第4話 アナタの心をお預かりします

 玉座でふんぞり返る王子へ進言。


「では王子、早速、研魔作業を始めます。胸を借りとう存じます」


 当の王子はこちらを見下すように、無言で睨み付けるだけなので、側近の宰相が小声で「王子。どうか、その様に」と促す。

 王子から「ちこう寄れ」と許しが出たので、私は段を上り王子と真っ正面から向き合う。


「それでは、胸をお借りします」


 私は腰に携えた袋から道具を取り出すと、宰相が興味を持ち質問。


「それは、なんなのだ?」


「これは【心眼しんがんルーペ】と言います。これで相手の胸の内を覗き、穢れがどれほど広がっているか、目で見て取れます」


 心の宝石は言わば魂と同義。

 ヘタに心を抜き取れば、客は生気を無くし人形のようになり、動かぬ肉体はやがて朽ち果ててしまう。


 王子の胸にかざした丸いルーペに、夜の世界が納められている。

 夜が収まっているというのは語弊があるが、心の中の世界は余計なものがない。

 今朝、食った物とか、何か下らないこと考えていたとか、惚れた異性の想像図だとか、そんなモノがいっさい無いので暗闇に見える。

 その暗闇の海に、輝く宝石が浮いているから、夜空に見えてしまう。


 だが今の王子の宝石こころは泥を塗られたように穢れ、弱々し光を放つだけだ。


 私はルーペをしまうと、周囲は何が見えたのか気になって仕方ないという顔なので、簡単に話をまとめる。


「思うほど穢れはありませぬ。これなら半日もかからず作業は終わります」


 それを聞いて安堵もする大臣もいれば、緊張した面持ちで表情を強張らせる、宰相のような人物もいる。


 私は両手を王子の胸へ当てた。


「では、貴方の心をお預かりします」


 自らの生命力を王子の身体へ注ぎ込む。

 詠唱によって王子の魂へ語りかけ、内なる世界から外の世界へ来るように、交渉した。


『As long as in the heart, within,(心の奥底に秘めた)

 A soul still yearns,(魂が切望するは)

 Our hope is not lost,(未だ失われない)

 The ancient hope,(いにしえの希望)』


 王子の胸から光の柱が現れると、柱の中を通るように、こぶし大の石が浮いて出てきた。


 取り出したばかりの宝石は宙に浮いている。

 そのままだと木から地に落ちるリンゴのように落下するので、入れ物の袋を懐から掴み、心の宝石を袋の中へ入れた。


 袋の中を覗くと、黒い邪気をまとう宝石は、禍々し塊に思える。


 私が一礼して王子から離れると、宰相が兵士に城の工房へ案内するよう命じた。


##


 城までの道中は長いゆえ、身軽な旅路は限られた研魔道具しか持ってこれない。

 作業で使う手袋とエプロンこそ自前だが、大掛かりな道具は城専属の研魔士が使っていた工房で借りることになった。


 にしても、さすが城の工房で用意された道具は、そんじょそこらの物と違う。

 どれもこれも一級品ばかりだ。

 上流階級の専属で働くのは心を病むが、至高の道具を取り揃えてもらえるのは、素直に羨ましい。


 では、取りかかるとするか。


 手袋とエプロンを身につけ、薬剤の棚から『ワックス』と書かれたラベルを取り出し、コルクの蓋を開けて香り確かめる。


 なかなかに良い。

 ロウの女王ことロウヤシを乾燥させ葉から取り出したカルナウバロウと、蜜蜂が巣作りに使う蜂蝋はちろうを混ぜたワックスだ。

 こいつは滑らかな滑り心地を生み出す。


 鉄の円卓へ進み台座の下のあるペダルを確認、ワックスを円卓に垂らしてボロ切れで円を描きながら広げる。

 ワックスを塗ることで、円盤と削る宝石の摩擦を無くす。

 次に袋から大切にしまった心の宝石を取り出して、下のペダルを踏んで円卓をコマのように回転させた後、円盤の平面へ王子の黒い宝石を押し当てた。

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