8-1 罠

 ◇◆◇


 とある石造りの部屋の一室で、若い青年は机に広げられた地図をずっと眺めていた。


 交代までの時間はまだまだあるが、さっきから地図上の赤い光は止まったまま動いていない。


 変化の無さに、青年は大きなあくびをした。するとテーブルの向かいにいる中年の男が声をかけてきた。


「いったい、隊長はいったいいつまで続けるつもりなんだろうな。もう一週間近く経ってるぜ?」


「領主様直々のお達しですからね。隊長も慎重なんですよ。でも、今回の計画が成功すれば、街のみんなが助かります。苦情は数えきれないほど来てましたから」


 活き活きと語る青年に男は冷めた目をする。


「まぁ、善良な住民は助かるだろうよ。ただ、最近街で“途人とじん”がいろいろと嗅ぎ回っているってのが気になるが」


「らしいですね。なんでも、深紅の瞳の白髪の少女を探しているとか」


「今回の作戦に支障が出なければいいんだがな。神魔塔党じんまとうとうの連中が関わると面倒だし」


 気怠けだるそうにする男に青年は好奇心で尋ねる。


「先輩は神魔塔党の人たちと関わったことあるんですか?」


「ああ、昔少しだけな。マジであいつらの考えている事はよく分からん。魔術会議の連中の方が話が通じるだけまだマシだ」


 その時、突然扉が開き、現れた男に二人は背筋を正して立ち上がった。


 部屋に入って来た男は、鍛え抜かれた体格にギラギラとした目をしていて、その一挙手一投足に至るまで迫力がある。


「隊長、何の御用ですか?」


 青年は緊張しながら聞く。


「お前は、確か新入りだったな」


 隊長の鋭い視線に青年は畏まって答える。


「はい、ソルドと言います。民のため、このハイナドの平和を守るため、日々精進していく所存です」


 青年の挨拶に隊長は冷たい視線を向けた。


「それは前にも聞いた。それより、仕掛けた罠の調子はどうだ?」


「はい、問題無く作動しています。場所もほぼ確定済みです」


 先輩の男の方が地図を指して答えた。地図上には何ヵ所かにマークがつけられていた。


「そうか。よし、いよいよ動くぞ。この街に巣食うネズミ共を一掃する」


「「はい!」」



◇◆◇



 この街に来てからもう一週間が経とうとしていた。アルナの病気を治した事で、カイ達に受け入れられたはいいが、逆に出て行くタイミングを逃していた。


 さらに、黒装束の連中に追われている事はまだ誰にも言えていない。


 話を切り出すタイミングが無く、僕は後ろめたさを抱えながら、それでも今のクロト達と暮らす生活に満ち足りてしまっていた。


「さて、アルナも回復した事だし、そろそろ本格的にを再開するか」


「そうだな」

「久々な気がするな」


 クロトの言葉に、サクとカイは頷く。


 しかし、アルナだけはあまり良い顔していなかった。


「本当にまだやるの?」


「当たり前だろ、他に生きていく手段も無い。それよりモルフはどうした?」


 クロトはモルフの姿を探したが見当たらず、代わりにカイが答えた。


「モルフ兄なら今朝早くにメル姉のところに行くって言って出ていったよ」


「まったく、モルフ、最近メルの所行き過ぎじゃないか?」


「別に良いんじゃ無いの? 仕事さえちゃんとやってくれれば後は自由ってことになってたでしょ?」


 サクの言葉に、クロトは苦い顔をする。


「まぁ、そうなんだけど」


「ねぇ、仕事って?」


 僕が聞くと、クロトはパッと思いついたように言う。


「そうだ、ハクも来るか? 通行人や店から物をちょっと拝借するだけの、簡単な仕事さ」


 クロトがニヤリと笑って流れるように言ったその言葉に僕はゾクッとした。


「えっ、それって盗みじゃ……」


「ああ、そうだけど」


 悪びれもせずに言うクロトに、僕はもやもやとした感情に飲み込まれた。


 身寄りの無い彼らが子供達だけでどうやって生きているのか、少し考えれば可能性として思い当たってもおかしくは無いのに、僕はそこまで考えが至っていなかった。


 いや、本当は薄々気がついていて、見ないふりをしていたのかも知れない。


 僕は、おそるおそる口にする。


「盗みは良くないんじゃ……」


(言ってしまった……)


 前生きていた世界の価値観でこの世界を生きるべきじゃ無い事も分かっているし、そうでもしなければ生きていけなかった彼らの事情も想像ができる。しかし、盗みをすれば必ず被害者が生まれるし、それはれっきとした犯罪なのだ。

 犯罪を犯す事でしか生きられないというのは、僕にとってはどうしても認め難い苦しいものだった。


 しかし、僕の言葉を聞いたクロトは案の定、厳しい目で僕を睨んでいた。


「そりゃ良くない事だってのは、俺たちだって分かるさ。だが、それ以外で俺達はどうやって生きる? ここにある物のほとんどは、俺達が命懸けで盗んできた物だ。お前が食べていためしだってそうだ。大抵のものは、盗んだか、盗んだ金で買ったかで手に入れた。それ以外で俺達が生きる方法をハクは知っているのか?」


 想像以上の言葉の圧に、僕は黙って地面を見た。


 僕だって、そんなに簡単に解決策が出ない問題だとは知っている。しかし、クロト達にそんな暮らしを続けて欲しくなかった。


 僕を見かねたアルナは僕を慰めるように言った。


「畑でとれた食料とか、ゴミだったのを拾って使っている物もあるよ」


「そうだな。だが、それだけでは生きられない。それが現実だ」


 ギスギスとした空気で、僕が原因だとはいえ辛い。


 カイを見ると、僕にも少しの同情を向けているようだが、どちらかというとクロトの意見に賛成のようだ。サクに至っては、はなから議論するつもりすら無いように、つまらなそうにあくびをしていた。


 僕が悲しい気持ちで落ち込んでいると、アルナは優しく僕の手を取った。


「ハクの気持ちも分かる。私は分かるよ。けど……」


 アルナは悲しく、悔しそうだった。彼らだって好きで盗みを働いているわけでは無いのだ。


「ごめん、勝手な口出しして……」


「いいさ。ハクは正しい。お前は俺達とは一緒に来なくていい。アルナと一緒に畑の面倒とか家の事をしておいてくれ」


 クロトの言葉に僕は俯いた。そんな風にしても、結局は盗みで生きている偽善者でしかない。

 何も思いつかない自分の無力が悔しかった。


(物語とかだと、主人公は突飛なアイデアで子供達を救うのに……)



 その時、突然扉が開く大きな音がした。


 部屋に入ってきたモルフは青ざめた顔で息を切らしていた。


「どうした!?」


 非常事態を察したクロトが聞いたが、モルフは悲痛な顔をして僕を見た。


「ハク! 頼む、来てくれ! メルが、メルが大怪我を!」


 モルフの必死の形相に僕はすぐに帽子をかぶって、家を出る準備をした。


「ハク、行くぞ!」

「うん」


 僕はクロトと共に駆け出した。

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