12-5 前へ

 アヤノの命を救った事で、私達はイチハさん達からそれはそれは感謝された。


 悲劇の元凶である私は、その感謝を複雑な気持ちで受け取っていたわけだが、イチハさん達が約束通り秘密を守ってくれそうなことは一安心だ。


「ハク君たちはこれからどうするの? なんだったらずっとここにいてもいいのよ?」


 イチハさんの申し出はありがたかったが、私にはアルナの呪いを解くという目的がある。


「実は僕たち、ここから北方にいるある人を訪ねなくてはいけないんです」


「そうなの? どこまで?」


「霧魔山です」


 それを聞いた途端、イチハさんは目を丸くした。


「ずいぶん遠くね。それは、どうしても行かないといけないの?」


「はい、詳しくは言えないんですけど……」


 イチハさんは心配そうに、私たち二人を見比べて言う。


「でも子供二人だけで、そんな長旅……」


「僕たち、魔法使いですから、大丈夫ですよ」


 正直私も二人での長旅に不安はあったが、イチハさん達に心配はかけまいと、杖を取り出して見せた。


「でもやっぱり……」


 それでもやはり心配そうなイチハさんに、ヒオウさんが口を開いた。


「イチハ、あまりハク君たちを困らせるんじゃないよ。どうしても、行くんだろ?」


「はい」


 私が頷くと、ヒオウさんは了解したように大きく頷いた。


 今のヒオウさんに、初めて会った時のような弱々しさは無かった。アイリの死の悲しみが完全に癒えたわけでは無いだろうが、アヤノの一件があってからは前向きに生きようとしているのが分かった。


「残念だが、俺たちがついて行くことは出来ない。だから、この村でできる限りしっかりと旅の準備を整えていけ。今の二人の装備じゃ、次の町まで辿り着けるかも怪しいからな」


「はい」


 今のヒオウさんは頼もしくすらあった。やっぱりこの家族は親切だ。


 それから私たちは村を回って、旅に必要そうな物を揃えっていった。幸い、ここはハイナドへと続く街道沿いの村で、必要最低限の物は手に入れることができた。それに、もともとヒオウさんが旅人相手の商売をしていたから、大抵の物はヒオウさんが用意してくれた。


 服や旅の鞄といった基本的なもの、それから食料は多めに準備した。


「あとは、馬だが……」


「いえ、それは大丈夫です」


「いや、必要だろう。まさか歩いて行くつもりじゃ無いだろう?」


「えーと、そのー、実は……」


 私は周囲を見渡して、人気ひとけが無いのを確認すると、胸のペンダントを取り出した。


「シンゲツ、出て来て」


 私の声に応えるように、大きな黒い狼が姿を現した。


「うわっ!」


 それを見た、ヒオウさんは驚いて腰を抜かしそうになっている。


「僕の使い魔です。シンゲツに乗って行くので、とりあえず馬は大丈夫です。こっちの方が動き易いですし」


「ウソでしょ?」


 私たちの買い物に付き合ってくれていたアヤノさんも、驚きと恐怖で飛び退いていた。


「優しい子だから、怖がらなくて大丈夫ですよ」


 そう言いながらシンゲツの黒い毛並みを撫でるアルナを見て、アヤノさんもおそるおそるシンゲツに近づいて行く。


「触ってもいい?」


 確認を取るように私を見たアヤノさんに、私は頷く。


「いいですよ」


 アヤノさんはおそるおそるシンゲツに手を伸ばし、一度触れると初めて触るムーンウルフに表情を明るくしていた。


「……分かった。馬は要らないみたいだな」


 ヒオウさんは少し離れた所で、呆れたように大きな黒狼とそれと戯れる娘を見ながら言う。


「はい。シンゲツ、戻って」


 私は優しく撫でてから、シンゲツを月の宝石へと戻した。


 それで少し寂しそうにするアヤノさんを見て、私はすっかり元気になったのだと嬉しく思った。


 あれから病の治ったアヤノさんは、私たちにとても親身になって接してくれていたし、年代が近いこともあってそれなりに打ち解けたと思う。


 イチハさん達家族はみんな、それこそ本当の家族のように私たちを受け入れてくれていた。イチハさんが母親、ヒオウさんが父親、アヤノさんがお姉ちゃん。もし、私たちに暗く重たい事情が無ければ、本当にここでずっと暮らしても良かったかもしれない。


 だが、それは叶わない。


 旅の用意を整え終えた私は、ヒオウさんに声をかけた。


「これお代です」


 私がヒオウさんに金貨を渡すと、ヒオウさんはそれを押し返して来た。


「いや、要らないよ。君たちにはアヤノを救ってもらった恩がある」


「いいえ、受け取ってください。泊めてもらって、こんなに親切にしてもらったんですから」


 私がどうしても金貨を受け取って欲しかった理由は、単に感謝や対価としてだけでは無かった。


 村を回っている時、村人の会話を聞いたのだ。


 彼らはハイナドが滅びたせいで、街道を通る人の数が減り、生計が立てられなくなる事を心配していた。


 しばらくは国の調査隊が行き交うかもしれないが、復興には時間が掛かるだろうし、少なくとも前みたいな生活は難しいだろう。


 私が渡すはした金でどうにかなる問題でも無いだろうが、ハイナドを滅ぼした張本人として、できる限りのことはしたかった。少なくとも、私達にこんなにも親切にしてくれたイチハさん達家族に、これ以上大変な思いをして欲しくなかった。


 結局、長きに渡る攻防戦の末、私は半ば強引に金貨を置いていく事に成功した。


 そして、ヒオウさんとイチハさんは、最後まで私たちの心配していた。


「いいか、まずはステアの町を目指すんだ。そこで今よりしっかりと長期の旅に備えて準備をするんだ」

「いい? 魔法使い組合に行ったら、誰かしっかりとした信頼できる大人を頼るのよ?」


 二人の忠告に私は何度も頷き、やがて出発の時になった。


 この家は居心地が良くていつまでも居てしまいそうだったから、私たちは準備ができたら早々に旅立つ事にしていた。


 アルナは私よりずっとイチハさん達に馴染んでいたから、別れるのが本当に寂しそうで、長いこと言葉を交わしていた。


 そして別れ際、私はアヤノさんに声をかけられた。


「ハク君、私決めたよ」


 別れの言葉を予想していた私は、アヤノさんのすっきりとした前向きな笑顔に、少し意表を突かれた。


「私、治癒師になる。たくさん勉強して、私の命をここまで繋いでくれたフタバさんや、救ってくれた君みたいに、誰かを救ってみせる。この命のある限り、出来るだけ多くの人を救うよ」


 決意のこもったアヤノさんのその言葉は、私の胸にトンッと響いた。


 新たに歩み出そうとする目の前の少女の未来が、私には輝いて見えた。


(ああ、助けて良かったな)


 自然とこぼれる笑みに任せて、私は言葉を返す。


「僕はアヤノさんのこと、応援してます」


 これしか言えないことが少しもどかしかったけれど、紛れもない本心だ。



「じゃあね」

「気をつけて」

「本当にありがとう」


 さまざまな言葉を背中に受けながら、私とアルナはシンゲツの背に乗って、村を後にする。


(ありがとう)


 去りながら、心の中で精一杯に思う。


(それから、本当にごめんなさい)


 謝罪と感謝が渦巻いていた。複雑に混ざり合う感情に、感極まりそうになる。


「来て良かったね」


 そんな時、アルナが言った。


「うん」


 私の気持ちはすっと整っていった。


 私は最後に、背後のもう小さい三人の家族の姿を見遣った。


 それから私は前を向いた。顔を上げて、進行方向を見据える。


 次に目指すのはステアの町だ。そして、旅の果てでアルナの呪いを解くのだ。


 その旅の道すがら、人を助けて行こう。


(きっと、それがいい)


 もう後ろは振り返らず、私たちは風を切って前へと進んだ。








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12-1から12-5のアヤノたち家族視点

流浪の癒し手 〜とある家族の悲劇と奇跡〜

https://kakuyomu.jp/works/16817330659930597652

5話完結



 

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