8-4 捕獲

「僕に任せて」


 僕はクロトよりも前に出て、衛兵に向かい合った。


 若い衛兵は剣を抜いて、それを僕らに向けながら言う。


「大人しく捕まれ! そうすれば君達も怪我をせずに済む」


(僕がクロトを止めてなければ、今頃そっちが黒焦げになってるのに)

と内心で思いつつ、僕は相手を注意深く観察した。


 その若い衛兵は動きが少し硬く、剣を握る手のりきみ具合からも緊張が窺える。正義感に満ちたような、真剣な目をして僕たちから目を逸らさない。

 おそらく正義感が強く、街の平和の為とか、立派な志を抱いて衛兵になったばかりの新人といったところだろうか。

 

(だとしたら……)


 僕は敵対心が無いとアピールするように両手を上げて、困ったような表情を浮かべながらゆっくりと衛兵に近づいて行く。


「僕たちは偶然、友達に会うためにあの場に居合わせただけなんです。どうか見逃してください」


(僕って悪い子だな)

と思ったけれど、平和的な解決のためだから少しは許して欲しい。


 僕は衛兵の反応を窺ったが、衛兵は少し逡巡したのちに剣を構え直してはっきりと言う。


「悪いが、全員捉えろとの指示なんだ。もし無罪だと言うなら、一旦捕まった後で身分を保証する人間に迎えに来てもらってくれ」


(ダメか。なら、作戦変更だ)


 僕は表情を変えて、衛兵を睨みつけた。


 衛兵は僕の変わりように驚いたように、剣を握り直して僕に向けた。剣先がわずかに震えている。


「大人しく、捕まれ!」


「どうして? 僕たちに何の罪があるの?」


「それは、数え切れない盗難の被害届けや苦情がきているんだ! 君達の悪事にみんな困っているんだ」


「じゃあ、盗まずに僕達にどうやって生きろと? その日の食事にだって困る生活、あなたは想像できる? 身寄りの無い子供たちに手を差し伸べず、勝手に生きろと見捨てて置いて、僕達が生きる為に必死に足掻あがいたら、今度は犯罪者として捕まえる。僕達みたいな人間は野垂れ死ねと、生きるべきじゃないってそういうこと?」


 強い言葉を投げつけながら近づく僕に、衛兵は困惑したような表情を浮かべた。


「それは……」


 衛兵は言葉に詰まった。彼の中では今、自分がしている事が本当に正しいのか、正義が揺らいでいるのだ。

 清濁併せ呑むことを覚えたベテランや賢い相手だったら、こうはいかないだろう。


 僕は衛兵の目の前にまで迫っていた。剣先が僕の頬に触れそうになる。僕は悲しそうな口調に変えて言葉を吐く。


「そうやってあなた達は、こんな何も持っていない非力な僕らに剣を向けるんだ」


 僕が寂しそうな目で見つめると、衛兵は動揺するように僕に当たらないように剣を引こうとした。


 その隙を僕は見逃さなかった。


 僕は銀色のブレスレットから適当量の髪を引き出し、魔法でロープの形状に変形させると衛兵の背後に回り込んだ。


 ロープで衛兵の体を縛りつけて、そのまま地面に倒した。


「くそっ、おい!」


 体の自由を奪われて地面に倒れた若い衛兵を、僕はロープで何重にも頑丈に縛りながら小声で言う。


「騙し討ちみたいな事してごめんなさい。あなたは正しいよ。正義はそちらにある。でも、今は捕まるわけにはいかないんだ」


 僕は後ろで驚いたような顔をしているクロトに言う。


「クロト、行こう!」


「あ、ああ。ハク、お前すごいな」


「必死にやっただけだよ」


 そうして衛兵達の包囲を突破した僕とクロトは、アルナ達が待つ隠れ家へと道を急いだ。


 ◇


 家の扉を見た瞬間から、違和感があった。扉がわずかに歪んでいる。


「入るぞ」


 クロトは警戒しながら、扉を開け、広かった光景に言葉を失った。


 部屋は荒らされた後のように物が散乱していて、何かがあったのは確実だった。


「アルナ! サク! カイ! いるか!?」


 クロトは家中を駆け回って探したが、そこには誰の姿も無かった。


「ハク、何か見つけたか?」


 クロトの言葉に僕は首を振って言う。


「誰もいない。でも見て」


 木の机には誰かが引っ掻いたような新しい傷がついていた。


「三人とも、強引に連れていかれのかも」


「クソッ! 衛兵の奴ら!」


 クロトは悔しそうに机を叩いた。


 その時、家の外から声が聞こえた。


「なぁ、今、家の中から音が聞こえなかったか?」

「なに? 捕まえた三人の他にまだ取り逃した奴でもいたか?」


 僕達は咄嗟に窓から逃げ出した。


 そして、メル達との集合場所へと向かった。


「さっき会話から察するに、アルナとサク、カイの三人は衛兵に捕らえられたと考えていいだろうな」


 しかし、衛兵の人たちは彼らの仕事をしたまでなのだ。元はと言えば盗みを働いたこちらが悪いのだから、因果応報という他ない。


「ねぇ、捕まったらどうなるの?」


 この時の僕はしっかりと罪を償って、それからちゃんと真っ当に生き直すという選択肢もあるのではないかと、少し考え始めていた。


 しかし、クロトの返答はそんな生優しいものでは無かった。


「分からねえ。だが、まともな扱いを受けられたら奇跡といっていいだろうな。最悪、罪人は魔女の生贄にされるって噂もある」


 クロトの言葉に僕は青ざめる。『魔女』とか『生贄』とか、恐ろしい響きの言葉だ。前世なら冗談として受け取っていたかもしれないが、ここは魔法のある異世界。どうやら、この世界は僕が想像していた以上に厳しいようだった。


「そんな、じゃあアルナ達は……」


「分かってる。そんなに取り乱すな、ハク」


 クロトは僕の両肩に手を置いて言う。


「いいか、俺達はアルナ達を救出する」


 クロトの真っ直ぐとした力強い瞳に僕は頷いた。


(アルナ、絶対救い出して見せるから)


 僕は胸に手を当てて、心の中で決意を固めた。

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