13-6 マニュアとグンハ

 ステアの町の魔法使い組合へと辿り着いたハク達は、依頼の薬草を提出した。


「約2000本なので、銀貨20枚になります。三人とも頑張りましたね」


 受付嬢のファインから受け取った銀貨の袋を持ち、ハクは重みを感じる。


(あれだけ頑張ってこれくらいか……)


 比較対象が無いからどう評価して良いか分からないが、快適な旅のためには全く足りないということだけは確かだ。


「タツア君、分け前だけど銀貨7枚でいい?」


 ハクは言うと、タツアは手を広げた。


「5枚でいいよ」

「でも……」

「初依頼達成祝いだ。俺は小遣いが欲しかっただけだから十分だ」


 正直なところ、少しでも資金が欲しかったからタツアからの提案はありがたかった。


「ありがとう、タツア君」


 精いっぱいタツアに感謝して、ハクは残りの銀貨15枚を受け取ることにした。


 そうこうしていると、ファインにフレイムドッグの件を報告していたマニュアが戻ってきた。


「あなたたち、夕食でも一緒にどうかしら? 奢るわよ」


 ハクはアルナに視線を送って確認してから、頷いた。


「はい、是非」


 すると、タツアは神妙な顔をする。


「マニュアさん、今日は妙に気前がいいな。逆に怖いぜ……」


 そうして上機嫌なマニュアに連れられて、ハク達は組合の食事スペースへと移動した。



 夕食を食べながら、たわいない会話をするのも地味に疲れる。

 何気ない会話から秘密が漏れないように、ハクが気をつけながら話していると、マニュアからの視線を感じた。


 じっと見つめられて、ハクは焦りを覚えた。


(何か口が滑った? それとも、他に何かやらかした?)


 ハクが不安に駆られていると、マニュアはぐーっと顔を近づけてきた。


「ハク君ってさ……」


 ドギドキしながら次の言葉を待つ。


「何か魔術的な触媒を持ってたりする?」


「えっ、どうしてそう思うんですか?」


「なんというか、魔術師としての勘ってやつかしら。匂うのよね、高級な触媒の香りというか、気配というか……」

 

 マニュアにスンスンと嗅がれて、変な汗が出てくる。


「き、きっとこれじゃ無いですか?」


 ハクはたまらず、杖を取り出してこっそりと見せる。その瞬間、マニュアの顔色が変わった。


「そ、それは! ……触ってもいいかしら?」


 あれだけ偉そうだったマニュアが、手を震わせ下手に出ている。


「は、はい。少しだけなら……」


 正直、エイジュに貰った杖を渡すのは躊躇ためらわれたが、助けてもらった恩のあるマニュアの切実な頼みを無下にも出来なかった。


 白い小さな杖を受け取ったマニュアは、しげしげと観察している。


「これをいったいどこで?」

「旅の途中で知り合った友人に貰ったんです。大切な物なので、どんな条件を提示されても譲るつもりはありませんよ」


 マニュアがよだれでも垂らしそうな勢いで、ハクの杖にうっとりとしていたから、ハクはあらかじめ言っておく。


「そう、よね……。ありがとう、返すわ」


 ハクは戻ってきた杖を大切に懐にしまうと、マニュアは露骨に残念そうな顔をした。きっと、杖をもっと見ていたかったのだろう。


 それにしても、匂いとか気配だけでマニュアに何かあると気がつかれた事に、ハクは危機感を覚えていた。


(知らず知らずのうちに、魔力的な何かが漏れ出ているのか……。あるいは、この魔術師が変態的な嗅覚を有しているのか……)


 ハクは身震いしながら、後者であることを祈った。前者の場合、神魔塔党の追手に目を付けられかねない。


「その木の枝がそんなに凄いのか? 確かに綺麗な白い枝だとは思うけど……」


 タツアの問いに、ハクは現実に引き戻される。


「あなた、商人の子供なのに見る目が無いのね」

 

 マニュアの蔑むような言葉に、タツアの表情がピクリと動くのが見えた。

 しかし、マニュアは構わずに続ける。


「素材は私には分からないけれど、それだけの触媒なら最低でも金貨10枚、もしかしたら金貨100枚以上の値がつく可能性もあるわ。ハク君、その杖は大切にしなさい」


「はい」


 マニュアに杖を褒められて、ハクも喜ばしく感じていた。


(エイジュ君、本当にいい物くれたんだ……)


 ふと気がつくと、マニュアは再びハクへ物欲しげな視線を向けていた。


「ハク君、もしよかったらだけど。あなたごと私のものに……、私と一緒に来ない?」


 魔術に取り憑かれたような変人の本気の誘いを受けて、ハクはゾクリとする。


 その時、突然アルナに体を引き寄せられた。


「ダメです、マニュアさん! ハクは渡しませんよ!」

「アルナ……」


 アルナは真面目な顔で、マニュアを睨んでいた。


「じ、冗談よ。でも、気が向いたらハク君もいつでも私の所に来ていいからね」


 アルナの剣幕に押されながらも、マニュアは名残惜しそうに言った。


 それから、ハクはアルナの腕を外しながら言う。


「ありがとう、アルナ。でも、僕は行かないから大丈夫だよ?」

「それは分かってるけど、ちょっとあの人危険な気がして……」


 心配するアルナの様子に、ハクはクスクスと笑いをこぼした。


 その時、棘のある厳しい声がした。


「マニュア! 何をやっている!?」


 そこに現れたのは、依頼を終えて帰ってきたグンハだった。


「グンハさん……」

「君たち、大丈夫か? マニュア、子供達に絡んでどういうつもりだ? 彼らは私の知り合いだ。変な勧誘はやめてもらおう!」

「あ、実は……」


 ハクが事情を説明する間も無く、マニュアは意気揚々と立ち上がってグンハに相対した。


「これはこれは、役立たずの脳筋女じゃないの。優秀な私と違って、バカなあなたはどこをほっつき歩いていたのかしら?」


 身長はずっとグンハの方がずっと高いのに、マニュアの態度はしっかりとグンハを見下していた。


「なんだと!? マニュア、ちょっと魔術ができるからって調子に乗りすぎなんじゃ無いのか?」

「バカにバカと言って、何が悪いの?」

「そんなんだから君は、友と呼べるような人もいない、一人ぼっちになるんだぞ?」

「はぁ!? なによ!! 私の崇高な考えを理解できない愚か者が多すぎるだけよ!」


 グンハの言葉はしっかり、マニュアの心にグサリと刺さっているようだ。


(マニュアさん、友達いなさそうだとは思ってたけど、気にしてたんだ……)


 次第にエスカレートしていく二人の言い争いに、ハクは黙って見ていることしか出来なかった。


「まったく君は……」


 そこで大きなため息をついたグンハに、マニュアは怒りを爆発させる。


「何? そんなに言うなら、ここで私が格の違いを思い知らせてあげるわ!」

「やむを得まい。一度痛い目を見ないと、態度を改めそうには無いな」


 このままだと本気で戦い始めそうな雰囲気で、ハクは勇気を振り絞って声を出した。


「あ、あの!!」


(あー、周囲の視線が痛い……)


 それからハクはマニュアに助けてもらったこと、夕食を奢ってもらっていたことをグンハに説明した。


 ハクの話を聞いたグンハは、呆気にとられたような顔をしていた。そして、目を逸らしながら、口を無理やり開いて言葉を捻り出す。


「わ、悪かったな、マニュア。私の勘違いだった。子供達を助けてくれて、ありがとう」


 とても嫌そうに言うグンハを見て、マニュアは勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべた。


「そうよ、私に跪きなさい。肝心な時にいなかった、役立たずのグンハちゃん!」


 そう言って嬉しそうに笑うマニュアを見て、ハクは何とも言えない気持ちになる。


(ごめん、グンハさん。こんな人に助けられて……)


 ハクは心の中で手を合わせて謝った。


 グンハはこれ以上マニュアの前にいるのが嫌なのか、早々に言う。


「夕食はもう終えているな。だったら、もう行こう」

「は、はい」


 ハクとしても、周囲の視線が集まっているこの場からは一刻も早く離れたかった。


「タツア、なにをボーとしてる? 行くぞ!」


 グンハはいつまでも席に座ったままのタツアに言う。

 タツアは、さっきアルナがハクを抱き寄せてから、ずっとうわの空だったのだ。


「あ、ああ」


 我に返ったタツアも立ち上がり、ハクは最後にマニュアに挨拶する。


「マニュアさん、ご馳走様でした。それと、助けてくれてありがとうございました」

「今日はあなたと出逢えて良かったわ。魔術に興味があったら、いつでも私に声をかけてね」

「はい」


 マニュアと自然に会話しているハクに、グンハは驚きの視線を向けた。

 マニュアと別れてから、グンハは言う。


「ハク君、君は彼女に妙に気に入られているようだな。珍しい……」

「ハハハ、なぜでしょうね……」


 ハクはやんわりと受け流しながら考える。


 もしかしたら造られた供え子としての性質に、魔術師のマニュアは無意識のうちに引き寄せられたのかもしれない。


 杖だけではなく、この体そのものにも、ひょっとしたら魔術的な価値があるのではないか。


 ハクは、自身の白く細い腕に目をやった。


(私って何なんだろう……)


 スードやエイジュから簡単な説明を受けたものの、ハクはまだ自身について分からないことが多かった。


「あ!」


 そんな時、急にタツアが声を上げた。


「どうしたの?」


 アルナが聞くと、タツアはハクとアルナの二人に言う。


「すっかり忘れてた。二人ともちょっと来てくれ。もしかしたら、二人の役に立てるかもしれない」


 すっきりとした笑顔のタツアは、瞳をキラキラと輝かせていた。

 

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