルメスに尋ねる。


「ああ、おそらく本物のレッドポーションだ」

「ほんとうか! そうか、本物か……」


 そう言ったタツアの目には、涙が浮かんでいた。まるで心の底から欲していた物を苦難の末に見つけたかのような、大げさな様子にハクは困惑した。


「ハク君、これを私達に譲ってくれるかい? もちろん報酬は十分に払う」

「それは構いませんけど、それで僕たちを乗せて行ってくれますか?」

「もちろんだ、明日の朝にでも出発しよう。グンハもそれで構いませんね」

「はい、もちろんです」


 トントン拍子に物が運んで、ハクは逆に戸惑う。


「あの……」

「ハクとアルナちゃんも明日出発で問題ないよな?」

「それは、大丈夫だけど……」

「だったら、ハク達も明日出発できるように準備を整えておいてくれ」


 タツア達は慌しく動き始める。


「私は荷物の整理と出発の準備をしますので、本日はこれで」


 ルメスは困惑しているハク達に最後に言う。


「詳しい話は明日、改めて道すがら話します」

「はい……、分かりました」


 ハクとしても、出発は早い方が良かったから、この日は大人しく宿に帰ることにした。


 無理を言って乗せてもらうのに、ルメスさん達の出発準備の邪魔は出来なかった。


「ハク、旅の手段が見つかって良かったね」

「うん」


 アルナの言葉に、ハクはうわの空で返す。


 ルメスさん達は悪い人では無さそうだし、セントリアまで乗せてもらえるのはとても幸運だ。

 しかし、急に全てが上手く行き過ぎた事が、ハクを逆に不安にさせた。


(明日、全てがはっきりするか……)


 とりあえずこの日は考えるのをやめて、明日から再び始まる旅に備えて早めに目を瞑った。

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