【ファナエルSIDE】私が真に願うのは

 最初に感じたのは熱さだった。

 その次に肌を刺すような痛みが襲ってくる。


 どうしてこんなに熱いんだっけ?

 どうしてこんなに痛いんだっけ?


 そうだ、思い出した。

 体が吹き飛ばされたあの時、フライヤーで熱されてる油に突っ込んだんだった。


 ロキに吹き飛ばされた私の体は色んな建物を貫通し、最終的に町の端にある公園にまでたどり着いた。


 貫通した建物の中には飲食店が一杯あった。

 私の体に色んな料理や果物がへばりついている。


 色んな日用品が売ってるスーパーもあった。

 値引きのシールが張られたおかずのパックが骨の羽私の左腕に挟まってる。


 100円ショップもあった。

 格安の弁当箱が私の胸の上に置かれている。


 「アキラ……」


 どうしてこんなに食べ物関連も物ばかりなんだろう。

 そういえば、本来なら今頃晩御飯を食べてる所なんだっけ?


 アキラが私の頼んだ食べ物を買って来て、私が料理を作って。

 雑談しながらご飯を食べるの。


 そんな事を考えながら自分の体に着いた食べ物を五匹の蛇私の右手で掴んでは眺めていた。


 体は動く……でも気力が湧いてこない。

 ロキが言っていた通り、この体は死に向かっているのが手に取る様に分かる。


 『そんなだから秋にぃの異変に気付かないんだろうね』


 これはきっと罰なんだ。

 アキラが罪悪感で苦しんでいることを真に理解できなかった私への。


 仮にこの状態から生き残れたとして、その先の未来に希望なんてあるんだろうか。

 ゾンビをベースに色んな化け物を混ぜ合わされた今の私を、一体誰が受け入れてくれるだろう。


 私はまた、世界で一人ぼっちだ。


 「……だったら、私はこのまま死んでいい」


 私は自分の体に引っかかっている食品を胸の上にあった弁当箱に詰めていく。

 アキラの為にこのお弁当を作っているんだと妄信するとほんの少しだけ気分がマシになった。


 「私はどうなっても良いから……アキラだけは無事でいて」


 ただそれだけを願った。

 そんな時、弁当に私の体から垂れる黒い泥が掛かった。


 泥が掛かったとても食べられそうには思えない食べ物。

 その姿は、私の脳内にいつかの記憶をフラッシュバックさせた。


 『だから私は考えたの。この斧で切った私の髪の毛をアキラに食べて貰えれば何よりも強固な愛の誓いになるんじゃないかって』


 アキラには幸せで居てほしい。

 私を受け入れてくれた大事な人だから。

 

 『ねぇアキラ‥‥…アキラは私を受け入れてくれるよね』

  

 きっと、生きていれば良い事があるはずだから……私が死んだ後もアキラには生きていてほしい。

 私だってアキラに出会えて幸せになれたんだから、アキラだって私の居ない世界で幸せにー



 私の居ない世界で……幸せに??




 『ファナエル‥‥‥‥』

 『何?』

 『‥‥‥‥水、持ってきてくれないか?』


 あの笑顔も、少し恥ずかしがり屋な所も、昔の事は隠そうとする所も、大切な人の為にどんな無茶をしてくれる所も……全部私じゃない女に向けて??


 私の死を乗り越えて……別の女に向き合いながら??


 『ファナエルの期待に答えるためにも本気で愛の誓いに取り組みたいから』


 「嫌だ……やっぱり嫌だ!!アキラには生きていて欲しい。それでいて、ずっと私の事だけを考えてほしい。普通の人間になんて戻らないで欲しい。ずっと私と同じ堕天使で居てほしい。いや、私と同じ種族で居てほしい。私を守る為に負った罪でさえ……ずっと抱えて欲しい」


 あぁ、私はなんて我儘なんだろう。

 こんな状況になってやっと気づけた。


 私は本当に本当に多くの事をアキラに要求していたんだ。


 こんな私だから天使の美貌で人間をいくら引き付けても私の恋人になる人は居なかったんだ。

 こんな私だから居場所が無かったんだ。


 こんな我儘な私を恋人として迎え入れてくれるのはアキラがアキラだったからなんだ。


 「へぇ、最後にそう言う結論になるんだね」


 その声を聞いて、ゾッと悪寒が走った。

 視界の先、公園の入り口にロキが立っている。


 「まぁ良いんじゃない?牛草秋良が他の女の物になるって言うのは今後一切起こりえない訳だし」


 その服はボロボロで、体の至る所に傷がある。

 

 私が彼女に吹き飛ばされたときの状況、ロキの言葉、災厄の力を持ったアキラ。

 それら全ての情報が私に最悪の結論を導き出した。


 「まさか……アキラは」

 「死んだよ。私が殺した」

 「う、嘘」

 「嘘じゃないよ。これを見れば、もう心を読めない君でも信じざるを得ないんじゃないかな」


 そう言ったロキの右腕で紫色の液体が蠢く。

 その液体はやがて……アキラの背中から生えていた触手と瓜二つの姿に変貌する。


 「それ……なんで」

 「秋にぃが死んだ後に触手の一部を飲み込んで模倣したのさ」

 

 呼吸が上手くできない。

 私のせいでアキラが死んでしまった事実が、私の心を緩やかに殺していく。


 「ねぇファナエルさん、苦しい??秋にぃと一緒に過ごした時間が一番尊いのに、その時間のせいで秋にぃが死んだ事実が気持ち悪い??」

 

 「……わ、私は」


 「それが罪悪感だよ。ずっと牛草秋良が君の隣で持っていた感情さ」


 「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 思考はまとまってくれなかった。

 ただただ暴走した感情だけが、動かない体の中で逡巡している。


 「う~ん。もう十分絶望してるみたいだし、君の体が自然に壊れる前に殺しちゃおう。牛草秋良の力でね」


 ロキはそう言って微笑んだ。

 彼女の腕に模倣したアキラの触手が絡まっていく。

 

 嫌だ………嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 死にたくない死にたくない死にたくない。

 

 誰か助けて。

 アキラ……助けて。


 でも、私がアキラに助けを求めたせいでアキラが死んでー


 ごめんなさい。


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


 「ハハッそれじゃぁフィナーレだよ!!君と秋にぃの、狂った恋愛物語のね」


 そう言ってロキが構える。

 次の一撃で……私は終わってー


 「レイジネス・シン!!!!」


 


 「は?」

 「え?」


 突然聞こえたその声に、私もロキも対応できなかった。

 見知った感覚。


 これは……魔眼の感覚??

 それに瞬間移動の音??


 「しつこいなぁ君達シンガンも。今更こんな事しても10秒も稼げないよ」

 「3秒あれば十分だ」

 「は……なんでその声がー」


 次の瞬間、地面を抉る音が響いた。

 さっきまで余裕の表情で立っていたロキが……銀色の髪の毛で出来た触手に組み伏せられている。


 「嘘……」


 私はそれを知っている。

 だってそれは、いつも私を助けてくれる大好きな人の触手だから。


 「これの触手は……なんで、あの時確かに殺したはず?!」

 「良かった、お前でも焦る時があるんだな」


 聞きなれた声が聞えた次の瞬間、上空から黒いノイズを纏った希望が降り注いでいた。

 ノイズはロキを包み、そして痛めつける。


 「あぁぁぁぁl!!この私が、こんなー」


 ロキの悲鳴が響いた。

 そして、その悲鳴も次第に聞こえなくなっていく。


 「遅くなってごめん」


 ノイズが晴れる。

 ロキは気絶しながら地べたに這いずっていた。


 そしてー


 「助けに来たよ、ファナエル」

 

 私の目の前で、最愛の人が手を差し伸べていた。

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