9-4 裏切り②

 ◇◆◇


 ハクとクロトがアルナ達を救出しに行くしばらく前、アルナ達が囚われている地下牢を訪れる一人の男があった。


 その男は緑色の奇妙な瞳をしていて、後ろには顔を隠した黒装束の人間達を連れている。


「カギ共、お前たちに聞きたいことがある。深紅の瞳をした白髪の少女を知らないか?」


「またなの? 私達は何も知らないって何度も言ってるでしょ?」


 アルナが答えると緑色の目の男は、不気味な笑みを浮かべて言う。


「俺はスードとは違う。あいつは頭は切れるが、やり方が生ぬるいんだよ」


 そう言って、バインドは手に持っていた槍をアルナの隣のカイに向かって突き出した。

 カイの眼球まで数ミリの所で、槍の先端は止まる。


「答えろ。さもなくば、こいつの目を潰す」


 このバインドという男は、実行を躊躇するようには見えなかった。


「もう一度聞く。最近、深紅の瞳の白髪の少女がやってこなかったか? 人間離れした美しい少女だ。一度見かけたら忘れはしないはずだ」


 カイは槍を突き付けられて、涙を流しながら叫んだ。


「本当に知らないんだよ! そんな女見てない! だから、やめてくれよ!!」


「お前はどうだ?」


 バインドは捕食者のような緑色の瞳で、アルナを見た。


「……知らない」


 悲痛な表情でそう答えたアルナに、バインドは不気味に笑った。


「ハッ、そうか。なら、こいつの目を潰した後は、隣のガキ、それからお前だ。その後は、他の所で囚われているガキたちの目も潰していくか」


 そう言ってバインドは槍を構えた。


「何をしている!!」


 突然の声に、邪魔をされたバインドは不愉快そうに声がした方を見た。


 そこには、一人の衛兵の青年が立っていた。


「話を聞くだけのはずだ。暴力行為は認められていないだろう!」


「お前、誰だ?」


 バインドは苛立ちながら聞く。


「衛兵のソルドだ! 話が済んだのなら、とっとと帰ってくれ!」


 バインドはつまらなそうに大きなため息をついた。


「これだから衛兵は。ったく、面倒だな」


 そう言って、バインドは顎で途人たちに指示を出した。

 すると、途人達は槍を構えてソルドを捕らえようとする。


「どういうつもりだ!」


 ソルドは剣を抜き、槍を打ち払いながら声を荒げた。

 

「途人だか昇者だか知らないが、ここでの勝手は許さない」


 次第に攻撃をエスカレートさせていく途人達に対して、ソルドは剣で抵抗していた。

 一方で、一向に衛兵一人を制圧できない途人達にバインドは苛立ちを募らせる。


「ったく、俺に手間をかけさせるな!」


 そして、バインドが宙を掴み、手を握ると同時にソルドは動きを止めた。


「何をした?」


 全身を縛られたように動かせず、ソルドは驚きながら目だけをバインドに向けた。


 バインドは身動きできないソルドに近づき、苛立ちをぶつけるように蹴り飛ばした。


 人形のように地面に転がったソルドは、体を動かせないならと、バインドを睨みながら声を荒げた。


「お前、好き勝手しやがって! 何でも思い通りになると……」


「うるさい」


 バインドがもう一度手を握ると同時にソルドは声も発せなくなっていた。


 ソルドは口だけをパクパクと動かす。


「呼吸も止めてやろうか?」


 バインドが冷たく言うと、近くにいた途人の女が冷静に言う。


「バインド様、殺せば無用な軋轢を生むことになります」


 バインドは舌打ちをしてから、槍を倒れているソルドの腹部に刺し込み、吐き捨てるように言った。


「そこで大人しくしていろ」


 痛みを感じても呻き声すらバインドの魔法で出せず、ソルドは血を流しながらなす術なく倒れていた。


 そのままアルナ達の方へと向かおうとしたバインドだったが、顔を引き攣らせてもう一度ソルドの方を振り返った。


 この状況でもバインドを睨み続けるソルドに対して、バインドは苛立ちの唸り声を上げた。


「そいつを、どっかに捨ててこい!」


 途人達は傷を負った衛兵を運び出し、それからようやくバインドはアルナ達の所に向き直った。


「邪魔が入った。さっさと済ませて次に行こう」


 バインドは機嫌が悪い様子のまま、つまらなそうに槍でカイの眼球を貫こうとした。


「待て!!」


「今度はなんだ!」


 バインドは苛立ちながら、声を発したサクに目をやった。


「取引しないか? 情報をやる。その代わり、俺たちを自由にしろ」


 サクの提案に対して、バインドは目を細めた。


「俺に対して、取引とはいい度胸だな。言ってみろ。情報次第では考えてやる」


 それ以上バインドの譲歩が期待できないと感じたサクは、話し始めた。


「少女かどうかは分からないけど、深紅の瞳をした白髪の子供なら知っている」


「サク!」


 サクを止めようとしたアルナの口を、バインドは魔法で封じた。


「続けろ」


「そいつは髪を短くして少年の格好をしている。普段、外に出る時は髪色も灰色に変えていた。まるで、正体を隠しているように」


 バインドはようやく機嫌の良い笑みを浮かべた。


「そうか。そうか! ようやく見つけた! そいつは今どこにいる!?」


 前のめりに聞くバインドに対して、サクは慎重に言う。


「約束してくれ。俺達を解放すると」


「いいぜ。約束する。だから、早く教えてくれ!」


 取引を快諾したバインドに、サクは鋭い目をして答える。


「アジトが潰された今、どこにいるかは分からない。けど、間もなくここに来るはずだ。俺達を助け出すために」


 それを聞いたバインドは嬉しそうに高笑いをした。それから引き笑いに笑い方を変化させながら言う。


「最高だな! おいガキ、俺からも提案がある」


 楽しそうにバインドはサクを見下ろした。



 ◇◆◇



「良くやった」


 バインドは僕を刺したサクに不気味な笑顔を向けた。

 それから、地面に倒れた僕に向かって言う。


「こいつが刺した短剣には、俺の血液から生成した触媒入りの毒が塗ってあってな。これなら、そなのお前であっても、しばらくは動けないだろう」


「お前、誰だ!」


 急に現れた緑色の目の男に対して敵意を向けたクロトは、バインドの魔法によってすぐに動きを封じられた。


「なんだ、これ? 動けねぇ!」


「うるさい!」


 バインドがもう一度クロトに向けて手を握るとクロトの声も消え、地下牢にはバインドの声だけが響いた。

 バインドは地面に倒れる僕を見下ろしながら言う。


「まったく手間をかけさせやがって。だが、考えたもんだな。少年のふりをして、髪色も変えるとは。それなら、見つからないわけだ」


 僕は声を出そうとしたが、体の痺れは喉の辺りまで広がっていて声は出せなくなっていた。


 痺れが全身に回るにつれて、魔法で灰色に変えていた僕の髪も白に戻っていく。


「ねぇ、なんでこいつをそんなに探してたの?」


 サクが尋ねると、バインドは不敵な笑みを浮かべた。


「お前が知る必要はない。だが、その様子だとこいつはお前達に何も言っていなかったようだな」


「まぁいいや。約束通り、僕達を解放して」


 サクが言うと、バインドはもう一度を手を握った。


「え? どうして?」


 動きを封じられたサクは動揺して、怯えたような目をバインドに向けた。


「あんな口約束、守るわけないだろ?」


 バインドは馬鹿にするような目で、サクを見下ろした。


 僕達五人は全員動きを封じられて、バインド一人に畏怖の目を向けることしかできなかった。


「さて、供え子以外に用は無い。こいつらは生贄としても使えなさそうだし、殺すか」


 バインドはあっさりと言った。


(ダメだ! ダメだ!)


 僕の目からは涙が溢れるが、体が痺れて僕には何もできなかった。それどころか、痺れは次第に強くなっている気がする。このままだと、いずれ意識が飛んでしまいそうだった。


 だがその時、肌にわずかな熱が伝わってきた。

 視線をやると、クロトは髪と瞳を赤くして、魔法を放とうとしていた。


「無駄だ」


 力を振り絞ろうとするクロトに対してバインドは冷たく告げて、再び拳を握った。すると、クロトは苦しそうに口を開けた。


「ッ!」


 声は聞こえないが、クロトが苦しんでいるのは伝わってきた。そしてそのままクロトは項垂れて、髪の色は元の黒色に戻った。


(クロト!!)


 心の中で叫んでも、何も伝わらないし、何も変えられない。


「さっさと終わらせて、早く供え子を連れて戻ろう。今度は逃げ出されないようにしないとな」


 ブツブツと独り言を呟きながら、バインドは槍を手にした。


 クロトはかろうじてまだ息はあるようだが、力尽きたように項垂れたままだし、アルナは悲しそうに涙を流し、カイは涙も枯れて絶望感に打ちひしがれていた。


 バインドはまず、諦めたような暗く荒んだ目をしているサクを標的に定めた。


「お前のおかげで、助かったよ。だが、用済みだ」


 バインドは平然と槍でサクの心臓を貫こうとした。



 しかし、槍の先端はサクにあたる直前で止まった。


「何のつもりだ? スード?」


 バインドは、槍を掴んでいるスードを睨んだ。


「約束をたがえるのは、良くないんじゃないか? 今後の神魔塔党じんまとうとうの信用問題に関わる」


 突然現れたスードは冷静に言った。

 それに対して、バインドは不快感をあらわにして、緑色の瞳でスードを睨んだ。


「目撃者は死ぬから問題はないだろう!? 手を離せ!」


 子供達を殺すのを止める様子がないバインドに対して、スードは大きく息を吐いた。


「俺は不必要な殺生は好まないんだ」

「お前の好みなんてどうでもいい! 俺が殺すと決めたのだから、殺す!!」


 その時、スードはバインドに対して明確な敵意を向けた。


 次の瞬間、スードが生み出した黒い風にバインドは吹き飛ばされて、壁に打ちつけられていた。


 バインドは咳き込みながら、よろよろと立ち上がる。


「スード様! さすがにやり過ぎでは?」


 突然の事に狼狽える途人達に対しても、スードは無言で魔法を放った。


 四方に吹き飛びそのまま倒れた途人達を見たバインドは、緑色の瞳を充血させてスードを恐ろしい形相で睨んだ。


「どういうつもりだ! スード!!」


 それに対して、スードはいたって平静にバインドを見返した。


「スード、まさかお前、裏切ったのか!?」


 驚きと困惑、そして怒りの混ざったバインドの叫びが、薄暗い地下牢に響き渡った。

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