牛草秋良の終わり

 「よし、こんなもんか」


 右手に持つレジ袋を見ながら俺はそう呟いた。

 スーパーでファナエルから送られてきた食材を買って、今は事務所に戻っている所だ。


 「お前、流石に飯の時まで一緒に居るとか言わないよな」

 「るるちゃんと合流したら帰るのですよ」


 結局氷雨はずっと俺の事を監視していた。

 まぁ、こいつ等の立場の事を考えたら打倒ではあるか。


 「さっさと帰ってファナエルに晩ご飯作ってもらおう」


 そう言って、俺は角を曲がる。

 ここからは牛草霊能事務所が良く見える。


 この町で一番気に入ってる場所だ。

 ほら、もうすぐすればファナエルが待つ事務所がー


 「は?」


 その轟音が聞えて来たのは俺の視界に事務所が映ったのと同時だった。


 事務所の窓から煙が上がっている。

 周囲の店を貫通する何かが事務所から飛ばされている。


 「あれは何なのです」

 「分からない……ッ、ファナエル!!」


 俺は走り出した。

 

 完全に油断していた。

 ヘルを倒して一件落着したと思っていた。

 

 どうして始を駅に送ったあの時、ファナエルを連れて行かなかった。

 どうして目を放した。

 

 ファナエルを狙ってる奴らが沢山いることぐらい、分かっていたはずだろ。


 「ハァッ、ハァッ、無事でいてくれ!!」


 バタバタと足音を立てながら階段をかけ上げる。

 後で制止の声を掛けながら着いてきている氷雨の事なんて、頭に入れる余裕も無かった。


 「ファナエル!!」


 バタンと音を立ててドアを開く。


 その先の景色に、俺が最愛の人と作った居場所は無かった。

 俺の声を返してくれる彼女の姿も無かった。


 「お帰り、秋にぃ」


 そこにあったのは荒れ果てた事務所の姿。

 俺の声に返事をしたのは、やけに色っぽい声を出した妹の姿だった。


 「だから待つのですよ……って、皆??」


 少し視線をずらすと、そこには氷漬けになっている雄二ゆうじと琴音の姿や目から血を流するるの姿があった。


 「斬琉キル……何があったんだ?」

 「ん?」

 「誰かが襲ってきたんだろ……そいつは何処に、ファナエルは今どー」

 「違うよ。全部『私』がやったの」


 斬琉キルは俺の言葉を冴えぎった。

 その虹色に染まった髪を、頭上で輝く光輪を、背中の羽を、わざとらしく見せつけてくる。


 「現実逃避は良くないよ秋にぃ。もう全部分かってるんでしょ」

 「ハハ……何言ってんだよ。これもなんかのドッキリなんだろ」


 それ以上の声を出せなかった。

 今以上に口を開いてしまえば何かが決壊してしまう様な予感が止まらない。


 『安心してよ。元々存在してた牛草家の妹を乗っ取ったとかそんな物騒な事はしてないから。がしたのは【牛草家は第二子を出産した】って偽の記憶を植え付けただけだから』


  『違う違う。が植え付けたのはあくまで第二子出産に関する諸々の記憶だけだよ。その後はこの体の肉体年齢を生まれたばかりの赤ちゃんの状態まで戻して牛草家の長女として生活してたんだよ。だから秋にぃと一緒に兄妹として過ごしていた時間は嘘じゃないし、僕が秋にぃの妹であることも嘘じゃない』

 

 アルゴスに襲われたあの時、斬琉キルは俺に向かってそう言った。


 俺は知っているはずだ、斬琉キルが超常的な力を持った存在であるということを。

 血が繋がった妹という訳じゃない、俺の妹として一緒に過ごしてきただけの誰かであるということを。


 『下等生物である人間に従事する存在となる生活を未来永劫続ける事による尊厳の破壊と身柄の束縛により貴様の罪を清算する』


 どうして俺は斬琉キルが味方だと決めつけていたんだ。

 あいつが俺の妹として過ごしていたのも、俺とファナエルの恋路を助けてくれていたのも、全部アルゴスから課せられた神罰があったからだ。


 『ええ。あなた達二人の罪人にどんな罰が下るのか、冥府の世界から監視し続けています』


 もし何かの因果でその神罰が変更したその時、斬琉キルが俺達の敵になったっておかしな事は無いのに。


 「……お兄さんの代わりに私が質問するのです。どういうつもりでこの惨事を起こしたのですか、牛草斬琉キルさん」

 「ロキで良いよ。そう呼んでもらわないと、隣の秋にぃがキャパオーバーで使い物にならなくなるよ」

 「呼び名なんてどうでも良いのです!!」


 氷雨は今までに聞いた事の無い大声を上げて一歩踏み出した。

 仲間をボロボロにされた怒りが、彼女の心の声からヒシヒシと伝わってくる。


 「ファナエルさんを襲ったのは命令されたから、君の仲間を攻撃したのは計画の邪魔だったのと……たまには人間をいたぶるのも楽しそうだと思ったからだよ」


 「そんな事で皆をー」


 「怒った所で君に何が出来るの?夢の中ならまだしも、現実世界では君はただの小さな女の子なのに」


 氷雨は悔しそうに声を漏らして後ずさった。

 そんな彼女に対して興味を失ったのか、斬琉ロキは標的を再び俺に戻す。


 「私としては、このまま現実を受け入れられない秋にぃを見つめてるのも楽しんだけど……立場的には君にちゃんとした罰を与えないといけないからさ、特別な物を用意しました」

 

 そう言って斬琉ロキが取り出したのは、瓶に入った一つの薬品だった。


 「秋にぃには2つの選択肢を用意してるよ。この薬を手に入れる為にファナエルさんを裏切って私の手ごまになるか、私に歯向かって殺されるか」


 「何だよそれ……意味が分かんねぇ……」


 「ほらほら。早く決めないと、私が今度何するか分からないよ」


 気が付けば、斬琉ロキの手元には禁斧キンフチェレクスが握られていた。

 彼女はその斧を軽快に折りながら俺に問いかける。


 「それに、早くこの薬をファナエルさんに飲ませなと大変だよ」

 「ッツ?!ファナエルは今どうなってるんだ」

 「私が毒を仕込んだクッキーを食べさせたの、あと3時間もすれば死ぬんじゃないかな?」

 「し、死ぬ?!う、嘘だよな」

 「嘘なんかつくわけないじゃんこの状況で」

 「いや、だって、今朝はあんなに」

 

 ファナエルが死ぬ?

 嫌だ。

 どうしてだよ。

 今日は平和そのものだったじゃねぇか。

 こんな急展開望んじゃいねぇよ。


 「秋にぃが認めたくないならそれで良いよ。ファナエルさんが苦しんで死ぬだけだからさ」





 ##死ぬ



 #############俺にとって大切な存在が死ぬ

 #######それはダメだろ 


 ####そんなの……####認めない

 ##############ファナエルを守れなかったなんて

 ###########ファナエルが死ぬなんて


 ####認めない



 ####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない####認めない



 「駄目ですお兄さん。そんな所で暴走を起こしたら!!」



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 「あの時とは状況が違うのです。今の私達じゃぁ、あなた達の戦いの余波を抑えられないのです。この町の人間が犠牲にー」


 「そんな事どうだっていい!!」


 #####こんな世界#######書き換えてやる

 

 「大丈夫だよファナエル。今助けに行くから」


 #####例えどんな


 『だからよ。シンプルに考える事にしたんだ。お前はんだろ、ならいいじゃねーか』

 『お前が一般人の理解できる法の範囲で人道を踏み外さなきゃ俺はお前の味方だぜ』


 #########犠牲をはらってでも!!


 「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」



 瞬間、視界が真っ黒なノイズに支配された。

 俺の心から生み出されたそれが今世界を飲み込んでいる、そんな感覚だけが俺の意識を保っていた。

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