【氷雨SIDE】 牛草秋良は壊れゆく(※建物の崩壊などの描写があります。ご注意ください)

 「ひ‥‥‥さめ」


 聞き覚えのある声が響く。

 私は何をしていたんだっけ?


 確か‥‥‥牛草秋良と一緒に行動していてー


 「そうだ!!お兄さんはー」

 「動くな。体に響くぞ」


 覚醒した私の意識が最初に見たのはボロボロになっている町の様子だった。

 私の肩にぽんと手をおいた雄二ゆうじの体は所々が氷に覆われている。


 「ビルが崩落したとき、運良く氷が割れてくれたんだ。なんとか皆を安全な所に逃がすことができた」

 「そうなのですか‥‥‥いや、そんな事を言ってる場合じゃないのです。ロキとお兄さんを止めないと大変な事になるのです」


 その私の問いかけを、雄二ゆうじは静かに否定した。

 私が今まで見たことのない、絶望と諦観の混ざった表情で彼は何かを見つめている。


 「氷雨‥‥‥あれを俺達で止めるのは‥‥‥無理だ」

 

 何を言っているんだと、私達の超能力はこのような異常事態を止めるためになるのではないかと、そう叱咤しようとしたその瞬間、絶望を届ける破壊音が轟いた。


 「ハネナシ‥‥‥ハネナシ!!」

 「邪魔だ!!どけ!!!」


 音がした方向へ振り返る。

 そこに居たのは、銀色の触手を振り回す牛草秋良に鳥頭の化け物が潰されていく姿だった。


 「あれはー」

 「分かるだろ。もうこれは俺達でどうこう出来る状況を逸脱してる」


 牛草秋良の姿は見違えていた。

 彼の体の7割ほどが真っ黒なノイズで覆われている。


 彼の放つ言葉こそ人の言葉ではあるけれど、その姿や眼光、そして振る舞いはとても人のものとは思えないほど恐ろしい。


 そんな彼の頭上に神々しさを気持ち悪いほど混ぜ込んだ虹髪の神が飛び立った。

 その左手には禍々しくも美しい槍が握られている。


 「グングニル・レプリカ」


 ロキが槍を放つ。

 その振動に耐えられないのか、右腕をなくしている彼女の右肩からは血がだらりと流れていた。


 グングニルと呼ばれた槍は大気圏を突破するロケットの様に赤く輝き、牛草秋良を撃ち抜かんと轟音を立てる。


 牛草秋良は周囲の敵性存在を触手で軽くいなしながら上を向き、ゆっくりと口を開いた。


 彼の口からノイズをまとったビームが照射される。

 ビームと槍は衝突し、パッと大爆発が起こった。


 その時、彼の顔が歪に微笑んだのを私は見逃さなかった。

 きっともう彼は‥‥‥完全に人間を逸脱してしまったんだ。


 「私達に出来るのは‥‥‥この戦いを見る事だけなのですか?」

 「何より生き残る事が大事だよ、氷雨。なんせ私達はこの戦いの後処理をしなければならないのだから」


 声がした方向へ振り向く。

 そこでは、先ほどまで伸びていた琴音ちゃんがゆらりと体を起こしていた。

 その肩にはるるちゃんもしがみついている。

 

 きっとボロボロになっている琴音ちゃんの体を彼女の中にいるクロノが支えているんだろう。


 『牛草秋良が勝つならまだいい。あいつはファナエルの安全さえ確保できればおとなしいからな。でもロキが勝っちまったらおしまいだ。人間界なんておもちゃを渡されて何をしでかすか分からねぇ!!』


 「クロノ、君の見立てではどちらが勝つと思う?」

 

 『分からねぇ。あいつらの力は見てる限り互角だ、この戦況じゃ下手な援護も役に立たねぇし、とにかく祈るしかねぇ』


 クロノと琴音ちゃんの言葉を聞きながら、私は正面を向いた。

 先程の爆発の影響でまだ視界が晴れない。


 「ロキは‥‥‥私達の超能力を模倣していた」

 「るるちゃん?」

 「でも、私はそれが彼女の力の本命だとは思わない」


 そんな中、るるちゃんだけが憂いた顔をしていた。

 

 「もし力の模倣があくまで彼女の持つ権能の応用なのだとしたら、きっと彼女の力の本質は騙すこと‥‥‥いや、嘘という概念そのものなのかもしれない」

 

 「どうしてそう思うのです?」

 

 「そうでないと、心を読む力を持った牛草ファナエルにあんな奇襲を行うのは不可能‥‥‥だと思う」


 瞬間、喉元がキュッと冷えるような感覚に襲われた。

 どうって事はないただの考察。


 でも、彼女の持つ力の本質こそが牛草秋良を殺す切り札になるのではないかという嫌な予感が過ぎって仕方なかった。


 そんな予想の答え合わせをするように、視界がぱぁっと晴れた。

 そこに居たのはー


 「ありがとうアキラ。私を助けてくれて!!」


 牛草ファナエルそのものを模倣したロキの姿だった。

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