時空超常奇譚5其ノ四. 起結空話/タクシーに乗る女

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚5其ノ四. 起結空話/タクシーに乗る女

起結空話/タクシーに乗る女

 梅雨時の通り雨が去った深夜2時を過ぎた頃、1台のタクシーが外灯もない寂しい山道をヘッドライトを頼りに急いで下りていた。

 深い森に囲まれた急な坂道から平坦な道へと差し掛かったその時、タクシー運転手は前方に手を上げている白い服の一人の若い女らしき姿を見つけた。思わず気持ちが声に出る。

「嫌だな、こんな時間にこんなところに人がいる筈がないよな。絶対にアレだ」

 きっとアレに違いなかった。傍まで行くと姿が消えてしまい、今のは何だったのかというオチの怪談話だ。季節的にはちょっと早い気もする。

 この周辺は山深く自殺の名所にもなっているらしいし、そもそもこの山道は曲がりくねっている割には道幅が狭く外灯もないから事故る確率が必然的に高くなる。自殺死体や事故車が中々発見されない事もあると聞く。出来る事なら近寄りたくない。

 特にこの坂は深夜にアレが出るという噂を聞いていたせいで気の重い感覚を払拭出来ない。とは言え、深夜の山道で手を上げる女を無視する訳にもいかない。女の姿は徐々に大きくなって来る。

 女の横まで来てもその姿は消えず、表情まで見える。一般的に言われるような暗い顔のイメージとは明らかに違う、化粧は濃いめだが幽霊にするには勿体ない美人顔が微笑んでいる。

 それでも出来れば通り過ぎたい衝動を何とか抑えて、タクシーを運転する男は仕方なく後部ドアを開けた。

「どちらまで?」

「取りあえず、街までお願いします」

 そんな会話が交わされた。山奥の薄暗い外灯の下で幽霊かも知れない女を乗せた運転手の男は、口をへの字に曲げながらドアを閉めて発車した。

「お客さん、こんな時間にどうされたんですか?」

 男は恐怖心もあってか、自ら積極的に話し掛けた。それ以外に忌避感きひかんを払い退ける術が思いつかない。

「ちょっと色々あって……でも、もう終わったからいいんです」

「そうですか、それは良かったですね。でも、どうしてこんな山奥に?」

「あっそれは、初めてなので道に迷ってしまって……」

 何が初めてなのだろうか?幽霊が道に迷うのだろうか?何となく会話が噛み合っていない。

 それにしてもこの女は幽霊なのか、幽霊にしては声が明るい。女がポシェットの類さえ持っていない事や靴を履いていない事を考え合わせるなら、かなりの確率で自殺未遂で死に切れなかった女ではないだろうか。いやいや、それでも幽霊である可能性だって否定は出来ない。


 1時間程走って山を越え街の明かりが見えた。深夜なので車の通りは疎らで、人通りはない。道沿いにあるロードサイド店やコンビニでさえ開いている店はない。

 きっともういないだろうと、ルームミラーで後部座席の幽霊を確認した男は驚いた。女の座る姿が見える。

 女は幽霊ではないのか?いやいや、そんな事はあり得ない。深夜2時にあの山深い道を一人で歩く女などいる筈がないし、自殺未遂の女だとしても白い服には全く汚れがなく化粧にも乱れがないから、やはり幽霊の確率が高い。


 街の中心部を通り抜けて、街外れの人気ひとけのない住宅街に差し掛かった。

 流石にもう女の姿は消えていてシートが濡れていたという怪談話パターンだろうと再び後部座席をルームミラーで見ると、女は当然のようにそこにいた。再確認の為に後ろを振り返った拍子に、幽霊と目が合ってしまった。かなり気まずいが、ついでに見た女の脚は確りと付いていた。尤も、幽霊に脚がないというのは根拠のない話らしいので、どうでもいいと言えばどうでもいい。女は幽霊ではなく生身の人間なのかと思いながらも、何となく身体が透けているように見えなくもない。


「その交差点を右にお願いします」

 幽霊かも知れないしそうでないかも知れない女が行き先を指示した。


 暫く進んだ後、「その角を左に曲がって直ぐのアパートの前で止めてください」と、また女の声がした。ここまで来ると、幾ら何でも女が幽霊である確率はゼロに近いだろう。


 だが、それは違った。

 タクシーが指示された古びたアパートの前まで来た途端、いきなり女がとんでもない事を言った。

「私ね、このアパートの2階奥の部屋でさっき自殺したんだけど、あの世に行く途中で道で迷っちゃって。見つけてくれて有難う御座いました」という言葉とともに女は消えた。


 怪談話としては、この時点でタクシー運転手の男が驚き、あとでその話を聞かされた客の背筋が凍り付いてお終いになると相場は決まっている。

 だが、タクシー運転手の男は事の成り行きを理解しても驚愕するどころか首を傾げて困惑した。

「見つけてくれて有難う」とはどういう意味なのだろうか。単なる感謝なのか、男に現世の対応を任せるという意味にも聞こえる。

 これは、ここで死んだ幽霊があの世へ行く道に迷った挙句にタクシーで帰宅したという単純で間抜けな話なのだが、女の話によるとこのアパートには未だ見つかっていない死体があるのだから、取りあえず早急に警察署と消防署に通報しなければならない事になる。


 男は途方に暮れた。

「参ったな。オレだって崖から車ごと落ちて死んで、早く見つけて欲しいのに……」


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