【ファナエルSIDE】最悪な私のハジメテの告白

 「アキラ……生きてるの?」

 「何とかな、生きてる」


 スッとアキラの触手が優しく私を包んだ。

 優しい目でじっくりと私を見つめ、私の体に仕込まれたロキの思惑を読み取っていく。


 『あと3時間ぐらいで君は体の変化に耐えられなくなって死んじゃうから』

 「よし、これなら。少し待ってて、今ファナエルの体の構造を書き換えるから」


 アキラの右手が私に向けられた。

 暖かく白い光が私を包み、黒いノイズがビリビリと走る。


 『あと3時間ぐらいで君は体の変化に耐えられなくなって#######』


 「その体を完全に元通りには出来ないけど、あと数時間で死ぬって言うのはかき消せる」

 「私は……助かるの?」

 「うん、だから安心して」


 この期に及んで、私はまだ自分の心配ばかりだ。


 今までずっとアキラは私を守るために罪をかぶってきた。

 あんなに苦しい罪悪感をアキラに背負わせてきたのは他でもない私だ。


 アキラが普通の人間として生きる道さえ奪ってしまった。

 アキラを堕天使にしても平気だったのは、私がちゃんとアキラを幸せに出来ていると信じていたから。


 でも、違う。

 あんな苦しみを背負わせて、私の願いだけを叶える生活でどうしてアキラを幸せに出来るんだろう。


 「少し痛いかもしれないけど頑張って」

 「……ねぇ、アキラ」

 「ん?」

 「アキラは今の私の事……気持ち悪いとは思わないの?」


 思えば、出会いから私は卑怯だった。

 堕天使と人間という種族の差で大量の人間を惚れさせた上で恋人となる人間を選別してた。

 アキラだって私に告白してくれたきっかけはあの時の一目ぼれだし。


 私がアキラを好きになったのは、唯一私を受け入れてくれたから。

 でも、もしかしたらアキラが私を好きだった理由の大半は容姿の好みだったのかもしれない。


 今の私には昔の様な美しさも無い。

 体の至る所が黒い泥で覆われて、右手は5匹の蛇、左手は骨の羽だ。

 フライヤーに突っ込んだ記憶、今も感じる熱さや痛み、きっと顔に大きな火傷痕も出来てると思う。


 そんな私をアキラは好きで居てくれるだろうか。

 堕天使と言う種族の繋がりすら今はもうないというのに。


 『そんな考えは気の迷いだよ』

 『アキラがそんな人じゃないって事は私が一番よく分かってるでしょ』


 心の奥底で昔の私が叫ぶ。

 でも、そんな事今更言われても、昔の自分が感じた気持ちなんて信用できない。


 だって、ちゃんと感じ取っていたアキラの悩みや疲れさえ表面上でしか見ていなかった。

 どうして辛いのか、どんなに苦しいのか、罪悪感がどういうものなのか、ちゃんと理解してあげられなかった。


 今まで感じていたアキラの愛情だって自分の都合がいい様に解釈していただけなのかもしれない。

 私を優しく見つめるその顔の裏にどれだけの憂いや苦しみがあるか、今の私には確かめる術すらない。


 「アキラは……私の事……恨んでる?」


 本当はこんな事言いたくない。

 厚かましく、自分本位に、『私の為にこれからも生きてほしい』って思ってる。


 でも、そんな事を言ってしまったら……また私がアキラを苦しめる枷になる。

 

 なにせ今の私の体はゾンビを元に色んな化け物を混ぜ込まれた状態だ。

 体の調子が戻ったら時にはきっと猛獣みたいにアキラに噛みついて、アキラを私と同じ化け物にする衝動を抑えきれなくなる。


 それに本当の気持ちを伝えてアキラに拒絶されてしまったら……私はもう。


 「ファナエル」


 やけに優しい声色が耳に入ったその瞬間、私の左頬に冷たい何かがそっと触れる感触があった。

 アキラの左手が、優しく私をさすっている。


 「こういうパニックになっちゃう時はさ、最初にすっと深呼吸」

 「深呼吸……?」

 「そう、そうすれば心臓の音も、嫌な気分も収まってくれるさ」


 そう言ってアキラはニカっと笑った。

 この言葉……どこかで聞き覚えがある。


 そうだ、思い出した。

 アキラが初めて私に告白してくれた時、緊張して上手く喋れてなかったアキラに私が言った言葉だ。


 「思い出した?」


 アキラは私の心を読み取りながらそう言って優しく笑う。


 「俺はファナエルの事、ずっと大好きだよ。確かに好きになったきっかけは一目ぼれだったけど、だからってファナエルの容姿が変わったら嫌いになるなんてありえない」


 「でも……私、酷い女だよ。アキラの苦しみをちゃんと分かってあげられなかった」

 

 「全部俺が好きで選んで背負った物だ。ファナエルが気にする必要ないよ」

  

 「でも……でも!!」


 「それに、罪悪感を持つことがどれだけ苦しい事かも、ファナエルが罪の重さを理解できない事も、全部アルゴスから指摘されてたんだ」


 「え?」


 「全部知っててこの道を選んだんだよ」


 じゃあなんで?

 そこまで知っているなら、どうして私を選んでくれたの?

 始君や家族や地元の人達の記憶から消える事を選んでまでどうして私に付いて来てくれたの。


 「だって、そんな苦しみどうでも良くなるぐらいファナエルの事が好きだったから」


 アキラは心の内を見透かして答えてくれた。

 少し格好つけながら、頬を赤らめて赤面しながら。


 「ファナエル、俺は自分の気持ちを伝えた。だからファナエルも正直な気持ちを言葉にしてぶつけて欲しい」


 「で、でも……こんな事言ったら……またアキラを苦しませる。私には、アキラに気持ちをぶつける権利なんてないよ」


 これ以上口を開いてしまったら、私自身何を言ってしまうのか分からない。

 

 私が言葉に詰まっていたその時、アキラがそっと手を動かした。

 その手が私の涙を拭ってくれている。


 あれ……私、いつの間に泣いてたんだろう。


 「ファナエルに苦しまされたなんて一度も思った事ないよ。こんな体になるまでファナエルを愛してるんだから」


 アキラはそう言って、私の唇に優しくキスをした。

 あんなに奥手だったアキラが私の心配事を拭うために、私を愛していると伝えるためだけに自分からキスをしてくれた。


 そんなの……ズルい。

 ズルいよ。


 「本当は……ずっとずっと一緒に居たい。アキラの心が私から離れるのが怖い!!」

 「うん」

 「私が化け物になったなら、アキラも一緒に化け物になって欲しい。私がどれだけ悪いことをしても、アキラだけはずっとずっと私の味方で居てほしい」

 「うん」

 

 ああ、やっぱり最悪だ。

 私の口から出る事は何処まで行っても自分本位の言葉だらけだ。


 でも、抑えきれない私の本心だ。


 どれだけ歪んでいると言われようと、それだけ異常だと言われようと、これが正真正銘私の恋心だ。

 もし……アキラはこんな醜い私の恋心を全部受けてめてくれるのなら。


 「ねぇアキラ」

 「なに?」

 「私はアキラの事が好き。きっと迷惑をかける事を沢山すると思うし、色んな事をアキラに望むと思う」

 「うん」

 「そんな私だけど、こんな最悪な私だけど!!これからもずっと私と隣に居てほしい、ずっと歩幅を合わせて欲しい」


 アキラの治療がもう終わったのか、気づけば私が勢いよく体を動かしてアキラに抱きついた。


 「今度はちゃんとアキラの事幸せにするから、私と一緒に居て」

 「……バカだなぁ。俺はファナエルと付き合ったあの日からずっと幸せだったよ」

 

 私達は強く互いを抱きしめる。

 もう、二度と離れてしまわない様に。

 もう、互いの苦しみを見逃してしまわない様に。


 私の右腕がアキラの体に噛みついていく。

 アキラの体が、触手が、血を流す割れた光輪が、私ので犯されていく。


 ボロボロだったアキラの体が、私ので塗り替えられていく。


 「ありがとうアキラ。大好きだよ」


 私はゆっくりと口を開く。

 そして、大好きな人の首筋に優しく嚙みついた。

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