9-2 救出作戦

 ◇◆◇


 衛兵の詰所では、新人の若い青年、ソルドが浮かない顔をしていた。


「どうした、ソルド。すっかり元気無くしてるじゃないか」


 先輩の中年の男は、いつもの清々しさを無くしたソルドを見かねて声をかけた。


「そりゃあ、ガキ共に出し抜かれてロープで縛られた挙句、地面に放置されたってのはショックだとは思うが、いつまでも落ち込んでいても仕方がないだろ? 次からは子供相手でも油断しないように気をつければいい」


 しかし、ソルドの表情は一向に晴れない。


「先輩、捕まえた子供達はどうなるんですか?」


 ソルドの問いに先輩は難しい顔をした。


「そりゃあ、最終的には領主様次第だろうが……。確かに、あんなに大勢のガキ共の処分には困るよな」


「先輩、俺達がしている事って、正しいんですよね?」


 悩んでいる青年に、先輩はため息をついてからはっきりと述べる。


「いいか、俺達の雇い主は領主様だ。正しいかどうかなんて、二の次なんだよ。それに、少なくとも俺達の仕事で、真っ当に生きている人達は助かるんだぜ?」


「そう、ですよね……」


 ソルドは浮かない顔のままだったが、喉に引っかかる感情を飲み込んで無理やり納得しようとした。


 だが突然、外が騒がしくなり、ソルド達は待機室から廊下に出た。


「何事だ?」


 先輩が聞くと、そこにいた衛兵は困った顔をして言う。


「こいつらが、捕らえた子供達の取り調べをさせろと言ってきまして」


 衛兵が引き止めていたのは、顔を隠し黒装束に身を包んだ人間達だった。


「なんでここに神魔塔党じんまとうとう途人とじんがいるんだ?」


 先輩が顔を顰めて睨みながら聞くと、途人は臆せずに淡々と言う。


「私達は領主様の許可も得ている。どうかご協力を」


「チっ、それだってどうせお前らの都合で、領主様に拒否権は無いんだろ!」


 先輩が吐き捨てるように言うと、背後から声がした。


「それは、お前達の領主への侮辱になるんじゃないのか?」


 その冷たい声にソルドはゾッとして身震いした。背後の男の存在にいまの今まで気がつかなかった。


(いつの間に?)


 ソルドがおそるおそる振り返ると、そこには暗く冷たい刺すような目をした男が立っていた。

 この男も他の途人と同じく黒い服を着ていて槍を手にしているが、顔を隠していない。


「お前、昇者しょうじゃか?」


 そう聞いた先輩の声も少し震えていた。それほどまでに、この男は醸し出す雰囲気だけでも恐ろしかった。


「ああ、スードだ。お前達の隊長にも話は通してある。心配しなくても子供達と少し話をするだけだ。協力、して貰えますよね」


 その低く圧のある声は、そもそも衛兵達に選択権を与えていなかった。


「ソルド、スードさんをご案内しろ」


 先輩は不本意を表情に滲ませながら言った。


「はい」


 ソルドは恐怖心に蓋をして、スードを子供達の捕らえられている地下牢まで案内したのだった。



 ◇◆◇



 人が巨人のように見えた。


 巨人サイズの巨大な迷路を、頭の中で地図を描きながら地下へと向かって素早く降りていく。


 ドキドキとハラハラで、僕の心臓はドクドクと鳴り続けている。

 

 なにせ、もし捕まえられたり殺されたりしたら、次は無いのだ。


 今、僕の手元には刃に変える分の毛髪しか残されていない。


 僕は慎重に、魔法で生み出したネズミと感覚を共有しながら、指示を送っていた。


 試してみたら僕は髪を鳥だけじゃなくてネズミにも姿を変えることができた。だから今、衛兵の詰所の中をネズミを介して偵察しているのだ。


「いた!!」


 僕はつい、叫び声を上げていた。


 視界に地下牢に囚われているアルナを見つけたのだ。


「アルナと、サク、カイも居るみたい」


「それだけか?」


 クロトの問いに僕は周囲を見渡す。


「うん、そうみたい。ちょっと試してみたいことがあるから、聞こえなくなる」


 そう言って、僕は聴覚もネズミと共有した。


 ちなみに、ネズミ本来の視覚や聴覚は人間とは違うかもしれないけれど、これは魔法だから、僕の感覚に合わせて都合良く調節されている。


 魔法の原理とか詳しい使い方については僕もよく知らない。ただ何となくでやっているだけだから、不安定だし何がどこまでできるのかもよく分からない。


 それはともかく、ネズミぼくは鉄格子の隙間を通って、アルナの足元まで駆け寄った。


「キャッ!」


 すると、ネズミぼくに気がついたアルナが短い悲鳴を上げた。


「どうした!?」


 見張りをしていた衛兵が、アルナに声をかける。


「ネ……」


 ネズミぼくが咄嗟にアルナの体を駆け上ると、アルナは泣きそうな顔で体を震わせた。


「静かに、僕だ。ハクだ!」


 ネズミぼくはアルナの髪の毛の中に隠れながら、耳元で囁いた。


「僕のことが気がつかれないように」


「どうした?」


 不審がるように再び尋ねてきた衛兵相手に、アルナは誤魔化した。


「いえ、ちょっと虫がいた気がして」


「なんだ。大人しくしてろよ?」


 衛兵は不機嫌そうに、持ち場に戻って行く。衛兵を警戒しながら、アルナは小声で囁く。


「ハク? ハクなの?」


「そうだ」


 僕はネズミを介して話した。まさか声まで伝えられるとは思っていなかったが、やってみると意外とできるものだ。


「アルナ、他の子供達の場所って分かる?」


「ごめん、分からない」


「そうか……」


 その時、衛兵が再びアルナに近寄ってきた。


「そこ! さっきから何をコソコソやっている!?」


 気づかれるわけには行かないから、僕は最後にアルナに伝える。


「僕達は必ず助けに行く。だからそれまで我慢して」


「あっ、待っ……」


 最後に何かアルナが言いかけた気がしたが、衛兵に気がつかれないうちに僕はその場を去った。


 地下牢のある部屋を出たところで、眩暈が強くなってきた。そろそろ魔法の限界みたいだった。


『出来るだけ捕まらないよう、身を隠して』


 最後にネズミに指示を出して、僕は意識を引き戻した。


「ハク、どうだった?」


 呼吸を荒げている僕に、クロトが水の入ったコップを渡しながら聞いてきた。


「ありがとう」


 僕は水を飲んで少し落ち着いてから答える。


「アルナも他の子の場所は知らないって」


「そうか。だが、行くしかないな。あとは侵入してから探すしかない」


「ごめん、僕の力不足で」


「いや、アルナ達のいる場所がわかっただけで上出来だ」


 準備不足だと言われれば返す言葉もないが、時間が経てばアルナ達がどうなるか分からない。


「決行は今日の深夜だ。それまで各自しっかり休息して準備しておけ」


 クロトの言葉に僕とメル、モルフの三人は頷いた。


 ◇


 深夜、しかし街には光が満ちていた。この世界に電気のインフラが整っているのかは分からないし、そもそも人々がどんな道具を使って暮らしているのか僕は知らない。

 少なくともクロト達と生活した感じだと、さすがに現代ほどではないけれど、それなりに文明が進んでいる方だとは思う。

 魔法のある世界だし、それこそ上流階級の人々の生活水準なんてさっぱり分からないけれど、個人的にはちょっとした不思議な魔法道具なんかは期待してしまう。


「あの光か? 魔術具だよ。高価だし、俺には炎があるからそれで十分だけどな」


 クロトはそう言ったが、僕はとても興味を惹かれていた。


 しかし、今はそれよりもアルナ達の救出の方が大事だ。


 僕達は屋台で焼き鳥を買って、それを食べながら衛兵の詰所にこっそりと視線を送っていた。


「こんな美味しいものを金払って食べてるの、罪悪感めっちゃすごいんだけど」


 そう言いながら、モルフは焼き鳥を心底美味しそうに食べている。


「仕方がないだろ。ここじゃコソコソ隠れているだけで怪しまれる」


 クロトの言う通り、ここでは堂々としているのが一番目立たない。衛兵の詰所があるこの場所は、ハイナドの街の中心部で夜でも活気がある。さっきも酔っぱらいに絡まれかけて、クロトが適当にあしらっていた。


 クロト達が活動の中心としていた東地区と違って、ここは道も石畳みで整備されているし、全体的に綺麗な建物が多い。

 

「ハク、食べるか?」


 クロトが半分食べかけの焼き鳥を差し出してきた。さすがに割高な屋台で人数分を買う余裕は無かったのだ。


「ありがとう」


 焼き鳥にかぶりつくと、ジューシーな食感に力がみなぎる気がした。さすがにこれは比喩表現だけど、それほどまでに美味しかった。塩のきいた鳥肉の味に、いつか祭りの屋台で食べた焼き鳥を僕は思い出した。


 あれほど逃げ出したいと願った世界だけれど、いざ二度と戻れないとなると少し寂しく感じるのは、あっちの世界も案外悪くなかったのかもしれない。


 感傷に浸りながら僕は空を見上げた。街の明かりで少し見えずらいけれど、無数の星が瞬いているのは、この世界でも同じだ。


「動いたぞ!」


 クロトの言葉に、僕は我にかえって気を引き締めた。


 衛兵の詰所を見ると、何やら慌ただしくなっていて、多くの衛兵達が急ぎ足で出てくる。


「ヒグス達、上手くやってくれたみたいね」


 メルの言葉に、クロトは頷く。


「ああ、ハクの脅しのおかげだ」


 ヒグスには別の場所で騒ぎを起こすように頼んであった。そうすれば、詰所の内部は手薄になるはずだ。もともと夜で人も少ないだろうから、この騒ぎに人手を取られれば、いよいよ内部はスカスカだろう。


「ヒグスには、できればこのまま衛兵に捕まってもらいたいけどな」


 そう本音を漏らしたモルフに、クロトはため息をつきながら言う。


「同感だが、一応協力してもらってるんだ。あまりそういうことを言うな。それに、簡単に捕まってもらっちゃ俺達が困る。ヒグスには衛兵達の気を引いていてもらわないといけないからな」


「分かってるよ」


 モルフはつまらなそうに返事をした。どうやらモルフはあの時のヒグスの言動をまだ根に持っているようだ。僕もその気持ちは分からなくもないけれど。


「さて、そろそろ俺達も動くか」


 クロトは真剣な顔をして言う。


「クロト、ハク、気をつけてね」


 メルは心配そうに僕達を見る。


「大丈夫だ。絶対にアルナ達を連れて帰ってくる」


 クロトは迷いのない頼もしい目をしていた。


 そして、僕達は二手に分かれた。

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