8-3 因果応報

「なんで、この場所がばれたんだ?」


 モルフが怯えながら困惑するように言う。


「バカ、お前達は泳がされたんだよ。怪我を負った子供とそれを庇いながら逃げる子供の二人を、衛兵が見失うわけがない。おそらく、血痕を追って来たんだ」


 クロトは穴から入って来た衛兵に警戒しながら答える。


「そんなっ!」


 メルとモルフの二人は悲痛な顔をする。


「ごめん、俺達のせいで」


 その時、太く大きな声がした。


「いやぁ、少し違うんだなぁ!」


 その言葉を口にしたのは、穴から倉庫内に入ってきた男だった。鍛え上げられた体に、ギラギラと光る目には、強者の風格があった。


 その男の背後からはゾロゾロと十数人の衛兵が連なって入ってくる。


「ガキ共を捉えろ」

「はっ!」


 男の指示に後から来た衛兵達は倉庫内に散らばった。最初に入って来たその男がおそらく隊長格なのだろう。


「テメェら何勝手なことを!!」


 叫び声を上げて今にも襲い掛かっていきそうなクロトを、レオが手で制した。


「やめろ、怪我人が出かねない」


 それからレオはクロトの耳元で小さく何かを囁いた。


「いやぁ、ご協力感謝しますよ。リーダーが賢明な方で良かった。おかげで死人は出ずに済みそうだ」


 男の迫力に一歩も引かず、レオは睨みながら聞く。


「どうして、ここが分かったのですか? さっきは違う、とおっしゃっていたようですが」


 男はレオの問いに、ニッと笑ってメルを指差した。


「メル?」


「いや、正確にはそいつの持つ指輪だ」


 衛兵隊の隊長は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて話す。


「赤い宝石のついた指輪、持っているだろ? それに細工がしてあってな、場所がこちらで把握できるようになっているんだよ」


「これが!?」


 メルは胸ポケットから赤い指輪を取り出した。


「これはっ!」


 クロトは悔しそうにメルからその指輪を奪い取ると、それを男に向かって投げつけた。


 それをキャッチして男は話を続けた。


「返してくれて、ありがとう。そもそも不思議に思わなかったのか? なぜ、あんな場所を金持ちが護衛もつけずに一人で歩いていたのか。ま、君達がこちらの狙い通り盗んでくれたおかげで、こちらとしては一斉摘発できて万々歳なのだけれどね。ご協力感謝するよ。これでクズ共が一掃されて、善良な人々が安心して暮らせる良い街になる」


「クソッ! 完全に嵌められた!」


 クロトは心底悔しそうに、歯を噛み締め、拳を震わせていた。


「クロト、挑発に乗るな。いいか、さっき言った通りに」


 レオは鋭い目でクロトを見た。それに対して、クロトは悲しそうな顔をした。


「大丈夫、クロトなら」


 レオは優しく強く言った。


「隊長、想定より子供の数が多いみたいですが、その他はつつがなく進んでおります」


 部下の報告に隊長は真剣な表情で頷くと、こちらには見下したような笑みを向けた。


「もう、この場所は包囲されているし、他のアジトにも他の部隊が向かっている頃だ。君達も大人しく捕まりなさい」

 

 このアジトにいた幼い子供達の多くは既に拘束されているようだった。みんな数ヵ所に集められていて、それぞれに衛兵が監視としてついている。


 泣いている子供達を見て、クロトは辛そうに顔を歪めた。


「さあ」


 衛兵隊の隊長が僕達のいる場所に一歩近づいた。その時、レオが言う。


「クロト、今だ」


「はい」


 急に頬に熱を感じて横を見ると、クロトの瞳と髪が燃え上がるような赤色に変化していた。


 それを見た隊長は舌打ちをついて、咄嗟に叫んだ。


「魔法使いが紛れてたか! 全員、防御体制!!」


「ぶっ飛べ!!」


 クロトが両手を前で合わせると同時に、前方に大きな炎の塊が現れ、爆音と同時に炎が一面に広がった。


 翼を広げた火の鳥、あるいは怒りに咆哮する獅子のように広がる赤い炎に、僕は目を奪われた。


 こんな状況なのに、僕はそれを美しいと感じた。前世の僕が憧れた、ワクワクするような魔法がそこにはあった。


 皮膚に伝わる熱が、これが現実だと教えてくれる。


 そんな風に呆然としていた僕の手をクロトが掴んだ。


「ハク、逃げるぞ! モルフとメルも来い!」


「でも、レオ兄が」


 そう言って躊躇ためらうモルフの視線の先には、炎に包まれたアジトの中を一人、隊長の男に向かって歩んで行くレオの姿があった。


「レオ兄の指示だ。俺たちだけで逃げる!」


 クロトの思いを飲み込んだような言葉に、モルフはそれ以上何も言わなかった。


 炎はアジト内の物資にも燃え広がり、燃え上がる炎の中を僕たちは走った。


 アジトに広かった炎は僕達を追おうとする衛兵達の邪魔をしていたし、僕たちが進む道は決まっていた。


 クロトに導かれままにアジトの端の方まで行くと、壁の上方に人が通れるサイズの穴が空いているのが見えた。


 そこへといたる木の箱を登って、僕たちは外を目指した。足場にしていた木の箱にも炎は燃え移っていたから、いずれ崩れ落ちてそこから衛兵が追ってくる事はないだろう。


 穴を出ると、そこは三メートルくらいの高さがあったが、飛び降りるのを躊躇している余裕は無かった。


 幸いか、いざという時のためにそうしてあったのか、地面は柔らかい土で、怪我をすることもなく着地することができた。


 僕のあとでモルフとメルも無事に脱出したが、振り返った時にアジトから立ち昇る黒い煙が見えた。燃え盛る炎の熱は外まで伝わって来ていた。


「もう、ここは終わりだな」


 クロトは寂しそうに呟いたが、すぐに気持ちを切り替えて言う。


「これからだが、まずは俺達の家がどうなっているか確認しに行く」


「だったら、私もうちの班の拠点を見に行きたい」


 メルの言葉にモルフが反応する。


「なら、俺がメルについて行く。二手に別れよう」


 クロトは険しい顔しながら頷いた。


「ああ、そうしよう。だが、あの指輪が罠だったのだとしたら、俺達の隠れ家の場所もバレていると考えた方がいい。十分注意しろ。集合は日が暮れるまでに森の近くの小屋だ。あそこなら誰も使っていないはずだし、衛兵にも見つかっていないだろう」


「おう」

「うん」


「気をつけてな」


 そうして、僕たちはモルフとメルと別れた。


「行こう! アルナ達が心配だ」


 クロトは見るからに辛そうな顔をしていた。


「クロト、大丈夫?」


 周囲を警戒しながら歩くクロトに僕は尋ねた。すると、クロトは耐え切れなかったように言葉を溢した。


「俺のせいなんだ。アルナの病気があって、金が必要だと思ったから、焦って金を持ってそうな奴を標的にした。あの指輪の入った鞄を盗んだのは俺たちなんだ」


 クロトは罪悪感に押しつぶされそうな、苦しそうな顔をしていた。


「でも、アルナの為に仕方がなかったんでしょ? 今はアルナ達の安否を早く確認しに行こう!」


「ああ、そうだな」


 クロトは苦しそうな顔をしていたが、それでも前を向いて進んでいた。


 そして、角を曲がった時、一人の衛兵に遭遇した。


「見つけた! 大人しく捕まれ!」


 若い衛兵は僕達を見つけて言った。


 他の道にも全て衛兵がいたし、この道を抜けないと、アルナ達が待つ家まで辿り着けない。


 この時のクロトは余裕の無い顔をしていて、手段を選ぶような冷静さは無かった。


 向かってくる衛兵に対して、クロトは瞳と髪は赤くした。


(丸ごと燃やすつもりだ)


「待って!」


 僕は咄嗟にクロトの手を掴んだ。僕はクロトに人をあやめて欲しく無かった。


「ハク?」


 驚いたようにこちらを見たクロトに僕は言う。


「僕に任せて」

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