大文字伝子が行く137

パウダースノウからの挑戦（４）

　＝＝＝＝＝＝　この物語はあくまでもフィクションです　＝＝＝＝＝＝＝＝＝

　==============　主な登場人物　================

　大文字伝子・・・主人公。翻訳家。DDリーダー。EITOではアンバサダーまたは行動隊長と呼ばれている。。

　大文字学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。EITOのアナザー・インテリジェンスと呼ばれている。

　一ノ瀬（橘）なぎさ一等陸佐・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。皆には「一佐」と呼ばれている。

　日向さやか（ひなたさやか）一佐・・・空自からのEITO出向。

　飯星満里奈・・・元陸自看護官。出向ではなく、今はEITO所属。

　稲森花純一曹・・・海自からのEITO出向。投げ縄を得意とする。

　小坂雅巡査・・・元高速エリア署勤務。今はEITO所属。

　高木貢一曹・・・陸自からのEITO出向。

　結城たまき警部・・・警視庁捜査一課からのEITO出向。

　新町あかり巡査・・・みちるの後輩。丸髷署勤務。

　斉藤理事官・・・EITO司令官。EITO創設者。

　草薙あきら・・・警視庁からのEITO出向。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

　夏目警視正・・・EITO副司令官。表向きは、夏目リサーチ社長。

　筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。伝子と一時付き合っていた。警視庁副総監直属の警部。EITOに出向。

　河野事務官・・・EITOの警視庁担当事務官。

　久保田嘉三・・・管理官。久保田警部補の伯父。EITO前司令官。

　柴田管理官・・・久保田管理官と交代で、交渉人をしている。

　馬淵悦夫・・・マトリ捜査官。筒井が一時配属されていた時に一緒に捜査していた。

　市橋総理・・・現在の内閣総理大臣。伝子は個人的にSPを依頼されることがある。

　南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師だったが、妻と共に学習塾を経理している。

　南原（大田原）文子・・・南原の妻。夫と一緒に学習塾を経営している。

　山城（南原）蘭・・・南原の妹。美容師。

　中山ひかる・・・愛宕の。元隣人。伝子達の捜査に協力することが多い。この春に、伝子達の卒業した大学の後輩になった。

　愛宕寛治警部・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署生活安全２課勤務。

　橋爪警部補・・・丸髷警察署生活安全２課勤務。

　==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==

　==エマージェンシーガールズとは、女性だけのEITO精鋭部隊である。==

　午前２時。池上病院。

　筒井の病室。「油断したよ、大文字。」

　なぎさが、高遠にICレコーダーを渡したので、高遠はマイク部分を筒井に向けた。

　「尾行したことまでは分かっている。それで、どうなった。」と、伝子は尋ねた。

　「晴海埠頭に着くと、奴はタバコをふかして、人待ち顔になった。突然、首の後ろからスタンガンの衝撃があった。気がついたら、ここさ。馬淵は、どこへ行ったかな？まさかさらわれたか？」

　筒井が点滴の睡眠薬が効いたのか、うとうとし始めたので、伝子達は病室を出た。

　廊下に、結城とあかりがいた。「隊長。念の為、我々が張り番します。EITOで仮眠して下さい。」結城は、気遣いながら言った。

　「分かった。そうしよう。頼んだよ。」

　午前３時。EITO本部。仮眠室。

　「おにいさまには窮屈かも知れませんが・・・。」

　なぎさの言葉に、「いやあ、とんでもない。冷蔵庫やトイレまであるなんて思ってもみなかったな。」

　「以前の本部には、３人分しかありませんでした。トイレも共同でした。今はシェルター部を含めると、５０人分あります。万一の時は２段ベッドを組みます。お休みなさい。」

　午前８時半。

　高遠は、伝子に揺り起された。「起きろ。学。ここはウチじゃない。」

午前９時。会議室。

　高遠も、会議に出席した。

　「馬淵って人、怪しいですね。」と、小坂が言った。

　「偽物と入れ替わっているかも。」と高木が言った。

　「マトリでは、記者に麻薬が出回っているというタレコミがあったから、馬淵に調査させていたそうです。でも、相棒がいたはずだが、何故単独行動していたか分からない、今の所、連絡がつかない、と言っています。」と、河野事務官が言った。

　「進展待ちだな。大文字君の提案だが、人数が絞り込めた段階で、リストの写真からシミュレーション写真を作ってみよう。絞り込むと言えば、利根川さんと瀬名さんから、知り合いに似ているので確認を取った、と連絡があった。瀬名さんは２人、利根川さんは３人だ。本人はまさかと思って届けなかったらしいが、説得して警察に届け出、警察は保護に向かったらしい。」と、理事官は言った。

　瀬名は、以前２度関わったことがある、歌手兼俳優だ。最近は、辛辣な政治的意見を言うことでも知られている。公にはしていないが、彼だけは２度狙われている。『しくじった相手』は２度と襲わない、ということにしているが、瀬名と総理は例外だった。瀬名はEITOに感謝して協力的だ。

　利根川も過去に関わってから、すっかりEITOの協力者になっている。旧体制の時のTVプロデューサーだ。現在は、主にMCをしている。

　「利根川さんの知り合いは、番組共演者かも知れませんね。相性悪くて憎んだのかも。」と、みちるは言った。

　「後３５人か。理事官。退役した自衛官や警察官には？」「幸か不幸かいない。実は、真っ先に調べたんだ。」

　午前１１時。

　ニュースで『立てこもり事件』が報道された。日向が、飯星や稲森を連れて現場に向かった。立てこもり犯は、猟銃を持っている。２人の女性が人質に取られている。

　高遠は、賄いで出向している自衛隊員の料理の様子を見ている内に、うとうとと、うたた寝をしていた。

　「おにいちゃま。眠気覚ましのドリンクです。」目の前には、あかりがいた。あかりは、高遠に栄養ドリンクを差し出した。

やれやれ、なぎさが、高遠を『おにいさま』と呼ぶようになった影響で、『伝子の義姉妹の下の方の妹』達も『おにいちゃま』と呼ぶようになったか。

　「ありがとう、あかりちゃん。」あかりは満足げに去った。

　「持てますね、エーアイ高遠さん。」と、結城が横に座って言った。

　「警部。それ、嫌味？」「まさか。今日はドライカレーのようですよ。」と言って、去って行った。

　草薙がやって来た。「ここで、高遠エーアイと食事出来るなんて夢のようですね。」

　「草薙さんまで。エーアイって呼び方、やめません？高遠でいいですよ。ところで、草薙さん。上下関係で恨むってことありますよね。」「私は理事官のこと、恨んでませんよ。でも、一般論で言えば、逆恨みを含めて恨む人はいるでしょうね。でも、あのリストから恨んでいる人のあぶり出しは出来ませんよ。勿論、動機付けの要素ではありますが。」

　「ですよねー。」

　２人は、運び出されたドライカレーを、ゆっくり食べた。

　高遠のスマホに、鈴木から電話がかかって来た。鈴木とは、過去に関わった事件で親しくなり、時々情報提供をして貰っている、民間登用の校長先生だ。

　案の定、情報の電話だった。

　「良かった。オウチは留守電だったので。今、どこですか？」「えと・・・ああ。　友人の家です。昨夜泊めて貰って。で、御用件は？」

　高遠はスピーカーをオンにした。

　「いやね、高遠さん。あのリストに載っている人、３人心当たりがあって、連絡したんですが、３人とも『ひとに殺される程の恨みを買うようなことはしたことがない』って、警察の保護を嫌がっているんですよ。活動家の教師は素直じゃないので困ってね。」

　高遠は、数分考えた。

　「なるほど。じゃあ、こう言って下さい。あなたがそういうのだから、恨まれることはしていないに違いない。でも、世の中には、『あなたと違って』短絡的な考え方に固執して『逆恨み』する人もある。あなたは大切な友人だから、失いたくはない。逆恨みで殺されるなんて耐えられない。是非、警察の保護を受けて下さい、私を助けて下さい、と。」

　「分かりました。その文言お借りして説得してみます。」と言って、鈴木は電話を切った。

　草薙は、拍手をした。少し離れたところで食事をしていた結城も新町も拍手をした。

　「流石ですね。舌を巻きましたよ、高遠さん。凄い説得力だ。」

　高遠は、大いに照れた。また、３人が消し込み出来た、と高遠は内心ほっとした。

　伝子がトレーにドライカレーと水を乗せてやって来た。

　結城が退いたので、伝子は草薙と反対側の高遠の横に座った。

　「活動家は活動家。授業ほっぽっておいて活動に熱心な教師というのは、免許はあって乗らない、ペーパードライバー、詰まり、『教育のペーパードライバー』だ。以前、南原が言っていた。恨まれないと思う方がおかしい。少なくとも生徒や父兄は受け入れない。」

　「南原さんらしいね。だからこそ、学校の教師を辞めた。」と、高遠が言うと、　「学校関係で犠牲者出るかもな。鈴木さんの知り合いが、リストの中の教師全員に相当するとは限らないから。南原は説得しないかもな。もし該当者を知っていても。」

　「死んだら自業自得？」「そうは言ってないよ。リストに載っている人物は、まだ大勢いる。それだけだ。」

　正午。品川区。立てこもり現場。

　柴田管理官が、メガホンで犯人に交渉している。「君の車は手配した。だが、今は生産台数が少ない車種だ。もう少し待って欲しい。」

　日向達が近づいた。「ああ、エマージェンシーガールズ。SATを要請したら、という警察内部の声もあったんですが、EITOにまずやらせてみましょう、と断りました。」

　「警察内部の声って、SATからじゃないんですか。」と日向が言うと、「ご明察。侵入地点は、アパートの２軒隣の部屋。住人の許可は取ってあります。その部屋と、犯人がいる部屋の間の部屋は空き部屋です。ベランダは仕切りがありますが、繋がっています。何とか行けますかね？」

　「柴田管理官。空き瓶を１本用意出来ますか？小さくてもいいです。」と稲森が言った。

　「分かりました。おい！」柴田管理官の部下が空き瓶を持って来るまで約５分かかった。

　日向は、おおよそのプランを稲森と飯星に伝えた。

　３人は、非常階段からアパート２階に上がり、一時利用が認められた部屋から空き部屋に侵入した。日向は、待った。犯人の部屋の外に、宅配便を装った、愛宕が立った。

　「宅配便でーす。」愛宕は、それらしき言い方をした。

　２秒後、稲森がロープに繋げた空き瓶を犯人の部屋に投げた。

　素早く３人は移動し、日向は犯人の頭にブーメランを投げた。飯星は犯人の足下にシューターを投げた。シューターとは、EITOが開発した、うろこ形の手裏剣で、先に痺れ薬が塗っている。同時に、愛宕がドアを開けて、突入した。

　１０分後。既に殺されていた男女２人と人質の女性２人が、犯人の逮捕連行後、連れ出された。死んでいることは、飯星が確認した。

　「警部。この２人。」と、日向は運び出された死体の２人を指して言った。

　橋爪警部補が言った。「リストの中の２人だ。」

　午後１時。会議室。

　「おねえさま。さやかから連絡がありました。立てこもり犯が殺したのは、リストに載っている男女でした。」と、なぎさが言った。

　「また、犠牲者が出たか。身元は？」「まだ、不明です。」「被疑者は？」「黙秘です。」

　「あと３３人ですね。」と、草薙が言った。

　「あの部屋の住人じゃないのか？」と、理事官は、なぎさに尋ねた。

　「アパートの入り口で発砲したそうです。それで、住人は皆逃げ出した。殺された２人は、どこかから銃で脅して連れてきたようです。人質になっていたのは、あの部屋の住人の姉妹です。逃げ遅れて、中に連れ戻されたということです。他の、アパートの住人が目撃しています。」

　なぎさの説明に、「理解出来ない行動だな。普通は、わざわざアパートに連れて来ないだろう。逃走用に、住人を人質に取ったのは理解できるが、何故、そのアパートなんだ。」と、夏目は唸った。

　「偶然じゃないかも知れませんね、夏目警視正。あのアパートで殺す意味があったのかも。アパートに連れ込んだことで、捕まるリスクが高くなった。いや、捕まる積もりだったかも。」と、高遠が言った。

　「ますます分からないな。」と、理事官が言った。

　「早急に、２人の身元を洗う必要があるな。河野事務官。分かり次第連絡を、と念押ししてくれ。」

　「了解しました。」

　「よし。解散。仮眠する者は仮眠をとれ。」と、理事官は言った。

　午後２時。南原邸。

　南原に向かって、土下座をしている男がいた。

　「文子。塩を持って来なさい。」「はい、あなた。」文子は、台所に向かった。

　「まあまあ、お兄ちゃん。ウチの美容室に来たのも、『縁』なのかも。一応、愛宕さんに連絡しておいたわ。」

　南原の横で、取りなしているのは、妹の蘭だ。蘭は、山城と一緒になったことで、随分と『おとな』になった。

　文子が持って来た塩を、男の顔にかけると、やって来た愛宕にもかかった。

　「来て早々、僕も追い返されるのかな？」

　「申し訳ない、愛宕さん。」文子は、慌ててタオルを持って来た。

　愛宕はタオルで顔を拭きながら、通されたリビングのソファに腰掛けた。

　「蘭ちゃん、お店は？」「店長に言って早退しました。終始落ち着かない様子で、店長が事情を聞くと、リストに載っていて恐い、って震えてて。警察に行こうって言ったら、財布からお金を出して精算するとき、お兄ちゃんの名刺が落ちたんで、両方に連絡した、って次第です。昔、お兄ちゃんと同じ職場だったんですよね、斉藤さん。」

　「悩んでいないで、早く警察に連絡してくれれば・・・久保田管理官の記者会見、見ませんでしたか？」「はあ。」

　「先輩には連絡しておきました。南原さん、ひょっとしたら、以前話していた、『活動』に夢中になってしまった、組合所属の先生って、この斉藤さんですか？」

愛宕の問いに、南原が頷いた。沈黙を破って、「取り敢えず、お茶でも入れましょう。塾がお休みの日で良かったわ。蘭ちゃん、手伝って。」

　「はい、お義姉さん。」

　台所。

　お茶や、お茶菓子を用意しながら、蘭は文子に話しかけた。「あの人。お兄ちゃんの親友だったの。先輩達には、同僚と意見が合わず学校を辞めたって言ってたけど、親友だったからこそ、分かれたの。同じ高校を卒業して、同じ大学卒業して、教職に就いて・・・でも、変わってしまった。」

　「日本教職員連合、日教連ね。私もね、お見合いの時に隆之介に話したけど、似たようなことがあったの。組織に入ると、抜けにくくなるらしいわ。だから、意気投合したの。亡くなった父も、喜んでくれていると思うの。副島さんも１度しかお会いしたことがないけど、『教えること』は、義務じゃ受け継げない。だから、無念だったと思うわ。」

　程なく、愛宕がやって来た。

　３０分後。リビング。

　何人かの私服警察官がやって来た。

　「では、行きましょうか。斉藤さん。南原さん、蘭ちゃん、連絡ありがとうございました。」

　愛宕と警察官達は、斉藤を連れて出て行った。

　午後３時。EITO会議室。

　「また、１人消えましたね、おねえさま。」と、なぎさが言うと、「うん。理事官。やはり、パウダースノウは、わざと焦らしてるのかも知れませんね。」「恐怖を煽る為にかね。確かに、今までの『幹』とは、やり方が違う。立てこもり犯は黙秘を続けている。放火犯と同様にだ。『芯のある枝』、ということかな。」

　アラームが鳴り、河野事務官の声が聞こえた。「久保田管理官からです。ディスプレイを切り替えます。」

　メインディスプレイに久保田管理官が現れた。

　「埼玉県県議の、新玉議員が殺害された。リストの写真に写っていたのは、昔の写真ではなく、最近の写真だ。『プチ整形』とかをしていたようだ。リストでピンと来る人間は少なかったようだ。」

　「新玉県議と言えば、『脱糞騒動』の渦中の人物ですね。違憲異種党の県議で、焼き肉屋で脱糞して逃げて、店の確認に『知らぬ存ぜぬ』を通して、Atwitterで揶揄したイラストレーターを党の名で告訴した、卑劣な議員。脱糞した当人だったそうですね。」

　草薙の言葉に、「休職したままだったが、意味が無かったな。マフィアの組織力で簡単に見付けられた。恨んでいる人間、というより、『死んでもいい』人間と思う人間は少なくはない。国会議員は３名だったが、地方議員はまだいるかも知れんな。」と理事官は唸った。

　「総理に頼んで、各党に党議員の身辺調査をして、警察の保護下に入るようにしましょう。」と、伝子が言い、「うむ。それがいい。」と、理事官は同意した。

　午後３時。伝子のマンション。

　「焦らしてから殺す、か。本命じゃ無い人間が、あのリストに多く含まれている可能性があるかも知れないね、高遠さん。」

　スマホで、高遠とテレビ電話をしている、中山ひかるが言った。

　高遠は、今夜は眠れそうにないな、と思った。

　―完―