13-5 魔術師マニュア

 ハク達は突然の雷鳴と閃光に、放心状態で立ち尽くしていた。倒れたフレイムドッグからは煙が立ち昇っている。


 空を見上げても、今日は良い天気で青空が広がるばかり。とても落雷が起きそうな気配はなかった。


 ハクが雷の発生源を探して周囲を見回すと、耳に刺さるようなはっきりとした声が聞こえた。


「あなた達、大丈夫かしら?」


 そこに立っていたのは、背丈ほどもある大きな杖を手にした小柄な女性だった。身長はハクと同程度で若々しい風貌だが、体つきからは大人の女性だとわかる。


 特徴的な紫色の髪はウェーブのかかったツインテールで、頭の上にはつばの大きなとんがり帽子を乗せている。ローブを纏ったその姿は典型的な魔法使いといった出で立ちであった。


「あなたが、助けてくださったのですか?」


 ハクが尋ねると、魔法使いは悦にいったような笑みを浮かべて答えた。


「そうよ。この私、魔術師マニュアがあなた達を助けたのよ!」


「「ありがとうございます」」


 ハクとアルナが素直に感謝する中、タツアだけは苦々しい顔をしていた。


「そうよ、感謝なさい。『魔術師』のマニュアがあなたを助けたのですから」


 マニュアがやけに偉そうなのが少し気になったが、ハクはもう一度感謝を述べた。


「マニュアさん、僕たち助けてくれて、本当にありがとうございました」


 すると、マニュアは少し不満げな顔をした。


「それだけ? なんだか物足りないわね……」


 マニュアの反応に、ハクは焦った。


 助けた見返りに何かを要求してくるタイプの人だろうか。多少のお礼で済めば良いが、不当な金銭を要求されてはさすがに困る。


 すると、そこでようやくタツアが口を開いた。


「マニュアさん、お久しぶりです。助けてくれてありがとうございます」


 マニュアはタツアの顔を見ると、目を少し見開いて言う。


「あー、ルメスさんとこのガキじゃない。久しぶりね。そうだ、あの脳筋女はまだ雇ってるの? それとも使えなくて途中でクビにしちゃった?」


 その言葉にタツアは少し顔を顰めて答える。


「グンハなら、しっかりと護衛として働いてもらってますよ」

「そう? それにしては見当たらないようだけど、あなた達を危険に晒して何をしているのかしら?」


 マニュアは周囲をキョロキョロと見渡しながら言う。


「今日は別の依頼で出かけてます。今日は、俺たちが個人的に受けた薬草採取の依頼で来ているので」

「へぇー、そうなんだ。まぁいいわ、せっかくだから町まで送ってあげる。最近、魔獣の動きも不自然だから」

「ありがとうございます」


 タツアのすっきりしない表情は少し気になったが、フレイムドッグ六匹を一瞬で倒した実力者に護衛されるのは、ハクとしても心強かった。



 ハク達は置いてきた薬草を荷物にまとめてから、ステアの町へと続く帰り道を歩いた。


 道中、ハクはタツアにこっそりと聞く。


「あの人、知り合い?」


 すると、タツアは小声で返す。


「嫌われ者だよ。実力者だけど、生粋の魔術信者で他の魔法使いたちを全員見下してるから……」

「なに? 私の魔術の素晴らしさについて噂話でもしているのかしら」

「えーと……」


 前を歩いていたマニュアが振り返って聞いてきて、タツアは気まずそうに口をつぐんだ。

 一方のハクは、彼女の圧倒的な自信と実力に興味を抱いていた。


「あの、その魔術っていうのは魔法とは違うんですか?」

「おいっ」


 ハクが疑問を口にした瞬間、タツアは頭に手を当てて深い息を吐いた。


「まさか、魔術について理解していない?」


 マニュアは信じられないといった目をハクに向けてきた。


「は、はい。あまり魔術師の方と話す機会が無くて……」


 ハクが非常識なことを聞いてしまったかと焦っていると、マニュアはハクをじっと見つめて言った。


「いいわ、私が一から教えてあげる」


 それから語り出したマニュアの熱量は、想像を絶するものだった。


「いい、まず魔術学はれっきとした学問よ。この世界に溢れていて、人によっては気がついた時には使えるようになっている魔法。その魔法を曖昧で不思議な現象と片付けず、理論的に分析して再現性のある魔術に落とし込むの。私たちの身近に溢れる魔術具も全て、魔術学の賜物よ。魔術学の最高峰が魔術会議、その下部組織で魔術の研究・教育を行っている魔術学校を私は卒業しているの。だから、そこらの魔法使いとは比べものにならない実力があるってわけ」


 それからも他の魔法使いを貶しながら、マニュアはまくし立てるように魔術の魅力を熱弁し続けた。


「少しは魔術に興味が出てきた? そもそも生まれながらの才能で殆どが決まってしまう魔法と違って、魔術は学ぶ意思と練習がものを言うの。もちろん魔力を扱う以上、才能に個人差がある面は否定できないけれど、魔術学の分野も多岐にわたるし、学んでおいて損はないわ。あなた達も絶対に魔術学校に通った方がいいわ!」


 長々と頭が痛くなりそうな話をし続けたマニュアは、最後に言う。


「どう? これでもまだまだ足りないくらいだげど、少しは魔術について理解できたかしら?」


 ようやく話が終わり、ハクはゆっくりと息を整えてから、にこやかな笑顔を浮かべた。


「マニュアさんってすごいんですね!」

「そう!? どうやら分かってくれたみたいね!」


 満足げな笑みを浮かべたマニュアを見て、ハクは安堵する。


 ハクが上機嫌で前を歩くマニュアを見ていると、タツアが再びこっそりと声をかけてきた。


「これで分かっただろ? 魔術に凄い面があるのも事実だけど、魔術師ってやつは変にプライドが高くて他のやつらを見下してくるから、基本的に魔法使いの間では嫌われてるんだよ。特に……」


 タツアはマニュアに冷めた視線を向けた。


「ハハハ……」


 ハクは乾いた愛想笑いで返す。


「ハク、大丈夫?」


 アルナは疲れた顔をしているハクを心配した。


 こういう時、アルナの優しさが身に染みる。

 アルナの顔を見るだけで元気が湧いてくるから、本当に存在だけでありがたい。


「うん、大丈夫だよ」


 ハクは笑顔を見せて、ステアまでの残りの道を歩いた。

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