9-3 裏切り

 メル達と分かれて少しして、近くでメルの叫び声が聞こえた。そして、モルフが慌てたように門番をしている衛兵に声をかけた。モルフは必死に何かを話している。


 それから、門番の衛兵はモルフと一緒に倒れたメルのいる方へと駆けて行った。


「今のうちに!」


 門番の衛兵がいなくなった隙に、僕とクロトは衛兵の詰所の敷地内に侵入した。


「モルフ達、上手くやってくれたな」

「そうだね」


 モルフとメルの役目は門番の気を引くこと、実際の侵入は僕とクロトがすることになっていた。


 詰所の内部は、意図した通り人の気配がほとんどしなかった。


「ハク、アルナ達の場所は分かるか?」

「うん、こっち」


 僕はネズミでの偵察時の記憶を頼りに、詰所の石造りの建物の中を進んでいった。


 人の気配に耳をすまして、足音をなるべく消して、忍者になったようなつもりで慎重に進んだ。


 だが、僕は少しだけ違和感を感じて、小声でクロトに言う。


「ねぇ、クロト、少し静かすぎない?」


「計画通りだろ?」


「それはそうなんだけど……」


 僕は意識をネズミに向けてみたが、なぜか繋がらなかった。


「ネズミとも繋がらないし」


「今のうちにアルナ達を救出して、早く脱出しよう」


 クロトは迷っている時間すらもったいないといった様子で、僕に前に進むように促した。


「そう、だね」


 結果的にはそんな僕の心配は、すぐに嫌な形で消失した。


 僕達が地下へと降りる階段に向かっていると、曲がり角の先から声が聞こえてきたのだ。


「ったく、ソルドのやつ遅いな。どこ行ってんだ?」


 僕達は咄嗟に身を隠せそうな所を探したが、周囲には何も見当たらない。


(このままだと鉢合わせる)


「こうなったら……」


 クロトは瞳と髪を赤くした。対面すると同時に襲うつもりなのだろう。


「クロト!」


 僕が囁くように言うと、クロトも小声で返す。


「大丈夫だ。威力は抑える」


 少し相手が心配だけど他に手段も無い。最悪の場合、僕の血で治療すれば相手も死にはしないだろう。


 足音は近づき、その人が姿を現すと同時にクロトは炎を放った。


 赤い炎は人を飲み込み、辺りには煙が立ち込めた。


「クロト! 威力抑えるって言ったじゃん!」


「音が広がらないように抑えただろ?」


(あー、そっちの意味だったのね)


 僕としては、死なない程度に抑えるつもりなのかと思っていた。


 僕は炎に飲み込まれた人が死んでいないか、心配しながら目を向けると、煙を扇ぎながら中年の男が姿を現した。


「無傷!?」


 僕は呆気に取られていた。男は服の焦げすらない完璧な衛兵の制服姿で立っていた。


「まったく、危ないな! 誰だ! 室内で炎なんてぶっ放したのは!」


 クロトの炎を浴びたはずの男は叱るような言い方でこちらに目を向けた。いったいどんな魔法を使ったのだろうか。

 というか、そもそも魔法のあるこの世界において、相手も魔法が使える可能性は十分あるのだ。それを失念していた僕は、あまりにも間抜けという他ない。これまでが運よく何とかなっていたと考えた方が良さそうだ。


 男は僕らを見ると顔を顰めた。


「子供? なぜこんなところに?」


 クロトはすぐさま炎をもう一度放った。しかし、こんどは僕も見逃さなかった。男は炎が当たる直前で水の膜を張っていたのだ。


「ったく、人が話している最中に攻撃するとは、しつけのなっていないガキだな。さては、おまえらがこの間取り逃したとかいう子供だな? 炎魔法を使うと報告があった。わざわざノコノコ捕らえられにやってくるとは、馬鹿なのか?」


 衛兵の男は目を見開いて、臨戦態勢をとった。腰に携えた剣を抜かないのは、こちらへの手加減のつもりなのだろうか。


「捕まりにきたんじゃねえ。仲間を助けに来たんだ!」


 クロトが言うと、衛兵の男は鼻を鳴らした。


「まったく衛兵隊も舐められたもんだな。水使いのウォイと呼ばれた俺の力、見せてやる!」


 男は両手に水を纏って、前に構えた。


 それに対して、クロトも炎を両手に纏った。


「オッサンも子供だからって俺のこと舐めすぎじゃないか? 俺にはオッサンみたいなダサい二つ名は無いが、負けるつもりはないぜ?」


 そのままウォイとかいう中年の衛兵とクロトは近接戦を始めた。


 その素早く激しい戦闘に僕はただ見ている事しかできなかった。きっと駆け引きとかがあるんだろうけど、僕には派手で凄まじい喧嘩にしか見えなかった。炎と水が飛び散るという点で、見応えはとてもあったけれど。


 クロトは壁や天井を使って立体的に飛びまわり、ウォイの隙をついて攻撃を加えていたが、攻撃が当たる直前にウォイは水の膜を張るから、どれも決定打にはならなかった。


「そのパターンはもう見飽きた」


 ウォイは急にクロトの腕を掴むと、そのままクロトを地面に叩きつけた。


 そのまま地面に倒れたクロトの上にのしかかる。


「さぁ、諦めて捕まれ! その次はおまえだ」


 ウォイはそう言って、僕を鋭く見た。その気迫に僕は少し気圧される。

 

「まだだ! 俺は諦めるつもりは無い!」


 そう言って、クロトは瞳と髪を再び赤くした。


「無駄だ!」


 ウォルはそんなクロトを丸ごと水で包み込んだ。


「クロト!!」


 僕の声はクロトに届いたか分からないけれど、クロトは水の中で苦しそうにもがいた。


「ッグァ」


 しかし、まだ諦めていない様子のクロトは、必死の形相をして髪と瞳を更に赤くした。その色は赤というよりもメラメラと燃え上がる炎そのもので、マグマのような熱気を帯びていた。


「おい、それ以上は!」


 ウォイは戸惑うように叫んだが、次の瞬間には水は弾け飛び、ウォイの体は吹き飛ばされていた。


 呼吸を荒くしながら立ち上がるクロトに僕は駆け寄った。


「クロト、大丈夫? って、アツッ!」


 クロトに触れなくとも、高温の熱が伝わってきた。


 クロトの皮膚は火傷したようにただれていた。どうやらあの火力には、代償を伴うらしい。


「クロト、無茶し過ぎだよ」


 僕が悲しそうに言うと、クロトは眩しいほどの笑顔を僕に向けた。


「こっちには、無敵の癒し手がいるからな!」


 僕はその言葉に少し目を丸くしてから、微笑む。


「でもやっぱり無茶はし過ぎたらダメだよ。痛いのは変わらないんだから」


 すると、クロトは少し真面目そうな顔に戻って言う。


「やっぱり、ハクってアルナと少し似てるよな」


「そうかな? まぁ、アルナと気が合うとは思うけど」


 僕はそう言いながら、自分の腕を刃で傷つけた。


「はい、飲んで」


「ああ、サンキュー」


 クロトは僕の血が流れる腕に口をつけた。

 すると、すぐにクロトの焼けた皮膚は元に戻った。


 僕は壁にぶつかって気を失っている衛兵の様子も見にいったが、息はあるし気絶しているだけのようだった。


「クロト、行こう!」


 僕は階段を指し示して言ったが、クロトは少し考え込んでいるような素振りを見せた。


「なぁ、ハク、お前ってひょっとして……」


「なに?」


 僕が首を傾げると、クロトは首を振って前を見た。


「いや、何でもない。はやくアルナ達のところに行こう!」


「うん」


 

 地下へと降りると、そこは冷たくジメジメとしていた。その薄暗さと雰囲気に僕は自分がしばらく幽閉されていた牢を思い出した。

 似てはいるが、あそこはかなりの高さだったしここは地下だ。それに衛兵なら、そこまで残虐な事もきっとしないだろう。

 しかし、漠然とした不安だけは常に付き纏っていて、僕はアルナ達の無事を祈りながら歩みを進めた。


「この先だよ。見張りの衛兵がいるかもしれないから気をつけて」


「ああ」


 警戒しながら地下牢のある部屋に入ると、そこに衛兵の姿は無かった。


 私が安心してホッと息をつきながら牢の方に目をやると、そこにはアルナとサク、カイの三人の姿があった。


「アルナ! サクとカイも無事だった?」


 見ると、アルナは目に涙を浮かべている。


「待ってろ、今開ける」


 クロトが髪を赤くして、熱を加えながら力を込めると鉄格子は曲がり、人が通れるだけの隙間が開いた。


 僕は鉄格子を抜けて牢の中に入り、刃でアルナ達を縛っているロープを切った。


 しかし、突然アルナが僕の肩を掴んだ。


「アルナ、何? はやくここを出ないと……」


 アルナは黙ったまま、必死に首を横に振っている。


「どうしたの?」


「ッ! ァ!」


 僕は口をパクパクさせているアルナを見て、違和感を覚えた。


「どうしたの? アルナ、ひょっとして喋れないの?」


 すると、アルナは大きく頷いた。それからもアルナは何かを僕に伝えたそうだったが、僕にはそれが何かわからなかった。


「ハク」


 サクに名前を呼ばれて、僕は振り返りながら聞く。


「サク、アルナに何があッ……」


 突然背中に鋭い痛みが走り、その直後、そこから痺れが全身に広がり、僕は地面に倒れた。


「ごめんね」


「サ……ク……?」


 僕は、自分を刺したサクに視線をやったが、彼の無表情からは何も読み取れなかった。


「サク! 何をやっているんだ!!」


 クロトは怒りを滲ませてサクに詰め寄ったが、サクは視線を逸らして冷たく言う。


「こうするしか無かったんだ」


「どういう事だ?」


 困惑する僕とクロトの耳に、人の声が聞こえてきた。


「彼を責めてやるな。彼は仲間の為に最善の選択をしたまでだよ?」


 その男の声と気味の悪い緑色の瞳に、僕は見覚えがあった。


 バインドの背後には、黒装束を纏った途人達の姿もあった。


「どうして、ここに……」


 僕は地面に倒れて、体の自由を奪われたまま恐怖した。


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