第3話 恫喝のダーケスト

 街に到着すると人混みで、もみくちゃになりながら城の正門へ到達した。

 警備兵に宰相の手紙に同封されていた、入場許可証を見せて城内へ通してもらう。

 守衛に赤い絨毯の通路を案内され"王座の間"へ案内された。


 分厚い扉が開き室内へ歩みを進めると、兵士が整列し、奥にはふてぶてしい大臣達が両脇に立ち並ぶ。

 その真ん中にある玉座には、異彩を放つ存在が腰を据えていた。

 噂に聞く、そうそうたる景観が魚眼に写る。


 玉座に座る男性の歳は、十八か十九といったとこか。

 金銀が彩飾する服を着こなす体格は、肩幅も広く、たくましい。

 光を透かす金髪は、採掘された金を練り込んだ糸かと思うくらい美しく、顔は横の広さが一なら縦が二に満たない黄金比の造形を持ち、目は鷹のように鋭く尖り、青い瞳は藍玉あいぎょくの石に見えるほど。

 しかし肌の膨らみや強く結んだ口元は、どこか幼さが残り成人しきってはいないようだ。


 総合的に見て玉座に相応しい血筋は、庶民が持ち得ない神々しさを放っていた。


 中心人物と比べると、その他の人間は霞み背景に溶けてどうでもよくなるが、話が始まれば聞かざるえない。

 玉座の右手側で白い髪と髭を蓄え、どちらもキツいカールを加えた老人が名乗る。

 

「ワシはこの国の首席を勤め皇族に使える宰相である。そなたが『恫喝どうかつのダーケスト』殿だな?」


 その通り名を聞いて顔を歪ませながら自問自答した。

 研魔士にとって通り名は、客を呼ぶ触れ込みと同じ。

 こっちから声をかけて客を呼ばなくても、通り名の評判を聞いて客の方から職人を探しに来る。


 私が職人として名前が知れ渡った頃、『魚人のダーケスト』という通り名で客が足を運んでいた。


 だが、理不尽な要求や注文に対し、怒鳴り散らして追い返していたら、いつの間にか、恫喝のダーケストとして有名になってしまった。


 私としては不名誉な通り名だが、いちいち訂正するのも煩わしく、その名で仕事を依頼した以上、私本人が来たと言った方が話が早い。


「いかにも、わたくしめが恫喝のダーケストです」


 玉座に座る皇族は高い位置から見下げて呟く。


「ふん、魚人か……」


 これでも耳は発達してるから、小声で語る不満も聞き逃さないのだが。


 魚人族は人間と会う度、キモチわるいだの不気味だの生臭いとか言われるから、この手の嫌味は適当に流している。


 宰相は気を取り直し、咳払いをしてから紹介した。


が高い。こちらにおわすお方は、我が国の次期党首、アシャトル・エレフオーン十五世である」


 次期党首、つまりはアシャトル王子だ。

 父親である先代の王を亡くしたばかりなのに、毅然としている。

 若いのに立派なものだ。

 ゆえに、悲しみにより溜め込んだ穢れも大きいのだろう。


 魚人とはいえ、人間社会の礼節はわきまえている。

 私は床に片膝を付け頭を下げて一礼した。


 そろそろ、こちらが話をしてもいい順番だろうか。


「さしあたって、お聞きしたいことがございます」


「申せ」


「城専属の研魔士はいらっしゃらないのですか?」


「専属の職人は……今はいない」


 今はいない、と答えるか……。


 王室や貴族に奉仕する、専属の研魔士の収入は破格だ。

 数年か数十年も稼げば、貴族と並ぶほどの屋敷に住める。

 職人なら憧れる優雅な暮らしなのだが、その対価には邪がつきまとう。


 研魔士は他人の心と魂のけがれを削り落とす存在。

 しかし、自分自身の心の穢れを落とすことはできない。

 医者が自分の体を手術して、自らの心臓を取り出すことができないように、研魔士も自身に研魔術をかけることはできない。


 なら、研魔士同士で心を抜き取ろうとするどうなるか?

 お互いの魔力が衝突して弾き飛ばしてしまうのだ。

 施しようがない。


 なので、他人の研魔をすればするほど、職人の心は穢れていく。

 そうして心身共に限界が来ると、異常な行動を起こし、犯罪で投獄される者もいれば自らの人生に終止符を打つ者もいる。


 つくづく因果な商売だ。


 専属となればあるじの心を磨き続けねばならない。

 日々、主の穢れと向き合う為、豪邸を建てる頃には、発狂してしまう。


 だから私は個人で工房を構え、誰にも仕事の無理強いされず、自らの裁量で作業の時間を選べる。

 己の心への負担が少なくて済むのだ。 

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