13-2 魔法使い組合
馬車に揺られながら、ハクは尋ねる。
「それじゃあ、タツア君たちは商人としての仕事でハイナドに?」
「そういうこと。他に個人的な用事もあったんだけどな」
タツアは頭の後ろで手を組みながら、のんびりと話す。
「そしたら、ハイナドが滅びてたってわけ。ハクたちは何か聞いてないか? ハイナドの方から来たんだろ?」
「うーん、僕たちにもよく分からないんだ。奇跡的に巻き込まれずには済んだけどね」
「そーか。ハクたちもいろいろ大変だったんだな」
今、ルメスは前で馬を動かしているし、グンハは後ろで周囲を見張っているから、ハクは仕事の無いタツアと会話をしていた。
馬車の荷台には荷物も多く載せられていたが、空間的に余裕はあるし風も通るから、快適に過ごすことができていた。
シンゲツの背にずっと乗っているのも疲れるし、馬車の旅もなかなかいいものだ。
ふと気がつくと、タツアは二人並んで座っているハクとアルナに交互に視線を送っていた。
「あのさ……」
タツアは自然を装ってはいるが、膝に置かれた手からは微かな緊張が読み取れる。
「二人ってどういう関係なの?」
「どういう関係かっていうと……」
アルナは答えに迷うように、ハクを見てきた。それは、正直に言っていいものか、相談したそうな目だった。
確かに呪いにかかっている今のアルナは、ハクの血を定期的に摂取しなければ生きていけない体だ。
しかしそんな事を話せるわけがないし、そもそもタツアが聞きたいのはそういう事ではないだろう。
さっきからタツアがチラチラとアルナを見ていた事に、ハクは気がついていた。
アルナの代わりにハクは適当に答える。
「アルナは友達だよ。旅仲間でもあるか」
「そ、そうか」
タツアは平静を装ってはいるが、若干嬉しそうだった。
それが何だか少し癪に触ったから、ハクは付け加える。
「あと強いて言うなら、切っても切り離せない関係、かな」
「ハク?」
アルナは少し驚いたように見てきたが、嘘は言っていない。
一方のタツアは苦い顔をしている。
タツアを牽制できて満足しているハクに、前の方にいるルメスが声をかけてきた。
「もうすぐステアの町に着きますよ」
前方を見ると、町が見えて来た。
大きさとしてはそこそこだが、賑わっている気配を感じる。
新しい町に、ハクは久々にわくわくとするのを感じた。
異世界を夢見ていた頃に憧れた、懐かしい感情だ。
(どんなことが待っているんだろう)
ハクが澄んだ瞳をしているのを見て、アルナも嬉しそうに前方の町を見遣るのだった。
◇
ステアの町は、何というか庶民的な印象を受けた。
整備された中心部とクロトたちが住んでいたみすぼらしい東地区とで、格差があったハイナドに比べると、町全体で社会を成り立たせているような感じがした。
先進的なものがある気配は無いが、居心地が良さそうな町だ。
「ここまで乗せてくれてありがとうございました」
ハクとアルナが感謝を述べると、ルメスは朗らかな笑顔で言う。
「私はこれから仕事ですけど、もう数日はこの町に滞在するつもりですから、何かあったらいつでも頼って下さい」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあな。また今度、絶対会おうな」
タツアとも別れを告げた後で、残ったグンハが声をかけて来た。
「君たちはこれから魔法使い組合に行くんだろう? だったら私が案内するからついて来な」
「グンハさんは、ルメスさん達の護衛はいいんですか?」
「ああ、依頼は道中の護衛だからな。ルメスさんが仕事で町に滞在している間は、私も別の仕事を受けて小遣い稼ぎをしている。ついでだから遠慮せずについて来い」
親切なグンハに連れられ、ハクとアルナは魔法使い組合へと向かった。
魔法使い組合。
それは魔法使いたちが作り上げた組織で、様々な依頼の仲介や仕事の斡旋、他には情報提供といったメディアとしての役割も担っている。
魔法使い組合という名称ではあるが、今では魔法使い以外でも利用可能で一般に開かれているらしい。
ソウも何か困ったことがあったら取り敢えず魔法使い組合に行けと言っていたし、イチハ達からも魔法使い組合に行くように念を押されていたから、この世界ではそれが常識なのかもしれない。
「アルナ、ハイナドの街にも魔法使い組合ってあった?」
ハクが聞くと、アルナは首を捻った。
「どうだろう? 私は聞いたことないけど……」
「ハイナドには無かったんじゃないか? あそこの領主は魔術会議と繋がりが深いって噂もあったし、組合が街に入るのをあまりよく思っていなかったみたいだから」
グンハの説明を聞いたハクは考える。
(魔術会議と魔法使い組合はあまり仲が良くないってことかな)
いろいろと複雑な事情がありそうなのは、どこの世界も同じらしい。
「それに対して、この町にはちゃんとした組合の施設もあるし、変な
ハクの目の前にあったのは、この町で見てきたどの家よりも数倍は大きな建物だった。
中に入ると、大勢の人で賑わっている。ハクがざっと見回すと、食事のできるテーブルスペースに大きな掲示板、受付のカウンター、それから二階へと上がる階段もあった。
「食事や宿泊もできるし、依頼もここで受けられる。君たちは初めてなんだよな?」
「はい」
「なら、こっちだ」
グンハに連れられたハクとアルナが受付に行くと、愛想の良い受付嬢が対応してくれた。
「グンハさん、この町にいらしていたんですか?」
「さっき着いたばかりだ。今日は少し頼みがあってな」
グンハは後ろに控えていたハクとアルナを示した。
「組合は初めてらしいから、色々と面倒を見てやってくれ」
「はい、お任せ下さい」
「それじゃあ、私は手頃な依頼が無いか見てくるから、用が済んだらまた声をかけてくれ」
グンハはそう言うと、掲示板の方へと歩いて行った。ざっと見た感じ、掲示板で依頼を眺めている他の人と比べてもグンハには貫禄があるから、やっぱり相当な実力者なのかもしれない。
「それで、お二人はどういうご用かしら」
受付嬢は優しく聞いてくる。
「実は僕たち旅をしていて、それでその準備をこの町で整えたいんですけど……」
ハクは話す内容がこんな漠然でいいのか不安に思っていたが、受付嬢は意を汲み取って言葉を返して来た。
「なるほど、旅を続けるために、必要な人や物を全部揃えたいってことね?」
「はい」
「旅の目的は言える? 目的地は?」
受付嬢は手慣れているのか、サクサクと話を進める。
「ある人に会うために、霧魔山まで」
ハクがそう答えた途端に、受付嬢の表情が固まった。
「そ、それは随分遠くね……。ここまではどうやって?」
「基本徒歩です。途中でグンハさん達に会って、馬車に乗せてもらいました」
「それまでは二人きりで?」
「はい」
受付嬢は引き攣った表情で、ハクとアルナの二人を見比べた。
「これまでよく無事だったわね。ひょっとして実は凄い魔法使いだったりする?」
「いえ、少しは魔法は使えますけど。なにせ旅は初めてなので、どれくらい危険があるのか、どんな事に気をつけないといけないのかもさっぱりで……」
受付嬢は頭に手を当てて、少し悩むような仕草を見せたあと、さっぱりとした笑顔をハクたちに向けた。
「たまにいるのよ。あなた達みたいな無謀な子たち。大抵は途中で野垂れ死んでしまうのだけど。分かったわ、私が一から面倒見てあげる」
それから受付嬢は、隣にある扉を指差した。
「長くなりそうだし、あちらの部屋で話しましょう」
応接室のような部屋に入り、ハクたちは勧められるままにソファに座った。
それから受付嬢もハクたちの向かい側に座って言う。
「改めて、私はこの魔法使い組合ステア支部で受付嬢兼相談係をしているファインよ。どうぞよろしく」
ファインはアラサーくらいだろうか。長い茶髪を後ろでまとめていて、目鼻立ちがはっきりしている美しい人だ。
「僕はハク。こっちはアルナです。よろしくお願いします」
簡単な挨拶を済ませると、ファインはまず机の上に地図を広げた。
「霧魔山に向かうなら、それぞれの街で組合に依頼して、馬車を乗り継いで行くのが一番現実的ね」
ファインは地図を指差しながら説明する。
「今いるステアの町がここ。それから、セントリアを経由して、モッグタウンまで行く。そこからは、誰か現地で霧魔山に詳しい人を見つけて登山するしかない。これが最短ルートだと思うけれど、それでもかなり厳しい旅になると思うわ」
それからファインは、ハクたちに尋ねる。
「現時点での所持金と所持品は?」
ハクはアルナと顔を見合わせてから、おそるおそる財布を取り出した。
イチハ達の村で、それなりに金貨を置いて来たから、残りは多くない。
ハクは観念して、財布を丸ごとファインに渡した。
「旅に必要そうな道具は一通りあります。ポーションも数本。あとは一週間分くらいの食料も。所持金は……それだけです」
ファインは財布の中を覗いて、一瞬で全てを察したように動きを止めた。
「全然足りないじゃない! あなた達、これだけの予算でいったいどうやって旅を続けるつもりだったの!?」
ファインは財布から硬貨を取り出して、机の上にハクたちの全財産を並べた。
金貨が3枚に、銀貨5枚、銅貨7枚。うち銀貨一枚と銅貨2枚は刻印入りだ。
アムナリア王国の刻印の入った硬貨は、刻印なしの硬貨に比べて価値が2倍程度になるが、さらに価値の高い魔証紋入りの硬貨と違って一般にも広く流通している。
それから、ファインは首を振って、自身を落ち着かせるように息を吐いた。
「取り乱してごめんなさい。確かに大金だわ。けれど、残念ながら霧魔山に行くには全然足りないわね。ちゃんと安全を確保して行くとなると、二週間も経たずに資金は底をつくでしょうね」
所持金を聞かれた時から覚悟はしていたが、いざ現実を突きつけられると、落ち込むしかない。
(やっぱりお金か……)
どうやら魔法のある異世界でも、こういう問題は避けられないらしい。
しかし、ハクには霧魔山へ行くのを諦めると言う選択肢は無かった。アルナの呪いを解かなくては、何の意味もない。
「でも、僕たちは何としても行かないといけないんです」
最悪の場合、どんな危険があるかは分からないが、シンゲツに乗ってアルナと二人だけで旅を続けることも覚悟しなくてはならない。
アルナを未知の危険に晒すのは気が引けるが、やむを得まい。
ハクがこれからの事を考えていると、ファインはため息をついて言う。
「本当は子供にこういう事を勧めるのは、気乗りしないんだけど……」
ハクが顔を上げると、ファインは真面目な顔をしていた。
「方法は二つ。一つは誰かに気に入ってもらってタダで馬車に乗せてもらう。もう一つはお金を稼ぐこと。後者に関しては、私達でも手助けができるわ。それに、ここじゃなくても、行く先々で組合に寄れば依頼を受けられる」
「ハク、どうする?」
途方に暮れているアルナに視線を向けられて、ハクは少し悩んでから答えた。
「とりあえず、どんな依頼があるか見せてもらっても良いですか?」
どちらにせよ、金を稼ぐ手段は持っていた方がいいだろう。
「分かったわ、それなら掲示板まで案内するわ」
ハクはファインに連れられて、初めての依頼を受けるために部屋を出た。
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