エピローグ
それから幾日かが過ぎ、気象庁は西日本の各エリアについて、梅雨明けを宣言し始めた。関東の梅雨明けも時間の問題だろう。
すでに今日は、朝から強い日差しが照りつけていて、いつ宣言が出てもおかしくないほどの好天だった。気温もぐんぐん上がり、オフィスのエアコンが、いつもより高い音でうなっている。
午前中、ネットニュースの記事一覧の下のほうに、『中野のマンション殺人、同級生の女を逮捕』という見出しの記事がでているのを見た。優秀な日本の警察が、ついに絵鳥廻にたどり着いたのだった。記事の本文には、交際をめぐるトラブルで、ついカッとなって犯行に及んだ、と書かれていた。いまのところ、それ以上の情報はなかった。
あれから銀乃充と民矢桃子に、どのような心の動きがあって、どのような行動に出たのか、あるいはどのような行動をとろうと決めたのかは、もはや私の関知するところではない。その決定には、真朝の存在が大きく関わってくるだろう。
これから警察に自首したとする。問題を起こした当時、もし行為者が十四歳以上だったなら、自首してきた二人を警察が逮捕して送検すれば、例えば保護責任者遺棄致死のような罪が成立すると検察が判断するかもしれない。そうなれば時効は二十年になるから、すでに成人した行為者に刑法を適用して、制度上はいまからでも起訴が可能になるのではないか。
ところが今回のケースでは、二人は当時十四歳未満で、触法少年扱いになるから、過去においてもこれからも、その行為が罪として裁かれることはない。たとえ警察に自首したとしても、門前払いとなる可能性が高いだろう。
それでもなお自首する道を選ぶことで、当事者たちに、何かしらの救いがもたらされるのかどうか。
もしくは、亡くなった少年の親族とコンタクトを取って、民事的に折り合いをつけることで、各々の感情をソフトランディングさせる、という方法も選択肢の一つとして考えられる。少年の親族はいわゆるステップファミリーで、当初から捜索に熱心ではなかったということだから、いまさら迷惑な話かもしれないが、金銭が絡むとなればまた別だろう。いまの銀乃充と民矢桃子には、それを可能にするだけのリソースが充分にあるのだから。
または、そうした行動はとらずに、これまで通りそれぞれが社会貢献に励むことで、罪を償っていく道もあるのかもしれない。銀乃充は、経営する会社の利益をNPOに寄付しながら、自分のNPOの立ち上げを目指すことで。民矢桃子は、企業や個人の所有物を、広く社会と共有する手助けをしていくことで。
真朝からは一度だけ、連絡があった。ノートPCでそのメールを開いたとき、世田谷の銀乃邸ではじめて真朝に会ったときに嗅いだ、懐かしい香水の匂いがした。
メールには、鎌倉で依頼した件については、おかげさまで解決の方向に動いているので、もう手助けは不要、ついてはこれまでの費用を清算して請求書を送ってほしい、という内容が書かれていた。
私はその請求書をまだ送っていない。これからも送ることはないだろう。
この夏、海辺の街へ出かけることは、おそらくもうない。
ノートPCのデータを整理していた手を休め、デスクから立ち上がって窓際へいき、オフィスの窓を開いて外気を室内に取り込む。
バス通りはすでに真夏の熱波にさらされていて、アスファルトから立ちのぼる陽炎が見えるようだった。
(完)
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