罰
「は?」
爆風が止み、視界が晴れたその瞬間、俺の思考が一瞬止まった。
『アキラに会えるまでずっと不安だった』
『アキラがやっつけてくれたんでしょ?』
目の前にファナエルが立っている。
声も、見た目も、心の声さえも……何をどう見てもファナエル本人としか思えない物がそこに立っていた。
少しでも気を抜けば彼女の右腕が無い事の違和感に居づけない程の完璧な擬態。
「ねぇアキラ、早くこっちに来て。私を助けてよ」
でも、あれはファナエルじゃない。
『繝舌Ξ縺。繧?▲縺溘°るまでずっと不安だった』
『アキラが蜊倡エ斐□繧しょ?』
偽物だ。
「よくも……よくも俺の目の前でそんな事が出来たもんだな!!ロキぃ!!!」
俺は駆け出した。
ただただ怒りに我を任せていた。
目の前でファナエルの真似事をしながら、その本人を今まさに死に追いやっている存在をもう俺は妹として認識出来ない。
ノイズを纏った拳を力一杯に握り、腕をグンと上げる。
今俺の心の中にあるのは、ファナエルを助けたいという気持ちと……目の前のロキに対する殺意だけだった。
『バレちゃったか~。でもいいや』
『怒ってる秋にぃ、動きが読みやすいもん』
俺の放った拳をロキはヒョイと避けた。
彼女の姿は元に戻り、俺の隙をついて距離を取る。
欠損していた彼女の右肩から、緑色の泥があふれ出した。
「良かったよ。あの時ヘルちゃんの体を取り込んでおいて」
その泥はやがてロキの右腕を完全に修復した。
その修復速度はあの時戦ったヘルと遜色のないレベルだった。
「じゃないと今頃君に殺されてた」
彼女はようやくそろった両手の甲と甲をパチンと打ち合わせた。
「裏拍手 開門♪」
彼女を仕留めようと俺が駆け出すよりも先に、頭上に巨大なゲートが開かれた。
そのゲートからは無数の死体が雪崩の様に降り注いでくる。
俺はその死体達の物量に押され、地面に手を着いてしまった。
「クソッ!!こんなもの」
背中が痛い。
足の感覚が無い。
触手が死体達に挟まれて上手く動かない。
やっとのことで体を支えている腕は悲鳴を上げている。
でも……俺は。
こんな所で倒れる訳には行かないんだ!!
「#################################!!!!」
俺の口から出たのは咆哮だった。
人の耳ではとても聞き取れない、自分でも何と言っているのか分からない騒音。
まさにノイズとしか許容できない雄叫びを上げ、俺は死体の山を蹴散らした。
「今度は逃がさない」
触手を四方八方へ伸ばす。
それぞれの触手で一本ずつ、周囲の建物を突き刺して持ち上げた。
両手にノイズを纏わせながら、俺は走り出す。
この拳で殺してやる。
もしあいつが後ろに避けても、右に避けても、左に避けても、飛んで逃げても、触手で持ち上げた建物をぶつけて仕留めてやる。
絶対にここでロキを倒して、ファナエルを助けに行くんだ。
「ハハッ、良い殺意だよ。こんなに楽しくなるのはいつぶりだったかな」
ロキはその場から逃げようとしない。
彼女の右手にはグングニルが、左手にはミョルニルが握られている。
「受けて立ってあげるよ秋にぃ。私のとっておきでね!!」
彼女は両手に持っているその武器をガシャンとこすり合わせた。
「世界の法則、両手の得物が持つ限界点、必然的に起こりうるリスク、この全てを騙しつくして私は今ここに荒唐無稽を実現させる。我が手に握るは嘘で固められた最強の神器、必中の槍にして必壊の鉄槌」
ロキの持つ二つの武器が混ざりあう。
そこにあったのは、グングニルの先端にミョルニルに鉄槌が装着された異形の槍だった。
「穿て、グングニル・ミョルニル」
その槍は轟音を立て、地面を抉りながら迫りくる。
それがなんだって言うんだ。
これぐらいのピンチ、今までだって乗り越えてきただろ。
ただの人間でしかなかった頃に超能力者に立ち向かった。
神様だって殺して見せた。
俺と同じ災厄だって退けた。
全部ファナエルの為にやってのけたんだ。
だからきっと大丈夫。
ファナエル、今すぐ迎えに行くから。
「###################!!!!」
俺の拳とロキの槍が激突する。
互いのエネルギーを爆発させるような衝撃が二度、三度と巻き起こる。
地面が割れる様な衝撃が生まれる渦中で、俺は壊れ行く拳に力を込めていく。
「###################!!!!」
「無駄だよ」
そして次の瞬間ー
今までの鍔迫り合いが嘘の様に、あっさりと俺の腕が壊れた。
どれだけ必死に脳で信号を送ろうにも、その腕に力が入る事は無い。
俺の胴体に槍の先端が接触する。
そこから後の事は、一瞬の事過ぎて認識できなかった。
一つだけいえる事は、俺の身体に激痛が走って意識を保つのもやっとの状態にされたという事だけだった。
「ハァ……ハァ……ま……だだ」
吹き飛ばされた先で俺は唸る様に声を上げる。
言葉を発していないとこのまま倒れてしまうと思わせるほど意識が朦朧としていた。
「誉めてあげるよ。私をここまで追い込んだのは君が初めてだ、牛草秋良君」
そんな俺の前に、ロキは立ちふさがった。
どうやらもう、牛草
「ハァ……アァ!!」
「でもこれは罰だからね。特に君は世界の治安を守っていたと言えるアルゴスを殺した大罪人だし」
「ファ……ナエ……ル」
「だから、飛び切りの絶望を罰として君に与えよう」
そう言うロキの手に握られていたのは、ファナエルを助けられるかもしれないとほのめかしていた薬だった。
「ファナエルさんを助けられるかも知れない君の力はここで君の命と共に消える。そして、私が用意したこの薬もここでなくなる」
彼女はその薬の容器をバリンと割ったのだ。
ファナエルを救える希望はドロリと砂利の中に消えていった。
「もし、君の意思を次いでファナエルさんを助けようとする存在が居たとしても手遅れになったって訳」
「まだ……まだ俺が!!」
「もう分かってるんでしょ。あれをまともに食らって動けるわけないじゃん」
「嫌だ……こんな……こんな最後」
俺の気持ちとは裏腹に、意識がどんどん薄れていく。
体も碌に動かせない。
今なんとか動かせているまぶたも、口も、ふっと油断をすれば動かなくなってしまう。
「君は、ファナエルさんを救えない状況に絶望しながら死んで行くの。これが私が君へ送る罰だよ」
「そ……んなの………………」
俺は認めたくない。
動けよ。
動けよ!!
俺は一体何の為に、この力を手に入れたと思ってるんだ。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
その瞬間、グラリと体が立ち上がった。
そうか……
まだだ…………
俺はまだ………………
戦え………………………………
……………………………………………………………
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