13-4 薬草採取

「おはよう、アルナちゃん!」


 タツアはアルナの顔を見た途端に、表情を明るくした。


「おはよう、タツア君」


 今日のアルナは昨夜の呪いの影響を感じさせないほど元気で顔色が良いから、ハクも安心していた。


「ハクもおはよう!」

「おはよう」


 ハクは穏やかに言う。タツアみたいに朝からテンションを上げる気力は無い。


「じゃあ、軽く朝食を食べてから行こうぜ!」


 ハク達は組合の食事スペースで朝食を済ませてから、薬草採取に出かけることにしていた。


 注文して出てきたのは、パンと牛乳、目玉焼きとベーコンにサラダとありきたりなものだったが、旅用の保存食よりはずっと美味しくてハクはかなり満足していた。


「ッ!」


 その時、向かいの席に座っていたタツアが持っていたパンを落とした。幸い皿の上に落ちただけだから無駄にはならなずに済んだが、アルナは即座に心配する。


「怪我、まだ痛むの?」

「いや、大した事ないよ」

「ほんとう?」


 アルナは訝しむように、タツアの右隣に座る。タツアの右腕には包帯が巻かれたままだ。


「ちょっと見せて」


 近づくアルナに、タツアは慌てたように右腕を回して見せた。


「大丈夫、大丈夫、ほら! ってイタッ!」


 痛みに顔を顰めたタツアに、アルナは眉を下げてため息をつく。


「やっぱり、まだ痛むんでしょ? 大丈夫? 一人で食べれる? なんなら手伝おうか……」

「アルナ、その辺にしときなよ。タツア君が可哀想だよ」


 ハクは、顔を赤くして動揺しているタツアに助け舟を出した。


「あっ、ごめんなさい……」


 アルナはハッとしてタツアから離れた。それでタツアはホッとしたようだが、少し残念そうだったのは気が付かないフリをしておいてあげよう。


「つい子供達に接するみたいに……。無茶なことをする子多かったから……」


 アルナはそう言って、少し寂しそうな表情をした。


「え? なに? どういうこと?」


 困惑しているタツアに、ハクは適当に改変して伝える。


「要はあまり無茶をするなってことだよ」

「そ、そうか。心配してくれたのか!」


 それで嬉しそうにするタツアに、ハクは内心で呆れていた。


(本当は子供扱いされてるってことなのに……。まぁ、いいか)


 タツアみたいな単純な人でも生きていけるのは、きっと良いことだ。


 それから、朝食を済ませた三人は依頼をこなす為に、ステアの町を出たのだった。


 ◇


 しばらく坂道をのぼると、草原が広がった場所に出た。

 少し先には森も見える。


「森には魔物が出るから、近寄らないようにな」


 タツアの言葉に、ハクとアルナの二人は頷く。


「逆にここは安全なの?」


 ハクが聞くと、タツアは背負ってきたリュックを近くの岩に置きながら答える。


「ああ、滅多な事じゃ魔物が草原にまで出てくることは無いはずだぜ。さて、さっそく始めるか。二人とも薬草の採り方は……」


 首を横に振ったハクとアルナを見て、タツアはふぅーっと息を吐いてから、笑顔になって言う。


「知らないよな。俺に任せろ。一から教えてやる」



 タツアは地面から草を引き抜きながら言う。


「見分けるポイントは表面のザラザラと葉っぱの形だな。引っ掛かる感じがある方が薬草だ」


 どうやら草原には、薬草とそうでないのが生えているらしく、見分けながら採取しなくてはならないらしかった。


「へぇー、タツア君って物知りだね」


 アルナに褒められて、少し照れながらタツアは答える。


「これくらいは基本的なことだけど、仕事関係で色々と親父に勉強させられてるからな。他にも分からないことがあったらなんでも聞いてくれ」

「うん、ありがとう」


 アルナの素直な感謝に、タツアは満更でも無さそうな顔をしていた。



 それから、ハク達は採取に取り掛かった。


「タツア君って頼りになるね」


 薬草を引き抜きながら、アルナが言う。


「うん、そうだね。タツア君が来てくれて良かったよ」


 薬草採取の場所として、この場所を選んだのもタツアだった。普通は薬草が生えている場所を探すところから始めないといけないらしいから、大幅な時間短縮になった。


 しかし、薬草が一ヶ所にまとまって生えているわけでも無いから、採取は意外と手間がかかりそうだった。


「散らばった方が効率良さそうだね。僕は向こうの方に行ってみるよ」

「うん、分かった……」


 少し寂しそうなアルナをその場に残して、ハクは良さそうな場所へ移動し、そこで一人で黙々と草を引き抜き続けた。


(少しでも多く稼がないと……)



 しばらく経った頃、アルナが声をかけてきた。


「ハク、少し休憩にしない?」


 しかし、草を抜いているだけでそんなに疲れていなかったから、ハクは言う。


「僕はもう少しやってるから、アルナは好きな時に休憩して良いよ」

「そう? ハクも適度に休んでね」


 アルナはそう言って去っていった。

 ハクはその背中を見送ってから、もう一度薬草採取に集中した。


 依頼に本数上限は無かったから、採取すればする程儲かる。


 ハクの脳裏には、昨夜の呪いに弱ったアルナの姿が浮かんでいた。


(私が、アルナを助けなきゃ……)


 それがクロトたちを、アルナのかけがえのない仲間たちを奪った者の義務だと、ハクは考えていた。


 それからどれだけの時間が経っただろうか。


「そんなに真剣にやって、それほど金が必要なのか?」


 ハクが顔をあげると、タツアが怪訝な表情をしていた。


「アルナちゃんが心配してたぜ? ハクが少しも休まないって……」


 ハクが見ると、アルナも向こうでかがんで採取の続きをしているようだった。


「夢中になっちゃって、意外と楽しいもんだね」


 ハクが適当に誤魔化すと、タツアは隣に座り草葉の片縁をなぞりながら言う。


「そうか? 単純作業でつまんないと思うけどな」


 そしてタツアは薬草を次々と引き抜いて行く。


「タツア君は手慣れてるから、そう感じるんだよ。僕は薬草を見分けるだけでひと苦労だから。あっ、あった!」


 ハクは見つけた薬草をちぎれないように丁寧に引き抜く。

 横からタツアの視線を感じて、少し気まずい。


「ハクは、金を貯めてどうするんだ?」

「どうするって、旅の資金にするんだよ」

「そもそも、ハクたちは何のために旅をしてるんだ?」

「ある人を訪ねるための旅だよ」

「それは……」


 これ以上質問をされると、言わなくてもいい事まで口にしてしまいそうだったから、ハクは立ち上がった。


「僕は向こうの方で薬草を探してみるね……」

「ハク!」


 タツアは、何の裏も無さそうな普通の顔をしていた。純粋な疑問を抱いた目だ。


「目的地は?」

「……霧魔山だよ」

「そうか……」


 すると、タツアは何か考え込むような素振りを見せた。


「なぁ、ハク……」

「ハク!!」


 タツアの言葉を遮るように、アルナの大声が聞こえた。


「どうした?」


 アルナの緊迫感のある声に、タツアも立ち上がる。


 ハクが見ると、アルナは森の方を指差していた。


 その先には、森から出てくる白い大型犬の姿があった。

 森でタツアに襲い掛かっていた魔獣と同じものだ。


(1、2、3、……全部で六匹)


 血走った目の狂犬達は草原に足を踏み入れていた。


「ねぇ、タツア君、草原は安全って言ってなかった?」

「そ、そんな。俺にも分かんねぇよ!」


 タツアは青ざめた顔をしていた。


「なんでこんな所にフレイムドッグが……」

「タツア君、あの魔獣に何か気に入られるような事した?」

「まさか。とにかく、逃げるしか無い!!」


 ハクは叫ぶ。


「アルナ、走って!!」


 ハク達が逃げ出すとほぼ同時に、魔獣達も駆け出した。


 追ってくるフレイムドッグに向かって、走りながらハクは杖を振った。


『インパクト!!』


 一匹が吹き飛ばされたが、残りの五匹が追ってくる。


 ハクたち三人が魔獣に囲まれるのに時間はかからなかった。


 フレイムドッグは怪しい白い炎を背中にゆらめかせながら、唸り声をあげている。


(どうすれば……)


 一匹ならどうにかなっても、五匹はハクも相手にできない。

 シンゲツを出したところで、それは同じだろう。

 タツアとアルナもいるから、強引に突破するのも難しい。


 魔獣たちに囲まれて、絶体絶命のピンチだった。


 凶暴な魔獣は牙を剥き出しにして、殺意のこもった赤い瞳で睨んでいる。


「ハク……」


 アルナの震えた声が聞こえる。タツアにいたっては怯えて声すら出ないようだ。


 恐ろしい魔獣は、今にも飛び掛かろうとしていた。


『サンダーボルト!』


 その時、雷鳴が鳴り響き、周囲は眩い閃光に包まれた。


 そして、白かったフレイムドッグたちは一瞬で黒焦げになり、その場に倒れ込んだのだった。

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