でられない部屋

 目を覚ましたら何故か、見知らぬ部屋のなかにいた。前後の記憶は曖昧だ。こういった記憶はあまりなく福沢は瞬きを繰り返す。何処だと見渡す部屋は質素で見つけられたのは扉一つ。あとは眠っていたベッドがあるだけ。

 部屋を見渡してから福沢は自身の隣へと目を向けた。起きたときから気付いていたが福沢の隣にはもう一人、人が眠っていた。すやすやと聞こえてくる安らかな寝息。癖毛がシーツの上に散らばっていた。眠っているのは太宰治。福沢の部下である男だった。

 久しぶりにみる男の安らかな寝顔を暫く見つめてしまってから、福沢は可哀想かとも思いながらその肩に触れた。

「太宰。……起きなさい。太宰」

 低い声が優しく囁くが眠っている人物は起きることなかった。んんと、半分覚醒したのか眠そうな声をあげるが、寝返りをうってすやすや眠ってしまう。その姿に口角をあげてしまいながら、福沢は駄目だと首を振った。

「太宰。太宰」

 今度はもう少し声を張り上げて呼び掛ける。うぅと嫌そうなうめきをあげながら目蓋が薄く開いた。とろんとした瞳が福沢を見上げてくるのにばっ! と太宰の体が飛び上がった。

「え、社長。な、何で……」

 きょろきょろと太宰があたりを見渡す。状況を理解したのか、さぁと太宰の顔から血の気が引いていた。真っ青になるのに太宰の手を福沢が握りしめる。冷たい手。体温が移るようにぎゅっと指を絡めて握り混むのに太宰が福沢を見つめた。

「大丈夫だ。あまり心配するな。私もいる」

「……はい」

 大丈夫と伝わるように声をかければ太宰はほぅと息をついた。青ざめていた顔に血の気が戻っていく。褪赭の瞳が周りを見渡し、それからまた息を吐き出した。なにかを考えこむように黙り込んだ。

「社長はここにくる前の記憶を覚えていますか」

 暫くして問いかけられる。福沢はそれにゆるく首を振った

「いや、酒を飲んでいたとは思うのだが……。頭が鈍く痛んでいるので何かしら襲われたのだとは思う。恐らく後頭部に攻撃を受け、それで」

 話しながら福沢の眉間に濃い皺が刻まれていく。思い出していくぼやけた記憶。その中の自分の不甲斐なさと、それから、もう一つ……。舌打ちをうちそうになるのにその前に太宰が驚いた声をあげて。意識はそちらに向いてしまう。

「痛いのですか?」

 太宰をみれば不安そうな瞳が福沢を見上げていた。じっと見つめてこられるのに気にするなと言おうとする。だが心配げな仁見が真っ直ぐに見つめてきて。

「怪我を。見せてください」

 言われるのに口を閉ざす。やってしまったと思ったが時は既に遅い。そこまではと口にするがいいからと言われ押しきられてしまった。太宰が福沢の後頭部をみる。

 小さく息を飲む音が後ろから聞こえた。太宰の手が福沢の頭に触れようとしてとまった。

「血が出てますね。……与謝野先生にみて貰ったほうがよいかもしれません。ここからでたらすぐ連絡しましょう」

 口にする太宰は恐ろしい顔をしている。口を固く結び、目元を少し震わせているのに福沢はゆっくりと太宰の腕をつかむ。大丈夫。声をかけながら太宰の意識を怪我から背けるため問いかけた

「お前はどうだ。何があったか覚えているか」

 福沢の目が太宰の上から下まで見ていく。外傷はなさそうなのを確認して少しだけ息をついた。

「記憶は、殆ど覚えてないのですが……、ただ敦君達といたような気がして……彼らは無事でしょうか」

 不安そうに眉を寄せて問われる。それに大丈夫とは言ってやれないながらつかんだ手に力を込める。

「出たらすぐ連絡しよう」

「はい」

 こくりと頷く太宰。それをみてから福沢は扉をみた。部屋のなかに唯一ある扉だ。何かが張ってあるように見えた。

「さて、ここをどう出るかだが……。扉は一つあくとおもうか」

「まさか。そしたら私たちをここにいれる意味がないでしょ。開かないと考えるのが普通でしょう。それより扉のそとがどうなっているかですよね。ここで私たちの体力を奪ったところでら襲ってくるつもりかもしれませんし」

 福沢が太宰に問いかける。あっさりと太宰は首を横に振った。そうたなと福沢は頷きながらだけどとも思った。もしかしたら開くのではないかと……。じっと扉を睨み付けた。

「まあ、ここで考えていても仕方あるまい。扉をみてみるか」

 二人ベッドの上からでて、扉に向かう。扉に張られた紙に何かが書かれているのが見えてきた。扉の前にたって太宰がその字を読み上げる。

「えっと、お互いを好きにならないと出られない部屋。(恋愛的な意味で)。へっ」

「なに」

 書かれた文字を理解した二人からすっとんきょうな声が出ていく。二人の口がポッかんと開いてしまうのに、ガチャッと、軽快な音が部屋のなかに響いた。

 はっ? と二人からまたすっとんきょうな声が出ていく。信じられないと見つめる二人。

「今、あきましたか」

 きの、せいですよね。そう思いながら太宰が福沢にとう。驚きすぎて言葉が出ていかない福沢はなにかを言う代わりに手を伸ばした。ぐるりと回るドアノブ。そして、扉が薄く開く。

「開きますね」

 太宰から呆然とした声が聞こえた。

 ばたんと福沢はドアを閉める。

……

 二人の間に無言の時間が流れた。呼吸の音だけが聞こえるのに二人は一度互いをみた。耳まで真っ赤に染まっているお互いの顔をみて、すぐにそらす。不自然なほどに静かだが、それぞれの心のなかは静かとは言いがたいものだった。

 数分たって太宰はにへりとした笑みを浮かべた。いつも完璧な笑みを浮かべる男だが、今ばかりは歪んで別のものになっている。

「えっへへ、手の込んだ冗談ですね。面白いです」

「そうだな」

 震えた声が笑う。福沢も震えながら頷く。また無言になった。互いに互いをみて、顔をそらす。赤い耳は両方ともちゃんとみている。なんなら首筋まで赤い。

「あの、」

 太宰が俯いた。

「どうした」

 福沢の声は上擦る。

「念のためなんですが、その、社長は私を好きだったりするんですか?」

「……」

 途切れ途切れの小さな声が福沢に問いかけた。口を閉ざす福沢の顔がさらに赤くなっていく。色素の薄い髪のさきがピンクに見えてしまうほど赤い。

「お前はどうなんだ」

「わ、たしは……」

 福沢が顔を抑えて呻く。そして、何とか太宰にとうた。太宰の頭からぽんと音が聞こえたように思えた。太宰の目があちこちを彷徨う。口がぱくぱくと開き、空気を取り込む。

「わ、分からないです。他の人たちとは違うように感じているのは確かなんですが……。それが好きかどうかは分からなくて……」

 かああとさらに染めて福沢は顔を抑える。ちらりと福沢を見上げた。

「社長は」

 小さな声が問いかける。ぐっと福沢が喉をならす。ここまで言わせて自分が言わないわけにはなるまい。口を閉ざしては開いた。

「私は、その……。好きだ。間違いなく恋愛としてお前をその、好いてる」

 沸騰しすぎてふらりと倒れそうだった。目尻が暑くなり泣いているようにじんわりと水分が滲む。はぁ、と出ていく熱い吐息。

「そ、ですか」

 またも訪れる無言。ちらりと互いに互いをみて、それからそろりと手を伸ばした。触れ合う指先。ばっと離して無言になる。

「出るか」

「はい」

 二人の手がドアノブに伸びた




 パアーーンと大きな音がとどろく。

 二人はそれに驚くことなく見つめる。ぱらぱらと降り注ぐたくさんの色紙。二人の髪に引っ掛かっていく。福沢の目の前に長い紙のようなものが垂れ下がった。福沢の手がそれを取る。

 にこにことした笑顔が二人のめに見えた。

「おめでとーー社長!」

「やったじゃないか! 太宰」

 明るい声に福沢はため息をついた。

「やはりお前らだったか」

 乱歩与謝野。低く呟いた名前。すっと紙をみるとそこには両思いおめでとう! と賑やかな字で書かれていた。二人のほほがその文字をみて赤くなる。


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