7-2 ブロンドの青年

 倉庫に入るやいなや、クロトは子供たちに囲まれていた。


「クロト兄だ!」

「クロト兄、来てくれた!」

「今日はなんで来たの?」

「アルナ姉は?」


「お前ら元気だったか?」


 クロトは集まった小学生低学年くらいの子供達を優しくあしらっていた。クロトが子供達にとても慕われているのがよく分かる。


「今日はレオ兄に新入りの挨拶に来たんだ。アルナは留守番だ」


「えー、アルナ姉にも会いたい!」


「今度連れてくるさ」


 クロト達の様子を少し離れた所で見ていると、子供の一人が僕の方にも寄ってきた。


「おまえが新入り?」


 小さな体で、精いっぱい胸を張って偉そうに聞いてくる様子に、和みながら僕は答える。


「うん、そうだよ」


「ふん、せいぜいがんばれよ」


 それだけ言うと、その子はクロトの方に行ってしまった。


 僕が受け入れられるには時間がかかりそうだと、少し残念に思ったが、子供たちがカワイイから今はそれで文句はない。


 僕が子供達を眺めて癒されていると、クロトが言う。


「ハク、そろそろ行くぞ」


「えー、クロト兄もう行っちゃうの?」

「今度、遊んでね」


 子供達を振り切って、クロトと僕は倉庫の奥の方に歩みを進めた。


「クロト、人気者だね」


 僕が言うと、クロトは苦笑いしてから目を細めて言う。


「今は元気そうでも、酷い目に遭ってきたやつも多いんだ。だからハクもあいつらには優しくしてやってくれ」


「……うん」


 僕はまだこの世界についてはよく知らないが、きっと僕の前世とは比較にならないくらい厳しい境遇をここの子供達は生きてきたのだろう。


(クロトもそうなのかな)


 僕は隣を歩くクロトにそっと目をやったが、それだけで人の過去なんて分かるはずが無かった。



 子供たちの生活スペースを抜けて、様々な物資が積み上がるように置かれた空間に入ると、ふいにクロトが立ち止まり、僕も足を止めた。


 顔を上げたクロトの視線を追うようにして目をやると、積み上がった木製コンテナの上に一人の青年が座っていた。


 青年とは言ってもまだ10代、おそらく18か19歳くらいだろうが、明らかにここの誰よりも一段年上だ。


 聡明そうな整った顔に、美しいブロンドの髪、この子供達の集団の中で一人だけ圧倒的な異彩を放っていた。


「クロト、よく来たな。噂は聞いている。死にかけの子を拾ったそうだな」


「はい、今日はそいつの挨拶に来たんです」


 クロトは僕に視線を向けた。その視線を受けた僕は、帽子を取って青年に挨拶をした。


「僕はハクと言います。行き倒れていたところをクロト君に助けて頂きました。感謝してもしきれません」


「そうか」


 青年は短く言うと、体勢を崩した。


「それよりも二人とも、もう少し肩の力を抜いたらどうだ? 別に取って食おうってわけじゃ無いし、そんなに堅苦しくする必要はない」


 青年は和やかな微笑みを浮かべて言った。その優しい眼差しについ気が緩みそうになるが、その奥に潜む眼光の鋭さに僕は気がついた。


 一方のクロトは、その気の緩んだような青年の態度にため息をついた。


「レオ兄、やっぱり俺はもう少し厳しさも必要だと思います。レオ兄がそんなだと、俺達まで舐められるんだから」


「ふっ、いつも面倒をかけるね、クロト」


 青年は楽しそうに笑った。


 どうやらこの人は態度を改めるつもりが無さそうで、クロトも大変そうだなと少し気の毒に僕が思っていると、“レオ兄”は僕の方に視線を戻した。


「さて、ハク君、だったかな?」


「はい」


「俺はレオ、この集団の一応リーダー的なのをやっている者だ。みんなにはレオ兄などと呼ばれているが、好きに呼んでくれてかまわない」


(リーダー?)


 僕の心に浮かんだ疑問を察したように、青年は話を続けた。


「既にクロトから聞いているかもしれないが、この集まりは身寄りの無い子供達が助け合って生きていく為に自然と出来上がったものだ」


「実際はレオ兄がほとんど作り上げたんだけどな」


 クロトの補足に、レオ兄は謙遜するように軽く首を振ってから話を続けた。


「だから、この集団は組織として確立しているわけではないし、このコミュニティに名前も無い。実情としては、いくつかの班に分かれて、基本的にそれぞれで自由に生きているわけだけど、まぁ一応まとめ役みたいなのがいた方が都合がいいから、それが俺ってだけだ」


 青年は優しい眼差しで僕に言う。


「だから、俺が特別えらいってわけでもないし、ハクも変な気を使わなくていいからね」


 説明だけ聞けば、十分に偉い人のように聞こえるが、彼がそう接して欲しいと言うなら、必要以上に畏まる必要は無いだろう。


 僕は友好的な微笑みを浮かべて言う。


「レオ……さん、お心遣いありがとうございます」


 さすがにレオ兄呼びは僕にはできなかった。


 それから、僕はクロトの方に少し目線をやってから言う。


「クロトに恩がある身で勝手だとは重々承知なんですが、僕はあまりここに長居するつもりは無いんです」


「え? そうなのか?」


 クロトが驚いたように僕を見た。


「ごめんね」


 クロト達にはまだ言っていなかったし、これだけ良くしてもらったのに勝手に出て行くなんて申し訳ないとは思うけれど、追手が迫っているのにここに長居するわけにはいかなかった。下手をすれば、クロト達にも危害が及ぶかもしれない。


「そうか、どうして……」


 そこまで言ってレオさんは首を横に振った。


「いや、言いたくないのなら、追求はしない。各自の事情を深追いしないのも、ここの暗黙のルールだからね」


 明確なルールが存在しないこのコミュニティでは、様々な事情を抱えた子供達が共に生活し、円滑に事を運ぶための暗黙のルールが幾つもあるのだろう。


「でも、何か俺達にもできる事があったら是非言ってくれ。可能な範囲で協力するよ。好きなだけ居て、好きなだけ頼ってくれて構わないからね」


「ありがとうございます」


 レオさんの寛大さと優しさが心に沁みた。見知らぬこの世界で、レオさんみたいな味方ができて、こんなに心強い事はない。


「そうだ、ハク、一つだけ聞いてもいいか?」


 レオさんの問いかけに僕は身構えた。レオさんの瞳には少し探るような趣があった。


「君の年齢は幾つなんだい?」


「え?」


 意表をついた質問に少し戸惑いながら僕は答えた。


「実はよく分からないんです。ある程度より前の記憶が曖昧なのもので」


 クロトが不思議そうに口を挟んできた。


「見た目からして、普通に俺やアルナと同じ13歳くらいじゃないのか? 別に年齢が分からない子供なんて珍しくも無いし、レオ兄がそこを気にするなんて珍しいですね」


「いや、少し気になっただけだ。たいした意味は無いよ」


 そうして、レオさんは話を切り上げようとした。


「さて、用件はこれでおしまいかな。だったら……」


「いや、俺からもう一つあります」


 クロトの言葉に、レオさんは朗らかだった表情を真面目なものに変えた。


「なんだ? クロト」


「アルナの病気について、です」

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