第8話 さよならだけど、さよならじゃない
今日、私はサイトを去った。
それと同時に、長年住み慣れた家も…
やっぱり30歳を過ぎた娘がいつまでも、居座ってるのは体裁が悪いという事みたい。
あと、兄と兄嫁も良い顔しないしね。
一応、大手企業に勤めてるから生活に困ることは無いし、新しく住んだこのタワマンだって親の持ち物だから、自立した実感はイマイチ薄いんだけどね。
ひとり暮らしを始めてしばらくすると、寂しさが襲ってくる。
いわゆるホームシックとは違う寂しさだ。
彼氏もいないし…でも今、特にステディな人が欲しい訳じゃない。
よく、モテるでしょ?なんて言われる事はあるけど…意外とそうでも無いのよ。
政略結婚ならともかく、男性が結婚相手に望むのって自分と同レベルか、少し劣ってるぐらいの子なのよね。
顔もうーんと美形より愛嬌のある顔とか言うじゃない?
『昨日初めてホスクラ行っちゃたぁ』
職場の後輩たちが、キャッキャと話していたのが聞こえた。
『ホストねぇ……』
そう思わず呟いちゃったけど、彼女たちから離れた席だったから聞こえてないよね。
女を金としか見てない様な男は、ハムエッグでこりごりだわ。
やっぱりそこは、私を心から好きになってくれる人でなきゃね。
頭にレオの残像が浮かぶ。
彼は愛してはくれなかったし、あんな別れ方になっちゃったけど…
少なくとも私への感謝の気持ちや、私を戦友とまで信頼してくれていた彼を、嫌いになる事はなかった。
ひとり暮らしにも少しづつ慣れた頃、私は久しぶりにPCを立ち上げたの。
両親からの毎日のように届く、お見合い写真にうんざりしてたから、現実逃避したかったのかもね。
PCのデスクトップには、見慣れた配信サイトのマーク。そこをクリックすると、画面上には現在配信中のおすすめ配信者が並んでいる。
ホストに入れ込んでいる後輩たちの会話に、このサイトの名前が出てきた時は、正直ヒヤッとしたけど…なるほどねぇ
彼女たちの話から、そのホストが配信してるらしいとは小耳に挟んでいたからちょっと覗いてもみたかったのよ。
【人気ナンバーワンホストです】なんて自分で恥ずかしげもなく言う、メイクと美顔ライトで照らされた男が『アイテムナイスゥー』って叫んでるだけだった。
『フン!』
鼻を鳴らして、他のおすすめ画像の上をポインターで滑らせみた。
矢印の止まった先をクリックする。
少し幸薄そうに見える女性の笑顔を何気なくクリックした。
さっきまでの印象が一変した。
髪を昭和風にお下げに結んだその女性は、体操服に身を包み、イベントにちなんだ曲を熱唱してる。
しかもカラオケ以外の雑談タイムでは、中々の塩対応でリスナーからのコメントをさばいていた。その小気味よさに、思わず顔がほころんじゃう。
そんな矢先、リスナーの1人から、とある配信サイトの名前が出た。
どうやらアダルティなサイトらしいけど…
『アダルティなサイト』その誘惑的なワードに心惹かれる。
そのサイトを検索して、早速覗いてみた。
その日から2年の月日が流れた。
人の運命って本当に不思議ね。
貴方もそう思うでしょ?レオ。
どんなにレオに腹が立っても、処分出来ないまま、まだベッドサイドに置いているチンパンジーのぬいぐるみに向かって話しかけた。
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