13-3 初めての依頼

 ハクたちが掲示板まで行くと、グンハが声をかけて来た。


「もう済んだのか?」

「いえ、お金が足りないという事が判明したので、なんとか稼ごうと……」


 ハクが情けない顔をしていると、グンハは清々しい笑顔で言う。


「そうか。目的のために働く、とても良い事だ。そういう事ならファイン嬢、あとは私が引き受けよう」

「あまり危険な依頼を薦めないで下さいよ? 危険度Fか、せめて危険度Eまでにしておいて下さいね」

「分かっているさ」


 それからファインは仕事に戻り、グンハは話し始めた。


「本当は初任務に私が同行して一から教えてやりたいところなんだが、私は別の依頼を受けてしまってな」

「いえ、教えて下さるだけでありがたいです」


 グンハが手にしていた紙には、危険度Dと書かれていた。


「フレイムドッグの討伐?」


 紙に書かれていた内容を読み上げたアルナに、グンハは言う。


「君たちはダメだぞ。危険度Dでもそこそこ危険だからな。危険度Eなら気をつけていればあまり危険はないし、危険度Fなら危険はほぼ無しと思っていい。ファイン嬢が言っていた通り、君たちはFから始めるといい」

「受けられる依頼に制限は無いんですか?」


 ハクが聞くと、グンハは顔を顰めた。


「依頼書に特に条件が書いてなければ制限は無いが、馬鹿なことは考えるなよ? 危険度Cでも大怪我の可能性があるし下手したら死ぬからな」


「はい」


 こういう時、先輩の言う事は聞いておくに限る。

 ハクはしっかりと頷いてから、掲示板に目をやった。


 それぞれの依頼書には依頼内容と危険度、それから報酬が載っている。

 ハクが眺めていると、目を引く一つの依頼を見つけた。


『幻惑の森の討伐

 危険度S

 報酬 魔証紋金貨200枚』


 報酬が桁違いだ。他にも危険度Sの報酬の高い依頼書はいくつかある。


「それは、王国依頼だな。危険度Sはヤバい、大抵の人は確実に死ぬ。達成したら英雄ってレベルだ。一生縁が無いだろうな」


「この危険度Nっていうのは何なんですか?」


 別の所を見ていたアルナが聞く。

 ハクも紙を見ると、依頼内容は『ミラクルポーションの入手』と書いてあった。


「危険度Nは、入手依頼とかで危険度が無かったり不明だったりする場合だ」


 その依頼書の報酬欄に魔証紋金貨20枚と書かれているのを、ハクは視界に捉えていた。


(まさか……、ね)


「夢を見ていてもしょうがない。今の君たちに必要なのはこの辺りだ」


 グンハは強制的に、ハクたちを危険度EからFが並ぶところに連れて行った。


 そこに貼られている依頼は、どれも報酬が銀貨や銅貨だった。


 簡単に大金が稼げるような、都合の良さそうな依頼は無く、ハクは考え込んだ。


(危険な依頼を受けなきゃ、小遣い稼ぎにしかならないか……)

 

 快適な旅をするためには、全く足りないだろう。


 危険を覚悟して旅を早く進めるか、地道にコツコツ働くべきか、ハクは迷う。しかし、どこかのタイミングでリスクを取らなければいけないのは変わらないだろう。


 ハクは、掲示板を見て首を傾げているアルナに声をかけた。


「アルナ、どうする?」


「うーん、どれがいいんだろう?」


 どうやら、アルナはすっかり依頼を受けるつもりのようで、ハクは気が抜けた。


(まあ、とりあえず依頼を一つ受けてみてからでいいか)


 急ぐ旅でも無いし、この世界についてまだまだ知らないのだから、まずは一つずつ進めて行くのが大事だ。リスクを取るのは、後からでも遅くは無い。


 そんなふうにハクは気楽に考えることにして、再び掲示板に目をやった。


「あ、やっぱりアルナちゃんだ!」


 弾んだ声に振り返るとそこにはタツアの姿があった。


「グンハとハクもさっきぶり。意外とすぐ会えたな」


「タツアは仕事か?」

「そう。でも俺の分はもう終わったから、あとは自由。親父はまだ忙しいみたいだけど」


 それから、タツアはハクたちの前にある掲示板を見て聞く。


「ハク達も何か依頼受けるつもりなのか?」

「うん、お金が足りなくてね」


 ハクが苦い顔して言うと、タツアは掲示板に何重にも貼られている依頼書を一枚を取った。


「これなんかどうだ? 薬草の採取依頼」


 危険度はE、報酬は薬草5本あたり銅貨一枚と書いてある。


「これなら俺も手伝えると思うぜ?」

「手伝ってくれるの?」


 タツアの意外な申し出に、ハクは驚いた。


「ああ、明日は俺も一日暇だし、報酬は三等分でどうだ?」


 タツアの視線に、ハクは彼の目的に気がついた。つまりは、アルナと一緒にいる口実が欲しいのだろう。


「タツア君が手伝ってくれるなら、私達も心強いよ。ありがとう」


 アルナの言葉に、タツアは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ああ、大船に乗ったつもりで任せておけ!」


 そんな調子に乗っているタツアの肩を、グンハががっしりと掴んだ。


「なら、明日は二人を頼んだぞ。私は別の依頼で遠出しているからな」

「おう、分かった」


 グンハはそれからハクとアルナに向き直る。


「それじゃあ君たちも十分気をつけてな、タツアがいるとはいえ危険度E、無理をするなよ」

「はい、ありがとうございました。グンハさんもお気をつけて」


 そうしてグンハが去り、タツアと三人になる。


「これからどうする?」


 タツアの言葉に、ハクはアルナの表情を見てから答える。


「今日は疲れたから、明日に備えてもう休むよ」


 アルナは疲れが表情に出始めていて、少し眠そうだった。この町に着いたのが夕方近かったから、今はもう日が暮れて外はすっかり暗くなっている。

 組合の建物内は魔術具の光で明るいけれど、一日の疲労が溜まっているのだろう。


「そうか」


 タツアは少し残念そうにしたが、すぐに納得して頷いた。


「じゃあ、また明日!」


 明日の集合時刻や場所を決めてから、まだ元気なタツアと別れ、ハク達は組合の二階にある宿泊用の部屋へと向かった。


 ファインさんによると、宿の料金は多めに先払いしておいて、宿を出る時に返してくれるのが通例らしい。一泊銀貨3枚らしいから、とりあえず金貨を一枚渡しておいた。

 金貨1枚で銀貨100枚相当らしいから、十分に足りるだろう。


 ハクが部屋の扉を開けた頃には、アルナはうとうとしていた。


「ハク、ごめん」


 アルナはハクにふらふらと寄りかかった。


「アルナ、大丈夫?」


 さすがに心配になって、ハクはアルナをベッドに座らせた。

 アルナは眠気に抗おうとしているしているが、うつらうつらとしていて、姿勢を保っていることすら辛そうだった。

 顔色が悪く、呼吸も浅く速くなっている。


(おかしい、いつもはこんなになることないのに)


 異常な疲労感を感じているような、様子のおかしいアルナに、ハクは困惑した。


(どうしたら……)


 ハクは周囲を見回して、最後に自分の手を見た。


 ハクはその瞬間にハッとして、杖を刃に変形させた。


(ひょっとして死蜜の呪いか!?)


 ハクは指を切って、アルナの口元に持っていった。


「アルナ、舐めて」


 指をアルナの唇に触れさせると、アルナは朦朧とした意識の中で指を咥え、ハクの血を取り込んだ。


 次第にアルナの瞳の曇りが取れて行く。


「ハク、ありがとう」

「ううん、私の方こそ気が付かなくてごめん。アルナはもう休んで」

「うん、そうさせてもらおうかな」


 穏やかな表情で眠りにつくアルナを見ながら、ハクは傷を塞いだ。


 定期的に血が必要だと言われていたのに、こんなになるまで何もしなかったのはハクの失態だ。


(やっぱり呪いを解かないとな……)


 ハクは反省しつつ、決意をより固くした。


(そのためにも、まずはしっかり稼がないと……)


 ハクは荷物を置いて、明日の準備を整える。




 それから、ふとハクは部屋の静けさが気になった。アルナの小さな呼吸の音だけが、空気を微かに揺らしていた。


 ハクは目を閉じているアルナを見ながら聞く。


「アルナ、起きてる?」


 返事は無かった。アルナは疲労に身を任せて眠ったまま。


 急に心細くなって、ハクは腕を抱えた。


 それからハクは静寂の中を歩き、窓から外に目をやった。


 一階の組合施設から漏れ出る明かりが道を照らしていて、周辺の建物にも点々と明かりは灯っていた。


 しかし、遠方を見やると何もない暗闇がずっと広がっている。


 ハクは振り返って部屋を見渡した。ベッドが二つに、机と椅子、タンスもある。全て木製で年季が入っている。


(ここはどこなんだろう……)


 似ているものも多くある。しかし、前の世界とは違う。ここには、残業を思わせる夜のビルの明かりも、深夜に不気味な音を立てる電化製品も無い。


(私、ここで何してるんだろう。ここに、いていいんだよね……)


 もうこの世界に来てしばらく経っているのに、不意に我にかえると、異世界の違和感を、自身の異物感を感じずにはいられなかった。


 漠然とした不安と、現実感の無さに、迷子にでもなったような錯覚に陥る。


 それから、ハクはフッと嘲笑うような息をこぼした。


(それは、前の世界でも同じか……)


 前の世界にいた時と何も変わらない。


(周囲に合わせて、適切に振る舞うだけだ)


 自分という登場人物になり切って、熱中していれば憂いなんて忘れられる。


 それに、アルナを助けたいという気持ちにも嘘は無い。


 ハクは大きくゆっくりと息を吐くと、部屋の明かりを消した。 

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