9-1 作戦会議

 ◇◆◇


 神魔塔党じんまとうとう昇者しょうじゃの一人、バインドは苛立っていた。


「もうそなが逃げ出してから一週間だぞ! まだ見つからないのか!?」


 バインドは黒装束を着た途人とじんに八つ当たりしていた。


「も、申し訳ありません。一向に目撃情報が集まらず」


「ちゃんと、探しているのか!?」


「は、はい」


 途人の男は、怯えながらそう答えるしかなかった。


「そもそも、本当にこのハイナドの街にいるのか?」


 バインドは目に入った鳥籠を見て、苛立ちを爆発させた。


「こいつ!!」


 バインドは怒りに任せて、手にしていた槍で鳥籠の中の白い鳥を突き刺した。


 すると鳥は消滅し、鳥籠の中にはちぎれた純白の毛髪だけが残った。


「バインド様! スード様が殺すなとおっしゃっていましたのに!」


 慌てた途人の男を、バインドはその不気味な緑色の目で睨んだ。


「俺に意見するのか?」


「い、いえ、決してそんなつもりは」


 下っ端の途人はただ怯えて震えるしかなかった。


「それで、そのスードは一体何をしているんだ!?」


 苛立っているバインドに対して、近くにいた別の途人の女が、顔を隠す黒い布の下から静かに答える。


「スード様なら、衛兵隊の詰所へと向かわれました。何でも、衛兵隊が街に巣食って悪事を働く孤児達を一斉に捕らえたとか」


「そうか」


 すると、バインドは不気味に笑みを浮かべた。苛立ちと高揚が混ざったようなその気味の悪い表情に、途人の男は顔を歪めた。こういう時ばかりは、顔が布で隠れて表情が伝わらないのがありがたい。


「俺も向かう。面白い事になりそうだ」


 不気味な引き笑いをしながら、バインドはその場を立ち去った。



 ◇◆◇



 僕は捕らえられていた鳥の気配が途絶えた事に気がついて、鳥がいた方に視線をやった。


「どうした? ハク?」


「いや、何でも無い」


 今、僕達は小屋の中で作戦会議をしていた。ちなみにこの小屋は僕が最初にこの街に来た時に見かけた、森の側にある古い木造の小屋だった。


「おそらくアルナ達が捕らえれているのは、ハイナドの街の中心部にある衛兵の詰所、その地下牢だ」


 クロトの言葉にメルは疑問を呈する。


「でも、本当にそこにいるの? もし、襲撃してみたら違った、なんてことになったら命がいくつあっても足りないわ」


「それなら、少なくとも数日は取り調べとかでそこに囚われているはずだよ。全員かは分からないけど」


 僕の断定的な口調にモルフが不思議そうな顔をした。


「どうして、分かるんだ?」


「衛兵を拘束した時のロープ、切られた後で鳥に変わるようにしてあって、それで偵察してたらそういう会話が聞こえてきたから」


「ハクの魔法ってホント万能だよな」


 クロトが呆れたように言った。

 それに僕は苦笑いで応えてから言葉を続ける。


「今も一応、クロトの言ってた衛兵の詰所を監視してるけど、意識を向けている時しか見れないから」


 そう言って、僕は片目を瞑って鳥と感覚を共有する。


 衛兵の詰所は石造りの頑丈そうな建物で、見張りも多い。侵入でさえ簡単ではなさそうだった。


 特に大きな変化が無いのを確認した僕は意識を戻した。鳥を介した偵察も、スードと呼ばれていた男のような勘の鋭い相手には気づかれるかもしれないし、僕も疲れるから多用はできない。


「どうやってみんなを救い出す? 正面から行っても捕まるだけだよ?」


 メルの問いにクロトはしばらく悩んだ後に、心底嫌そうな顔をしながら口を開いた。


に協力を頼むしか無さそうだな」


「だね。本当に嫌だけど」


 メルも同様の表情をしながら渋々同意した。


 ◇


 木造建築の古びた家の薄暗い一室で、四人で訪れた僕たちに対して大柄な少年は嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「クロト、俺を頼るとは相当に追い込まれているんだな」


 少年はケラケラと笑いながら、クロトの顔をペチペチと叩いた。それをクロトは屈辱的で悔しそうな表情で堪えながら言う。


「ヒグス、頼む、力を貸してくれ」


 相手の少年は以前僕たちがレオ兄に挨拶に行く道中で、二階から茶化すような声をかけてきた少年だった。


 クロトが言うにはこのヒグスという少年は下劣で悪行も絶えず、レオさんでも手を焼いていたらしい。今では、レオさんの作ったコミュニティからも半ば独立した一派を作っているそうだ。

 ヒグスに比べれば俺達の悪事なんて全然マシだ、とクロトは言っていた。


「ヒグスだって、レオ兄には恩があるだろ?」


 クロトの言葉に、ヒグスは不快そうに顔を歪めた。


「それとこれとは話が別だ。レオ兄は俺のやり方を認めようとはしなかった。今更泣きついてきた所で、助けてなんてやらねえよ」


 ヒグスの背後には、彼の仲間と思われる少年が五人位いて、こちらを睨みつけている。それでもその圧迫感にも負けないよう、クロトは力強くヒグスを睨みつけていた。


 そんなクロトの様子にヒグスはニタニタとした笑顔を浮かべながら言う。


「でもな、クロトの頼みっていうなら聞いてやってもいいぜ。毛嫌いしている俺にわざわざ頭を下げに来たんだ。少しくらいは報いてやらないとな」


「ヒグス……」


 晴れた顔をしかけたクロトの前で、ヒグスは叫んだ。


「だが!! 協力には当然対価が必要だ」


 偉そうに吠えるヒグスに対して、クロトは苦々しい顔に戻って言う。


「金なら、できる限り払う」


「もちろん金も貰うが、そうだなぁ」


 ヒグスは下劣な表情を浮かべながら、クロトの後ろにいたメルに近づいた。


「メル、お前が俺の女になるって言うなら、喜んで協力するぜ?」


 メルに手を伸ばそうとするヒグスに対して、モルフは怒りと共に動き出そうとする。


「モルフ! ……私が我慢すればいいだけだから」


 メルの言葉にモルフは動きを止めると、悔しそうに体を震わせた。


「メル、賢い子だ」


 薄汚い笑みを浮かべながらメルの頬を片手で潰すヒグスに対して、メルは軽蔑のこもった目で精いっぱい睨みつけていた。


「ヒグス、手を離せ!」


 クロトはヒグスに手を伸ばそうとしたが、ヒグスは目を見開いてクロトを見た。


「いいのか? お前の仲間達を全員見捨てる事になっても」


 そう言ってケラケラと笑うヒグスに対して、クロト達は敵意を露わにしながらも動けないでいた。

 奥にいるヒグスの仲間達はいつでも戦えるように、こちらをじっと睨んでいる。


「メル、こんな奴の言うこと聞かなくていい」

「決めるのはメルだろ?」


 ヒグスはメルに視線を戻した。


「どうだ、メル。悪くない提案だろ? 了承するか?」


「私は……」


 目に涙を溜めながら唇を震わすメルに対して、ヒグスは手をメルの顔から体に沿って下ろしていく。


「離せ」


 ヒグスの手を、僕は掴んでいた。この男に対する嫌悪感を僕は抑えきれなかった。正直言って今、こいつの腕を掴んでいることすら嫌に感じる。

 

「なんだ? おまえ」


 ヒグスは露骨に不快そうな顔を僕に向けた。


 それから、腑に落ちたようにその不愉快な笑みを浮かべた。


「あー、クロトに拾われたとかいう新入りか。なんだよ、そんな必死になって。ひょっとしてお前もメルが好きなのか?」


 ヒグスは僕を眺めながらケラケラと笑ったが、表情を変えずに冷たく睨んでいる僕の様子に不愉快そうに笑いを止めた。

 それから、もう一度薄笑いを浮かべて言う。


「いや、その様子だと、お前はアルナにでも惚れているのか? あいつは優しくて器量よしだからな、気持ちは分かるぜ。そうだ、アルナを助け出したら、アルナにも俺の女になってもらうか」


 次の瞬間には血が飛び散っていた。


「え?」


 ヒグスは血が流れている首を押さえて、戸惑うように声を漏らした。


「ハク? 何やってんだ!」


 クロトは刃を振り上げていた僕に、驚いたように言う。


「てめぇ! ヒグスさんに何やってんだ!」


 ヒグスの仲間達が怒り狂って襲い掛かってきそうだったが、血のついた刃を持った僕がひと睨みすると怯えたように足を止めた。

 こういう時、深紅の瞳は威圧するのに便利だ。


 僕は怒っていた。冷静じゃないのが自分でも分かる。


(私、こういう男、嫌いだ)


 僕は血が流れ続ける首を必死に押さえているヒグスに目を向けた。


「おまえ! こんな事して許されると思っているのか!」


「君こそ、僕の友達に手を出そうとして許されると思っているの?」


 僕は刃を、ヒグスの腹部に刺し込みながら言う。


 痛みで呻き声を上げるヒグスに、僕は冷徹で残酷な目をして冷たく言う。


「死にたくなかったら、僕達に協力しろ。そうすれば、助けてやる」


 ヒグスが抵抗しようと、体を動かす素振りを見せたから、僕はもう一度ヒグスを切りつけた。

 すると、ヒグスは叫び声を上げて、僕の足元に崩れ落ちた。


「分かった! 協力する! 協力するから助けてくれ!」


 血を流して怯えながら叫ぶヒグスに、僕はハッとして冷静になった。


 どうも、この体になってから気が大きくなっている気がする。魔法が使える万能感から来るものかもしれないが、前世ではこんな大それた事は絶対にできるような性格では無かった。


 僕は心の中で反省しながら、怯えながら体から流れ出る血に慌てているヒグスに視線を戻した。


「ごめんなさい。でも、ヒグスさん達しか頼れる人がいないんです。だから協力してくれるとありがたいです。もちろんお礼はしますから」


 自分の指を刃で切って、血をヒグスに垂らしながら僕が言うと、ヒグスは大きく頷いた。

 ヒグスの傷は僕の血によってすぐに癒えた。


「もちろん、もし次に僕達に何か危害を加えようとしたら、その時は容赦しませんけど」


 念の為、最後に脅しを付け加えると、ヒグスは体をビクッと震わせた。


 なんだか、悪いことをしたなと思いながら、僕はあとで恨まれないようにと心の中で祈った。

 全部終わったらお礼をたくさんして、和解しないと復讐が怖い。


 手段はともかく、僕達はこうして協力者を得ることに成功した。


 そして、僕達はいよいよアルナ達の救出作戦を実行する事にした。

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