12-2 災禍の罪
涙を流しながら喚く見知らぬ男に肩を掴まれ、アルナが恐怖と困惑で動けずにいると、その男の手をハクが掴んだ。
「アルナが怖がってるから、手を離してくれない?」
男はハクを見ると、血走った目で睨みながら言う。
「お前、誰だ?」
そんな男に対して、ハクは暗い顔をして答えた。
「僕はハク。そして、そこにいるのは僕の友達のアルナ。きっと、人違いですよ……」
その言葉に、男はアルナの顔を改めてまじまじと見た。そして、みるみる落胆した顔に変わっていき、終いには絶望的な表情でその場に
「お父さん、その子達はハイナドから命からがら逃げてきた子達なのよ」
イチハさんの言葉に、男は顔を上げて悲痛な表情を浮かべ、震えた声で言う。
「じゃあ、アイリは……」
「まだ、帰ってきてないわ」
その言葉に、空気はずっしりと重くなり、絶望が部屋中に漂っていた。
「お父さん、おかえり」
その時、二階から少女が咳き込みながら降りてきた。その少女はアルナ達より少しだけ歳上に見えたが、明らかに顔色が良くない。
手すりを掴みながらゆっくりと階段を降りてくる少女に、イチハさんは心配そうに声をかける。
「アヤノ、寝てなくて大丈夫なの?」
「お母さん、私だってアイリが心配なの。お父さん、アイリは帰って……って誰?」
アヤノはアルナ達の存在に気がつくと、顔を顰めた。
「アヤノ、この子達はハイナドから逃げてきたそうなの」
「そう……、それは災難だったね」
アヤノは相変わらず咳き込みながら、無愛想に言った。その態度は、どこか他人ごとに感じられたが、文字通り他人だからなんともいえない。
それに、今の彼女には他人を気遣えるだけの余裕があるようにも見えなかった。
「それで、アイリは帰ってきたの?」
娘の問いに、父親は力無く首を横に振った。
「そう……」
アヤノは床を見つめながら、苦しそうに言葉をこぼした。
「なんで……、なんでアイリが死ななくちゃいけないの? 私と違ってあの子は元気そのものだったのに……」
少女の瞳からは涙こそ出ていなかったものの、悲痛そうな顔をしていた。
そんなアヤノの言葉に、父親が反応した。
「アヤノ! そんな事を言うな! まだ、アイリが死んだと決まったわけじゃない……」
父親の現実逃避的な様子に、アヤノは言葉を荒げた。
「もう死んだって決まったも同然じゃん! だってハイナドの街にはもう何も残って無いんでしょ!?」
「アヤノちゃん!」
母親の抑止にも構わず、アヤノは続けた。
「私だって辛いんだよ!! でも、認めなきゃ! お父さんとお母さんはこれからも二人で生きていくんだから……。しっかりしてもらわないと……」
そこでアヤノは悲しそうな表情のまま、苦しそうに咳き込んだ。
「アヤノちゃん!」
イチハさんは慌てた様子で、アヤノに駆け寄る。
「大丈夫? 水飲む?」
「うん、ありがとう」
顔色のすぐれないアヤノは、椅子に座って水を少し飲み、大きくゆっくりと呼吸をして落ち着こうとした。
イチハさんは、アヤノに付きっきりで背中をさすっている。
「イチハさん、何があったのか教えてもらってもいいですか?」
状況が落ち着いていたところで、ハクが聞いた。ハクの声はかすかに震えていた。
(聞いたらダメだ! 聞いてしまったら、ハクはきっと傷つく……)
アルナは嫌な予感に包まれていた。しかしハクを見ると、全てを受け止めるつもりのような、悲壮な顔をしていた。
「実はね……」
それからイチハさん達は、家族に何があったのかゆっくりと話してくれた。
イチハさん達には、アヤノとアイリの二人の娘がいた。
しかし、姉のアヤノは生まれつき持病があり、薬無しでは生きていけなかったらしい。
そしてアヤノの薬が切れた。
だからお父さんのヒオウさんは、ハイナドで薬屋を営んでいるイチハさんの妹、フタバさんを訪ねに行くことにした。そして、ちょうどハイナドに行きたがっていたアイリも、せっかくだからと連れて行くことにしたのだ。
しかし訪ねてみると、ちょうどフタバさんも薬を切らしていて、新しく作成するには数日かかりそうだった。
そこで、ハイナドの街を楽しみにしていたアイリをフタバさんに預けて、一旦ヒオウさんだけ帰ってきたらしい。
そして、後からアイリを連れたフタバさんがここの家に薬を届けにきてくれるはずだった。
しかし、そこでハイナドの街が滅んだのだ。
当然、アイリもフタバさんも、あの災厄に巻き込まれたと考えられる。
◇
その日の夜、イチハさんに貸してもらった空き部屋で、アルナは横になっていた。しかし、あんな話を聞いたあとで、簡単に寝つけるはずは無かった。
隣には、別の布団で横になっているハクがいるが、アルナに背を向けたまま動かない。
(もう寝たのかな?)
しかし、あの話を聞いたあとで、繊細なハクがすやすや眠ることができるとも思えない。ただでさえ、ハイナドを滅ぼした事を気に病んでそうだったのに、あんな直接的な話を聞いたら、その現実を受け止め切れるのだろうか。
それに、ハクはずっとアルナの前で弱さを見せようとはしなかった。強がったところでアルナには伝わっているというのに、あくまで気丈に振る舞っていた。
アルナは耳を澄まして、ハクの気配を探った。
「ハク、泣いてる?」
アルナの呼びかけに、ハクの肩が震えた。
そこで、アルナは暗闇の中を立ち上がって、ハクの布団まで移動すると、横になってハクと向かい合った。
やはり、ハクは泣いていたようだ。声は殺していたようだが、涙は流れている。
すると、ハクはまたアルナに背を向けて、震えた声で言った。
「僕は、大丈夫だよ」
そんなハクの背中は小さく、簡単に崩れてしまいそうに見えた。
アルナはたまらずハクを背中から抱きしめ、柔らかな声でささやいた。
「ハク、私の前では弱音を吐いても、何を言ってもいいんだよ? 何も隠さなくていい」
するとアルナが回した腕を、ハクはそのか
その手は怯えているように、微かに震えていた。
「アルナは、私を責めないの?」
ハクの小さな声がした。
「クロトも、サクもカイも、みんな私が……たのに……」
「責めるわけないよ。私はハクの思いを知ってるんだから」
アルナにハクを責められるわけがなかった。ハクはアルナの命を救おうとして、あの悲劇を起こしたのだ。それに、ハイナドの滅亡が無ければ、今アルナは生きていない。
「私も半分背負うよ。だから、一人で抱え込まないで」
「……ありがとう、アルナはやっぱり優しいね」
そう言ったハクの体の緊張が少しだけゆるんだ気がした。
実際に手を下したハクの気持ちは、アルナには完全には分からない。それでも、ハクの肩にのしかかる重過ぎる荷を、少しは軽くしてあげたかった。
ハイナド滅亡の
アルナはもう一度、ハクを抱きしめる手に力を込めた。
それにハクは抵抗せず、身を任せるように体を預けてきた。
しばらくしてハクの静かな寝息が聞こえ始めると、アルナも目を閉じてハクに額を寄せ、そのまま眠りについた。
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