7-1 秘密のアジトへ

 私の髪を切りながら、アルナが言う。


「ハク、さっきの口調もだけど……」


「別にそんなに深い意味は無いよ。ただこっちの方がいろいろと都合が良さそうだと思ったから」


「そう、なんだ」


 ハサミの音が止まった。


「はい、できたよ」


「アルナ、ありがとう」


 私はアルナから借りた手鏡で、短く切り揃えられた自分の髪を見ながら言う。


「何か帽子とかってある?」


「拾った物でいいなら」


 アルナが差し出してきたのはくすんだブラウンのハンチング帽だった。


「ありがとう」


 私は受け取った帽子を被って、再び手鏡を見た。これで、今の私は少年に見えるはずだ。


「あとは……」


 私は手のひらを下に向けて目を閉じる。


『おいで』


 私から切り離されたばかりの白い毛髪が私の手に吸い寄せられるように集まっていく。


 手のひらに集まった髪に魔力を込めると、それは半透明な刃へと形を変えた。


(よし、使えるな)


 私は刃を糸状に戻すと、鳥に変形させていた髪と合わせて、銀色のブレスレットの形で手首につけた。


 これでいつでも武器として使えるはずだ。


「な、なに今の!? 魔法? ハクも使えたんだ!」


 私の一連の行動を見ていたアルナが驚いたように言った。


(あっ、まずかったか?)


 この世界で魔法がどういった扱いなのか、まだよく知らないのに人前で見せたのは迂闊うかつだった。


「ひょっとして魔法って珍しい?」


「いや、そんな事はないけど、その魔法は初めて見たから少し驚いただけ」


「念のため、今見た事は内緒にしておいてくれる?」


「うん、もちろんだよ」


 アルナは素直に頷いた。アルナがいい子で良かったと安堵しつつ、私はこの世界についての情報も少しづつ集めなくてはいけないと思った。


 なにせ、私がこの世界でどのような存在なのかすら、まだよく分かっていないのだ。


 少なくとも幽閉されていたくらいだから、何かしら普通では無いと考えた方が自然だし、振る舞い方にも注意しなくてはいけない。


「ハク、そろそろ行くぞ!」


 クロトの声が聞こえた。


「そろそろ行かないと」


「レオ兄はいい人だけど、まだハクも本調子じゃ無いだろうし、気をつけてね」


「ありがとう、アルナ。行ってくるよ」


 私は少し心配そうなアルナに別れを告げて、クロトと共に家を出た。


 ◇


 どうやらこれからレオ兄という人の所に向かうらしい。なんでも新入りはレオ兄に挨拶に行くのが慣例となっているらしいのだ。


「その見た目なら問題ないな。くれぐれもレオ兄に失礼の無いようにな」


 クロトの言葉に僕は頷く。


「分かった。何か気をつけた方がいい事は?」


「特に無い。レオ兄は心が広いからな。多少のことは許してくれるさ。それにハクなら心配いらないだろう」


 クロトと僕は二人で入り組んだ路地を歩いて行った。


 時々、路地に面した家の中に子供の姿を見かけたから、この辺り一帯が彼らの縄張り的なものなのかもしれない。


「クロト、おまえ死にかけのやつを拾ったらしいな。どんな奴だった? 女と男どっちだ?」


 突然、上方から茶化すような声が聞こえて顔を上げると、二階の窓から身を乗り出した子供が話しかけて来ていた。その少年はクロトよりも少し歳上に見えた。


「うるせぇ。お前には関係ないだろ」


「チッ、つれないねぇ」


 二階の少年はケラケラと笑った。


「ハク、あいつは相手にするな。行くぞ」


「うん」


 そんな事がありながらしばらく歩くと、別の道からやって来た一人の少年と鉢合わせた。


「よう、クロト! 奇遇だな!」


 茶髪でクルクルの髪のその少年は、少し間抜けそうな笑顔で言った。その雰囲気は相手の警戒心をすぐに解いてしまいそうという点で、とても有益だろう。


「モルフ、またメルの所行ってたのか?」


「いや、これから行く所だ。これをプレゼントしにな」


 そう言って、モルフは小さな木箱を見せた。それを見て、クロトは眉をひそめた。


「それはアルナにあげたはずだが」


「アルナが要らないからって、くれたんだよ。メルにでもプレゼントしたらって言ってたぜ」


「アルナのやつ……」


 クロトは大きなため息をついた。


「って、そいつは?」


 モルフはようやく僕の存在に気がついたようだった。


「ああ、こいつは昨日の夜拾ったやつだよ」


「えっ、あの時の? 何というか随分と……スッキリしたな!」


 モルフの朗らかな笑顔に、少しペースを崩されながら、僕は前に出た。


「僕はハクだ。よろしく、モルフ君。昨日は君にも助けてもらったって聞いたよ、ありがとう」


「いやいや、俺は大したことしてねぇよ。でもよろしくな、ハク」


 僕と握手をしてから、モルフは笑顔をやめて真面目そうな固い表情をした。それが心配の表情だと僕が分かるまでには、少し時間がかかった。


「まだ少し顔色悪いみたいだけど、出歩いて大丈夫なのか?」


(これは元々だよ、……たぶん)

 と思いながら、僕は微笑んで答える。


「アルナやクロト君のおかげで、これでもかなり回復したから大丈夫だよ」


「これからレオ兄に挨拶に行くところなんだ」


 クロトが説明すると、モルフは合点がいったというように「なるほど」と呟いた。


「じゃあ一緒に行こうぜ!」


 そうして三人で歩きながら、僕はクロトに尋ねる。


「クロト君、さっきの木箱って何が入ってるの?」


「指輪だよ。それよりハク、その『くん』ってつけるのやめてくれないか。なんというか、むず痒くなる」


「あ、ごめん」


 それから程なくして、僕たちは目的地に到着した。


「着いたぞ」


 そこは大きな倉庫のような建物で、表の扉はチェーンで固く閉ざされていた。


「どうやって入るの?」


「こっちだ」


 クロトは隣接している木造の家の中に入って行く。


 建物に入ると、廃屋といって差し支えない程に中はとっ散らかっていた。


 僕がキョロキョロと周りを見回していると、クロトは壁に立て掛けられていた木の板を横にずらした。すると、そこには子供一人が通り抜けられるほどの穴が空いており、次の部屋に続いていた。


「なんだか、秘密基地みたいだね」


 僕が言うと、クロトは冷めた顔で言う。


「『みたい』じゃなくて、秘密のアジトそのものだからな」


 穴をくぐった先の部屋は比較的片付いていて、奥には頑丈そうな鉄の扉があった。


 クロトは扉を三回、独特なリズムでノックした。


 すると、扉の向こうから可愛らしい女子の声が聞こえて来た。


「光は?」


「影を生み出す」


「闇は?」


「孤独を育む」


「名は?」


「クロト」


 合言葉だ、と僕が少し心を躍らせながら感心していると、扉が開いた。


 中から出て来たのは、僕らと同年代くらいの女子だった。くりくりとした目で、髪は耳の高さで結ばれたツインテールだ。アルナも可愛かったけれど、アルナは質素な普通の子って感じだったのに対して、この子は可愛いを詰め込んだみたいな顔をしている。


「ねぇ、クロト。この合言葉意味あるの? これまで役に立ったこと一度も無いじゃん」


 少女はクロトに対して文句を言う。


「知らねえよ。俺が決めたんじゃ無いし」


「それで、用件は?」


「レオ兄への新入りの挨拶だ」


「へぇー」


 少女はつまらなそうに隣にいた私を上から下までざっと眺めてから言う。


「いいんじゃない? 通ってよし」


「メル、ついでにお前に話があるやつもいるぞ」


 クロトは後ろのモルフを指し示しながら言った。


「え? モルフ! 来てくれたの?」


「あ、ああ。今日は当番で暇だろうと思って」


 なるほど、モルフが会いにきたメルというのはどうやらこの少女だったらしい。


「ハク、行こうぜ」


 焦れったいメルとモルフを置いて、僕とクロトは倉庫へと歩みを進めた。

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