【ファナエルSIDE】牛草ファナエルの終わり 後編
「これは勝手な持論だけどさ、悪人には2種類あると思ってるんだ。自分の罪に自覚がある悪人と、悲しき過去をでっち上げて罪を正当化する悪人」
心臓がドクドクと音を鳴らして跳ね上がっていた。
具体的に想像できないぼやけた悪い予感が私の体に広がっていく。
「昔ひどい目にあった、誰にも理解されなかった、ずっと居場所が無かった、だから私は誰よりも幸せになる権利があるはずだ。ここで終わる思想なら共感できないことも無いけどさ、だから私は何を犠牲にしても大丈夫~なんてちょっと傲慢なんじゃない?」
「だったらなに?私は羽を失ったあの日からずっと理解してくれる人の居ないあの場所で静かに過ごしてたら良かったって言いたいの?!」
「私はただ、自分がやった罪の自覚を持つのは大事だよねって言ってるだけだよ」
「そんな事考えてたら私の恋人は見つからなかった。そもそもあなたが何を言おうと私は自分がした事を罪だとは思わない。そんなこと考えてたらキリがない。だって私は、ただ私の理想を叶えるために動いてただけなんだから」
「君が頑固に私の主張を否定し続けるならそれで良いよ……まぁでも、そんなだから秋にぃの異変に気付かないんだろうね」
彼女の口角がニヤリと上がったその瞬間、私の体がドクンと跳ねた。
また体の構造がぐりぐりと変わっていく。
躍動する内蔵が引き起こした痛みに耐えられなくて、私は思わず掴んでいた彼女の胸倉を話してしまった。
「あのクッキーに仕込んだのは特別製でさ、体の変化に伴う痛みが通常の3倍になってるんだよ」
「ッ……アァァ!!」
「ファナエルさんが秋にぃの感じてる罪悪感を体験できるようにね」
「ハァッ……ハァッ!!」
痛い……痛い痛い痛い痛い痛い!!
左腕が暑い、息が上手く吸えない、苦しい。
「アキラ……助けて……」
「秋にぃは助けに来れないよ。きっと呑気に君のお使いを済ませて帰って来るさ。もちろん、この事務所に張られた結界が君の危機を秋にぃに知らせる事も無い」
「そんな事……無い、アキラはきっと私を……助けてくれる」
今までだってそうだった。
誰も飲み込んでくれなかったクッキーを食べたくれた。
理解者が欲しいと嘆く私の為に、人間から堕天使に変わってくれた。
アルゴスもヘルもシンガンも、私の邪魔をする存在は皆やっつけてくれた。
アキラは絶対……私を助けてくれるんだから。
「ねぇファナエルさん。どうして私がただの人間でしかない始っちをここに連れてきたんだと思う?」
「え?」
「正解はね、秋にぃの警戒心を0にするためだよ。それが出来るのはファナエルさんに出会う前……いや、秋にぃが罪を犯す前の象徴ともいえる親友の始っちだけだからね」
だからほら、と言いながらロキは指をパチンと鳴らす。
すると事務所にアキラが張った結界がグニャリと音を立てて顕現し、私の目の前でゆっくりと改造されていく。
「秋にぃが常に周囲を警戒し始めたのはほんの数か月前からでしょ。まだまだ経験が浅いんだよ。こうやって懐かしいメンバーと空気感を持ち込めば簡単に安心感を持って警戒心を無くしていくの」
「そんなはずは……」
彼女の言葉を私は否定できなかった。
だって、アキラが始君と会って安心感を覚えていたのはー
『それに始君とは積もる話も一杯あるでしょ?今日は事務所も休みにしてるし、ゆっくり話してきて』
私も知っていた事なんだから。
「アァ……ツ!!」
体に激痛が走る。
事務所の窓に映る私の顔は酷いものだった。
銀色の髪の毛は灰色に霞み、目は全体的に黒くなっていく。
「さて、さっきの話の続きだけどさ。ファナエルさんはそもそも罪を自覚できない悪人。だから罪悪感に苦しまされるって事は無いけどさ……秋にぃは違う。あれは罪を自覚して背負っていくタイプの悪人だよ」
「ハァッ……ハァッ……」
「ねぇファナエルさん。最近の秋にぃはやけに疲れて無かった?君にグシャグシャな心の中を見られない様に睡眠時間をずらすなんて事もしてたんじゃないの?」
「そ……れは」
『優しく声をかけてくれるアキラの目はほんのりと赤く腫れていた。きっと泣いてたんだろう。私を守るために何かを殺して』
『この世界で唯一、私を受け入れてくれた優しい君。この世界で唯一、私の為に人生を捧げてくれた君。そんな君に辛そうな顔は似合わない』
『でも、ちょっと不安だったんだよ。明らかにアキラは寝不足だったし、電車で寝てる時も顔色は良く無かったし』
確かにアキラはここ最近ずっと疲れてた。
でも、でも、私はそのたびにアキラの事を!!
「ねぇファナエルさん。罪悪感って相当苦しい感情なんだよ。今君が感じている体の痛みよりもずっとね」
「嘘……そんな事」
「君だって色々秋にぃに良い事してあげたんだろうけどさ、結局罪悪感が何なのか分からない君が秋にぃの心を100%癒す事なんて不可能なんだよ」
「そんな……私はー」
そんな事ない。
その一言が言えなかった。
もしかして私は……アキラの事を誰よりも知っていると勘違いしていたんじゃないかって。
そんな不安と後悔が頭の中にチラつく。
その苦しみに呼応するように、私の左腕がパァンと弾けた。
肉は弾け飛び、露になった骨が歪に動いて腕から羽の形に変化する。
「あと3時間ぐらいで君は体の変化に耐えられなくなって死んじゃうから。後は秋にぃだね」
「アキラに何するつもりなの?」
「殺してもいいし、精神壊して私の手ごまにするのも悪く無い」
ロキの右手に紫色の液体が溢れ出る。
その液体はやがて小さなハンマーの形を作る。
「まぁどっちにしろ、君は秋にぃの居ない所でこっそり死んで行くんだよ」
「……るるをこんなにしたのもお前の仕業か?」
「へぇ……いいタイミングで帰って来たねぇ」
声がした方向には気絶したるるを抱きかかえている
用事が終わって瞬間移動でここに帰って来たんだ。
琴音には悪魔がついてる、
これで少しは状況がー
「でも残念!!君達じゃ力不足だよ」
パチンとロキが指を鳴らした。
すると、
「さて、それじゃぁ改めて。さようならファナエルさん、秋にぃを処理したらまた様子を見に行くからさ」
「やめて……」
「秋にぃを苦しむ顔を君に見せられないのが残念だよ」
「アキラに酷い事しないで」
消え入る様に言った私の台詞は虚しく消えていった。
ロキの振ったハンマーが私の体を打ち、はるか遠くに飛ばしていく。
建物を貫通しながら飛ばされていく中、私は変わり果てた体を見つめ、アキラの罪悪感に寄り添えなかった事をただただ後悔する事しか出来なかった。
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