11-2 永樹と王国

 永樹の少年が霧と共に姿を消した後、私が周囲を見渡すと夜は明けていて、森には朝日が差し込み始めていた。


「ふぁ〜ぁ」


 どうやらアルナが目を覚ましたようで、大きな伸びをしている。アルナは起きている私を見つけると、まだ少し寝ぼけたような目で笑顔を見せた。


「あっ、ハクもう起きてたの? おはよう」


「おはよう、アルナ」


 私が微笑み返して言うと、急にアルナが大声を出した。


「あーー!!」


 その声に、シンゲツも驚いたように体を震わせた。


「急にどうしたの?」


 驚く私に対して、アルナは一直線に駆け寄ってきた。


「あーあ、なんでまた髪切っちゃったの? せっかく綺麗なのにもったいない」


 そう言ってアルナは、落ち込みながら私の残っている髪に触れる。


「あー、これ? ちょっといろいろあってさ。でも、ちょうどいいよ。ソウさんも言ってたでしょ? ミリアはハイナド滅亡と共に死んだって事にするけど、それを神魔塔党が信じるかは分からない。生死不明、行方不明の不滅の魔女ミリアを神魔塔党は探し続けるだろう、って」


 私の説明に、アルナは少し不服そうに唇を尖らせた。


「それはそうなんだろうけど。ハク、また男の子として振る舞うつもり?」


「うん、その方がきっと安全だからね」


 残念そうにするアルナに、私は声色を少し変えて聞いてみる。


「アルナは、こっちの僕は嫌いかい?」


 すると、アルナは目を泳がせて、ボソボソと喋る。


「いや、別にそういうわけじゃ無いけど、せっかくハクは可愛いのに、もったいないと思って……」


 それから、アルナは急に視線を戻すと、私を真っ直ぐに見つめながら言う。


「ハクは、それで良いの? 窮屈じゃないの?」


 アルナは本当に私の事を心配してくれているのだと、ひしひしと伝わってきて、私は嬉しさを心の中で噛み締めた。


「僕は大丈夫だよ。でも、アルナの前では私のままでいようかな」


 私がそう言うと、アルナは少し安堵したように表情を緩ませた。


 私としては、別にどちらでも良いのだ。そもそも人に本当の自分なんて、さらけ出せないのだから。それがどんな人物像であれ、演じていることに変わりはない。あとは程度の問題でしかなかった。


(私はこれでいい。目的の為なら、少し口調を変えるくらい何の問題も無い)


「それよりアルナ、また髪を整えてくれない? そしたら、早めに出発しよう」


 私が魔法で作ったハサミを渡しながら言うと、アルナは頷く。


「そうだね。そろそろ村にでも辿り着かないと、私たち飢え死にしちゃう」


 その時、空腹を知らせる腹の虫がグーグーと鳴き、恥ずかしがるアルナと顔を見合わせて、私達は笑いあった。



 ◇



 シンゲツに乗りながら、私はアルナに尋ねた。


「アルナは永樹について知ってる?」


「あー、ハクに杖をくれたっていう、永樹のこと? 私はまだ、その話を信じられないんだけどね。だって、永樹はこの国の守り神みたいな存在だよ?」


 そう言って、アルナは語り出した。


「私も本で少し読んだ程度なんだけどね……」


 アルナが話した内容は、ざっとまとめると次のような感じだった。



 昔々、長く続く戦争によって大地は荒れ果て、人々はその日の生活に困るほど貧しくなっていた。


 そんな時代に、不思議な力を持つ一人の少年がいた。その少年は、どんなに重い病やひどい怪我であっても、治すことができる力を持っていた。


 旅をしながら、行く先々で戦争や貧困で苦しむ人々を癒していったその少年を、人はいつしか『流浪の癒し手』と呼ぶようになったらしい。


 しかし、その噂を聞きつけた二つの大国は、流浪の癒し手を確保しようと再び大きな戦争を始めた。その結果、大地は荒れ果て、水も汚染されて、遂にはその土地に命は存在できなくなってしまった。


 癒し手の少年はひどく傷つき、激高し、悲しんだ。そんな少年に手を差し伸べて、心を通わせたのが、のちに現在のこの国、アムナリア王国を建国して初代国王となる青年だったらしい。


 癒し手の少年は、その青年のために、命の枯れ果てた土地を復活させる事を決めた。そのために、全ての力を使って巨大な樹木『永樹』となり、未来永劫アムナリアを見守っていくことにしたのだった。


「だから永樹があるおかげで、今でもこのアムナリア王国は周囲に比べても土地が豊かだし、発展著しい大国になったってわけ。まぁ、どこまでホントか分からないおとぎ話なんだけどね」


 アルナの話は興味深かったし、エイジュと名乗った少年の話とも一致している。私はこの世界の歴史の一端を垣間見た気がして、感慨深く感じた。


「でも、その流浪の癒し手の力、私の力と少し似てるよね」


「そうなんだよ。私も初めてハクの力を見た時は驚いたよ。おとぎ話にあるような奇跡の力だもん」


 つまり、永樹の少年が言った通り、オリジナルの彼を模倣して、神魔塔党は『供え子』、つまり私を作ったということなのだろう。


 奇跡を人工的に生み出せるほどに、この世界は発展している。人の文明というのはどの世界であっても、とんでもない領域にまで到達するのだと、少し驚きながらも腑に落ちている自分があった。


 そんなふうに私が物思いに耽っていると、急にシンゲツの足が止まった。


「あ、建物がある」


 アルナが指差した方向には、木造の一軒家が見えた。森が開けたその先には、何軒もの家が点々としているのが見える。


「村だ」


 ようやく集落に到着した。正直言って、私は疲労でふらふらだった。一刻も早く、何かを食べたい気分だった。


(大丈夫、これは普通の空腹で、命が不足しているわけじゃない)


 私も、二つの空腹の違いは、もう区別できるようになっていた。


「シンゲツ、ありがとう。戻っていいよ」


 シンゲツを月の宝石の形に戻してから、私とアルナは最初に見つけた家へと歩みを進めたのだった。

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