8-2 襲撃

「モルフ、場所は?」


 走りながら、クロトが聞く。


「レオ兄のアジトだ。そこにメルを運んだ」


 息を切らしながらモルフが答える。


「分かった、先行ってるぞ!」


「ああ」


 家まで走って来て体力の限界だったモルフを置いて、僕とクロトは秘密のアジトまで走った。



 前にレオさんに挨拶しに来た倉庫の前まで辿り着いた僕達は、呼吸を大きくしながら入口のある隣の建物に向かった。


 ずっと走ってたから、少し気持ち悪い。


 それにしても、クロトは走るのが速いし持久力もある。さすが、厳しい環境で生き抜いて来ただけのことはある。それについて行った僕はかなり褒められても良いんじゃないだろうか。


 そんな事を考えていると、ふいクロトの足が止まった。


 建物に向かって血痕が延びていた。それを見て、僕は心がぎゅっと締め付けられるような感じがした。まだ血に慣れないのは、血を流している人の感じた痛みを想像してしまうからだろうか。


 膝に手をついて息を切らしている僕をチラリとだけ見て、もう息が整った様子のクロトは急ぎ足で再び歩き出した。


(早く、メルさんの所に行かないと)


 僕も脈打つ心臓と空気を欲する肺に鞭打って、クロトの後を追った。



 木の板で隠された穴を抜けて、鉄の扉の前まで来たクロトは扉を三回、前と同じ独特なリズムで叩いた。


「光は?」


 扉の向こうから震えた少年の声がした。


「今は合言葉なんて状況じゃないだろ? クロトだ! 早く開けてくれ!」


 扉を開けた少年は涙目で言う。


「クロト兄、メルが、メルが……」


「分かってる」


 クロトと僕は急いで、血痕を追って倉庫の中に入っていった。


 中では幼い子供達がそわそわとしていた。クロトが一人に尋ねる。


「メルはどこだ?」


「あっち」


 子供は物陰を指差した。


「だけど僕達は来るなって」


「ありがとう」


 泣きそうなその子の頭を軽くポンポンと叩いてから、クロトはメルの元へと急いだ。



 そこでまず視界に入ったのは赤色だった。メルの服は血で真っ赤に染まり、周囲にも広がっている。


 近くには金髪の青年の姿もあった。どうやらレオさんが傷口を押さえているようだ。


「メル、しっかりしろ」


 クロトが駆け寄ると、メルは力無く声を出す。


「クロト、……モルフは?」


「大丈夫、すぐに来る。ハク、頼めるか?」


「うん、わかった。レオさん、少し見せてください」


「ハク?」


 レオさんの手は赤くなっていて、メルの腹部に巻かれた包帯からは、血が今も染み出している。この様子だとかなり傷は深そうだ。


(あんまり、考えてる余裕はないか)


「メルさん、聞こえますか?」


 僕は魔法で刃を出しながら聞く。


「あなた、この間の、新入り君?」


 メルは掠れた声で聞いてくる。


「はい」


 僕は頷くと、左腕を刃で刺した。


(イタッいけど、今は助けるのが先だ)


 血が流れる腕をメルの口元に持っていく。


「飲んで下さい!」


「え?」


 メルは戸惑うように僕を見た。


「いいから早く!」


 そりゃあ、突然血を飲めと言われて、飲めるわけがないのは分かるが、飲んで貰えないと救えない。


 その時、大きな足音が聞こえた。


「メル!」


 息も絶え絶えのモルフが言う。


「言う通りに、血を、飲むんだ」


 メルはまだ困惑しているようだったが、おそるおそるといった感じで、僕の血が流れ出る傷口に唇を触れさせた。


 口に血が流れ込むと同時にメルの傷口に変化が生じ、それを感じたのか、メルは血を貪るように飲み込んだ。


 メルの傷が完全に塞がり、顔色が良くなったのを確認した僕は、安堵しつつ自分の腕の傷口を塞いだ。


「ありがとう。あなたの血って……」


 メルは驚いたような目で僕を見た。


「メルさんが助かって良かったよ」


 僕は疲労と空腹感を感じながら微笑んだ。


 それにしても、血が出るといつも空腹を感じる。血を失った体がエネルギーを欲しているのだろうが、ちょっとだけ不思議だ。



「ハク、その力はなんだ?」


 レオさんが、真剣な鋭い目で僕を見ていた。その視線を僕は少しだけ怖いと感じた。


「自分でも良くわからないんです。なぜか、僕の血には傷とか病を治す力があるみたいで」


 僕の怯えたような返答に、レオさんは表情を緩めて優しく言う。


「そうか。いいか、ハク、その力は無闇に使わず、それから人にも見せるな。その力が知られれば、君はその力を欲する人間達に狙われることになる」


 その言葉で僕の脳裏には、黒装束の人達が浮かんだ。


「はい、気をつけます」


「目の前で怪我をした人がいたとしてもだぞ?」


「それは……、なるべく使わないように、気をつけます」


 ボソボソと喋る僕にレオさんはため息をついて言う。


「いいか、ちょっとした怪我なら人間は自力で治癒するし、医者だっている。もちろん、ハクがその力を本当に必要で使いたいと思った時にまで使うなとは言わないが、大抵の場合、奇跡のような力には対価が伴うものだ。気をつけなさい」


「はい」


 レオさんの言葉に、僕は大人しく頷いた。


 自分を思って叱ってくれる人がいるのが、こんなに嬉しい事だと感じる日が来るとは思わなかった。レオさんがみんなに慕われる理由が少し分かった気がした。


 それから、レオさんはいつもの優しく鋭い目つきに戻ると、モルフと傷の治ったメルの二人に尋ねた。


「それで、いったい何があったんだ?」


「衛兵だよ。衛兵に襲われたんだ」


 モルフは真面目な顔で、悔しそうに言う。


「奴ら、まるで俺達を待ち伏せているみたいだった」


「逃げようとしたら攻撃を受けて、モルフがいたから何とか逃げられたけど」


 メルの言葉をクロトが焦ったように遮った。


「おい、ちょっと待ってくれ。モルフ、怪我をしたメルを庇いながらどうやって逃げ切ったんだ?」


「そりゃあ、命からがら頑張ってだよ。ちょっと路地を適当に曲がったら、あいつら俺達をすぐに見失ったみたいだったぜ」


 モルフの言葉に、レオさんとクロトは顔を見合わせた。


「まずいな。クロト、すぐに入り口の見張りに伝えてくれ。知らない奴が来ても決して扉を開けるなと」


「了解だ」


 クロトがレオさんの指示に頷いてその場を離れようとした時、バタバタという足音と共に必死に叫ぶ声が聞こえた。


「大変だ、レオ兄!!」


 それは鉄の扉の番を担当していたさっきの少年だった。駆けてきた少年は怯えたように言う。


「合言葉を聞いても答えなかったから、不審に思って開けなかったら、そいつ扉をガタガタ強引に開けようとしてきて……」


「もう来たか!」


 レオさんは苦い顔をすると、切羽詰まっているような余裕の無い声で指示を出す。


「すぐに、もう一つの脱出経路から子供達を逃が……」


 その時、ドンッ、と爆発でもしたかのような爆音がした。


 音のした方向へおそるおそる視線を向けると、チェーンで固く閉ざされていたはずの倉庫の表の扉が壊されていて、そこに巨大な穴が空いていた。


 周辺に立ち昇る砂煙の中、穴から倉庫内に入ってくる人影が見えた。


「衛兵隊だ! 全員その場を動くな!!」


 圧のある大きな声がアジト内に響いた。

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