9-7 戦い

 赤い炎と眩い光が、夜を照らした。


 クロトが放った炎と、レオさんが放った光の攻撃はスードに迫ったが、スードが手を一振りして生まれた黒い風に全て吹き飛ばされた。


 間髪入れずに斬り込んだソルドの剣も、スードは槍で軽々と受け止めた。


 クロト達は全身全霊で戦っていたが、スードとの間には圧倒的な実力差があった。


「仮にも俺は神魔塔党で昇者をやっていた身だ。素人や未熟者に負けるわけがないだろ」


 スードが放った黒い風はクロトとレオさん、ソルドさんを飲み込み、吹き飛ばした。


「クロト!」


 僕の近くに飛んできたクロトは、苦しそうに表情を歪めていた。


(一撃でここまで……)


 私は言葉を失っていた。みんなで戦えば、少しは勝ち目があるかと期待していた私は、馬鹿だった。


(こんなの、勝てるわけがない)


「そこで大人しくしてろ」


 スードが倒れているクロト達にさらに魔法を放つと、クロト達三人は地面に押し付けられるように這いつくばった。あれでは立ち上がる事もままならないだろう。


(私の血で治癒できれば……)


 私はクロトの所に近づこうとしたが、まだ足は痺れていて立ち上がることすらできなかった。


 邪魔者を吹き飛ばしたスードは、槍を手にして私の元まで歩いてくる。


 私はスードに対抗できるだけの魔法を知らなかった。今の私にできることは、血を使って治癒することと、髪を魔法で変形することくらいだ。それに手元にある髪は刃一本分くらいしか残っていない。


(せめて、ネズミさえどこに行ったか分かれば、その分の髪を使って何かできたかもしれないのに)


 そんな私の心を見透かしたように、スードは懐から白髪の束を取り出した。


「探しているのはコレか? 残念だが、ここをうろついていたネズミなら俺が捕まえておいた。でも、もう必要ないだろ?」


 スードはネズミだった髪の束を手の中で燃やし、灰となったそれは空気中に散った。


(もう、何もできない……)


「ハクには指一本触れさせないよ!」


 絶望しかけていた私の前に、アルナが立っていた。アルナは堂々とスードの前に立ちはだかっていた。


「今のうちに!」


 カイとサクが動けない私を少しでも逃そうと、私の肩を支えた。


「諦めちゃダメだよ」


 カイは涙を堪えて、必死に少しでも私を進ませようとした。


「ハク、俺だってお前の事嫌いなわけじゃないんだ」


 サクは真っ直ぐに前を見て言う。


「何のつもりだ? 非力なお前らに何ができる? そんな事しても無駄だ」


 スードはアルナ達の行動が心底理解できないという様子だった。


「無駄かもしれない。でも、友達が殺されるのを黙って見ているなんてできない!」


 アルナは両手を前に向けた。

 その魔力の高まりは私にも背中越しにひしひしと伝わってきた。


「やめておけ!」


 わずかに顔を顰めたスードは、アルナが魔法を放つより先に、黒い風を撒いた。


 その魔法でアルナだけじゃなく、私を支えていたカイとサクも吹き飛ばされ、その場に残された私は地面に倒れ込んだ。


「アルナ、カイ、サク……」


 みんな、スードの風に押し潰され、地面に倒れていた。


 スードは大きなため息をついて言う。


「いろいろと邪魔が入ったせいで時間を食った」


 スードは遠くを気にしながら、焦り気味に私の目前に立った。


「ミリア、心配しなくてもそいつらの事は任せろ。悪いようにはしない。本当はもっとじっくり話でもしたいところだったが、そんな余裕は無いみたいだ」


 槍を手にしたスードは少し寂しそうな瞳をしていた。


 そして、スードは槍を私の心臓に向かって突き出した。


 その直後、私は体を押される感覚がして、次の瞬間には私の目の前には赤い血が飛び散った。


「なぜだ!? なぜ動けている!?」


 スードは動揺したように言葉を溢した。


 私の前には、心臓を貫かれたアルナの姿があった。


「アルナ?」


 私はその光景に目を疑った。

 アルナの手には空の小瓶が握られていた。


(あれは!)


 医者から貰った中級ポーションに私の血を混ぜた物を、いざという時の為にアルナに持たせていたのだ。それを使って、アルナは強引に黒い風から抜け出してきたのだろう。背中の破れた服が、その時に負った傷を物語っている。


 いや、そんなことよりも今のアルナはもっと重傷を負っている。


「アルナ! アルナ!!」


 心臓を貫かれて、私の前に倒れ込んだアルナに私は涙を流しながら叫んだ。


「なんて事をしてくれたんだ」


 その間、スードは青ざめた顔で立ち尽くしていた。


(こんな事になるなら、私がさっさと大人しく殺されておけば良かった!)


 アルナは私の腕の中で、死にそうな顔を私に向けた。


「アルナ……」


 その時、私の涙がアルナの傷口に落ち、アルナの傷が少しだけ塞がるのが見えた。


(そうだ! 早く治さないと!)


 私は自分の腕を刃で刺し、血をアルナの口に流した。


 すると、アルナの傷が塞がっていく。


 しかし、すぐにアルナの傷は再び広がり始めた。


「なんで?」


 血が流れ出し続けるアルナの傷口に私は動揺した。まるで傷から死が広がって、アルナを飲み込んでいくように見えた。


「無駄だ。死蜜しみつを使った。供え子の君を殺せるほどの毒だ。対象が死ぬまで死へと誘い続ける。だから、治癒はできない」


 そう言うスードに、私は叫んだ。


「うるさい!」


(アルナが死ぬ? そんなのダメだ!)


 私はパニックに陥りかけていた。


(どうしたら?)


 腕から血を垂らしても、アルナの傷は一向に塞がらない。


(まだ血が足りない!)


 私は刃を胸に向けた。


「おい! やめろ!」


 私に手を伸ばそうとしたスードの前を炎が横切った。


「アルナ!」


 クロトは地面に伏したまま、必死な形相で髪と瞳を赤くし、こちらに手を伸ばしていた。


「邪魔はさせない!」


 それでも、私に手を伸ばそうとしたスードに私は叫んだ。


『来るな!!』


 すると、衝撃波のようなものが広がり、スードを含めた私の周囲一帯の物は吹き飛んでいった。


 これでアルナの治療に専念できる。


 私は自分の心臓を突き刺した。


(ッ!!)


 心臓から血がどっと噴き出し、アルナにかかる。

 それと同時に飛びそうになる意識を、私は必死で繋ぎ止めた。


(まだだ、アルナを助けるまでは……)


「ミリア、やめろ!!」


 遠くでスードが叫んでいたが、そんな声は私の耳には届いていなかった。


 私は心臓から溢れ出す全身の血をアルナに与え続けた。


 そんな私を力無く見たアルナと目が合った。


(アルナ、絶対助けてみせるからね。私の命を全て使い尽くしても、何を犠牲にしても!)

 




 しかし、その私の行為の代償はあまりに大きかった。

 

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