首無し剣士は悪役令嬢の首とともに。

@Deed

第1話

 ……これどう見ても罠なんじゃないかな。そんなことを考えながらヴィラは真っ暗な通路を慎重に進んでいく。

 苦労話を散々聞かされていたヴィラからしてみればここまで何事もなく順調に進めているのはあまりにも不安にもなろうというものだ。

 なにせヴィラが送ったのは「次の満月の夜にミレット・レグセール様の首を戴きに参上致します」と鏡に映る血文字だ。

 そんなメッセージを送った以上なんの反応もないということは考えにくい。母は数千の兵士を相手にしたと言っていたし。

 普通に考えれば自分の大切な娘の首を取られるとすればどんな対策だってしてもおかしくはない。

 そんな中で可能性があるのであれば、目的の彼女を含めみんなが屋敷を離れてしまっている場合だが、それはヴィラの本能がありえないと伝えてくる。

 屋敷内に確かに彼女がいる。そこにいるのは間違いない。たとえどんな妨害があったとしてもヴィラは彼女の首をもらうつもりではあったが。


 ついに、ヴィラは目的の部屋の前までたどり着く。

 ここまで何も起こらなかったが、油断させておいて最後に罠を仕掛けている可能性もある。

 ヴィラは覚悟を決め、ドアをノックしてから剣の先を使ってゆっくりと扉を開く。

 部屋から漏れてくる臭いにヴィラは思わず一歩後ろに下がる。

 それは「死」の臭い。臭いとは言うが実際に臭いがするわけではなくそのように感じるというのが正しいのだが。


 部屋の中は星明かりがかろうじて入ってくるだけで薄暗い。ヴィラにとって暗闇は別に困るものではないので、部屋を慎重に見回す。

 ベッドの上に誰かが寝そべっている。それ以外は誰もいない。そしてヴィラの感覚はベッドの人物こそが目的のお嬢様、ミレット嬢だと示していた。

「誰?」

 か細い女性の声だった。彼女は一度咳をしてから言葉を続ける。

「今宵は危ない夜なの。だからここにいないほうが良いわ。……それとも貴方がさん?」

 ミレットがゆっくりと右手を上げる。その途端、部屋中が明るく照らされる。

 ヴィラは明るくなった部屋にやはり罠だったかと剣を構えるとその様子を見てミレットが笑い始めた。

「ごめんなさい。私の首を狙う方のお顔を見たかったの。本当に……首がないのね」

 ミレットがヴィラの顔があるであろう辺りを見つめる。そこには顔のない革鎧をまとった剣士しか立っていなかった。

「大丈夫よ。今ここにいるのは私達だけ。他の人は明日の朝までこないの」

 どこか寂しそうな顔をしてから、苦しそうな咳をするミレットを見てヴィラは理解した。彼女は見捨てられたのだと。

 

 

 ヴィラは首無しという種族だ。最初から首がない状態で生まれることと身体能力が少し高いこと以外は普通の人間と大差はない。

 だが首無しはいつまでも首を持たないわけではない。成人の儀を済ませた首無しは理想の首を求め旅を始めることになる。

 そして、理想の首を手に入れたものだけが一人前の大人として里に帰ることが許される。

 ただで相手が首をくれることなどほぼありえない。そのため多くの首無しが首を得ることなく危険な魔物として処分され命を落とすことになる。


 そんなヴィラも今年成人の儀を済ませ、自分に合う理想の首を探していたところ、運命の相手とも言えるミレットを見つけた。

 自分も命を落とすかもしれない。その覚悟を持ってミレットの屋敷へと向かってきたわけではあるのだが、そのミレットの方が逆にもう長く生きられないことが明らかな状態だったというわけである。

 「死」の臭いが彼女の体から漏れてくる。腹部と胸部の辺りが特に酷い。このままではいずれ息もできなくなるだろう。

 その臭いにつられて、死神たちがミレットの周囲に集まり始めていた。神と言う名こそついてはいるが死んだものの魂を貪る低俗な存在。それがミレットが死ぬことを望んでいた。


「ねえ、首無しさん」

 ミレットがヴィラを見て微笑む。

「貴方は私の首を欲しいのでしょう?」

 ヴィラはその言葉に頷くように、上半身を前に傾ける。首がないので上半身の動きで示すのが首無しのやり方だ。

「殺される前に貴方とお話したかったのだけれど……首がないのではお話できないわね。独り言になってしまうけれど聞いてくださるかしら」

 

 ミレットは自分の過去を話し始める。

 公爵令嬢として皆から愛され期待を受け生きてきたこと。

 その期待に応えるがために勉学に励み、礼儀作法を学び、容姿を磨き続けた結果、王子と婚約したこと。

 ここまで聞けば辛いことはあったかもしれないが順調で幸せな令嬢のお話だ。しかし突如王子から婚約を破棄されたことからおかしくなり始める。

 王子と公爵令嬢の婚約破棄などよっぽどのことがなければ起こるはずがない。

 彼が新たな婚約相手として選んだのはセアという聖女とも呼ばれ、著名な預言者でもあった別の公爵令嬢。

 彼女が彼に予言したのだ。「ミレット・レグセールは呪われている。呪われた彼女と結婚すれば国が滅びる」と。

 親たちを含めなんとかその汚名を晴らそうと努力したが、突如体調がおかしくなり両親たちに勧められ、この屋敷へと送られたのだと。

 それは自然豊かな地で安静にしていればその病も治るだろうという判断だった。

 

「私、あの方が嫌いでしたの。とはいえ、好き嫌いでどうこうできるものではありませんが……。あの方はなんとか私との婚約破棄したかったのですわね」

 ミレットが咳き込む。

「両親が言ってくださったの。貴方はもう自由に生きていいわと」

 ヴィラは部屋にあった椅子に座ってミレットの話を黙って聞き続けていた。


「隣のオーヴァルにとても美味しいカヌレのお店があるの。ああ、また食べに行きたいわ。……せっかくだからもっと遠い国へ行くのもいいわね。海とか言う塩水でできた大きな湖へ行くのも素敵だと思うの。そこでは水着とか言う薄い布を身にまとうのが常識らしいの。見てみたいわね」

 ミレットも知っているのだろう。その願いが叶わないことを。

 死神たちがあざ笑う。お前にもうすぐ死ぬのだと言っているかのように。


「ねえ、首無しさん。こんな私の首でよろしければ差し上げますわ。ですからどうか大切に使っていただけます?」

 ヴィラは椅子から立ち上がってミレットの前まで進み、ひざまずく。首を斬る際は礼節を欠かすなと母親から学んだことだった。

 ミレットはずっとヴィラを見ていたが覚悟を決めたのか目を閉じた。


 それは一瞬のことだった。ヴィラが振り落とした剣は不快な笑い声を上げ続ける死神たちごとミレットの首を骨ごと切り裂く。

 何度も練習を重ねてきたヴィラの卓越した剣技だからできることだった。

 素早くヴィラはミレットの首を掴み持ち上げる。その途端にミレットの胴体と首の双方から血が吹き出す。

 胴体からの血は特に激しくベッドを中心として部屋を真っ赤に染まっていく。


 ああ、なんて美しい首なんだろう。ヴィラは姉が言っていた事を思い出す。運命の首を手に入れた時の感動はとても口では伝えられないと。

 まさにその言葉の通りだった。こんな首に出会うことなどもうないと思うほどにミレットの首は素晴らしい。

 少し痩せ細ってはいるが、そんなことは気になることではない。


 そんな感動に浸っていると、斬られたはずの死神たちがミレットの首へと近寄り始めてくる。ヴィラとしてもミレットの魂を奪われる訳にはいかない。

 ヴィラはミレットの首を自分の首の上に向きが逆にならないように慎重に置く。

 そして、ゆっくりと首が外れないように椅子に座る。そしてそのまま動かなくなった。まるでその首が体に馴染ませるかのように。

 


「……ここが死後の世界?」

 それはミレットの首から放たれる少し異なる声。声帯がヴィラとミレットの体との間だったので声が変わったのだ。

『ああ、良かった! 目が覚めたのですね!』

「え、ちょっと何!? 頭の中から声がするんですけれど?」

 ミレットは突如脳内から響く声に驚き、周囲を見回す。

『急に首を動かさないでください! あとあたしの声も聞こえるんですね! やはりミレットさんは運命の首なのですね』

「もしかして……貴方首無しさん?」

『はい! ヴィラと言います』

 明るいヴィラの声に呆気にとられながらミレットは自分の考えをまとめていく。どうやら自分は首を彼女に切られ意識を持ったまま彼女の首になったらしい。


『えっと。ミレットさん』

「何かしら」

『なにかして欲しいことはありますか?』

「どういうこと?」

『お母さんが言っていたんです。首をもらったらその人の願いを叶えてあげなさい。それが首をもらう対価なのよって』

 ミレットはヴィラの言葉に言葉を失う。

『あとこれは言うべきではないのかもしれないんですが……ミレットさんを苦しめていたのは病ではなく毒です』

 ヴィラは気づいていた。彼女を苦しめているのが単なる病ではなく毒からくるものだと。

 だから余計に彼女の願いを叶えてあげたかった。それが復讐であったとしても喜んでやるつもりだった。


 ミレットは大きく息を吐く。一度よく考える時間が欲しかった。

「ねぇ、ヴィラ。お腹空かない?」

『どうしました?』

「私、紅茶の淹れ方上手いのよ。あととても美味しいクッキーもあるわ」

『紅茶にクッキー! それはあたしが首を手に入れたらやりたいことだったのです!』

 無邪気に喜ぶヴィラの声にミレットも思わず笑みを浮かべてしまう。

 

 ――諦めていた自分の人生がこんな形で続くなんて思ってもいなかったわね。

 首を失い血まみれの自分の胴体を眺めながらミレットはゆっくりと今後のことを考えるのであった。

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