第2話 研魔術と研魔士

 生命の心を取り出し、一時的に宝石へ置き換える魔法【研魔術】

 その取り出した心の宝石から不純なモノである、"けがれ"を削り落とす技工を持つ者、【研魔士】と呼ぶ。


 人間の心は非常に繊細だ。

 産まれた時は無垢だが、生存競争が厳しい世界に加え、悪しき魂を持った人物の影響で心に邪気が塗りつけられる。


 その邪気が穢れだ。

 穢れが固まっていき心を覆い隠すと、心は黒い石のようになる。

 そうなれば、人は思いやりや慈愛といった感情を失い、他人を傷つけ、時に他者の命まで奪うほど憎み合う。


 

 だから私のような研魔士たちは、民衆が犯罪や暴動を起こし、国の治安と平和を乱さない為の防波堤の役割を担っている。



 椅子に腰を下ろし、一息付くと私は作業台の隅に置いた手紙に目を通す。


 すでに次の仕事の依頼があるのだが、受けるか受けないか悩ましい。


『拝啓、ダーケスト殿。

町一番の技工を持つとの評判を聞き貴殿へ一筆書いた次第です。

端的に申し上げ、貴殿へ研魔作業を依頼したいと存じます。

報酬は相場の三倍、結果によっては報奨金も出すことを考えているゆえ、今回の依頼を前向きに検討して頂けないでしょうか?

                    エレフオーン王国 宰相』


 国の代表に腕を買われているのは、職人としても誉れだが、文面から察するに簡単な仕事ではない。

 相場の三倍。

 しかも報奨金が付いてくる。

 ありえない報酬だ。


 だが、肝心の詳しい内容が書かれていない。

 

 さて、引き受けるか断るか……。


 私は一度、手紙から魚眼を離し、薄暗い室内を見回しながら考える。

 工房の中はなるべく光を入れないような作りにしている。

 心の宝石を磨く時、宝石が自ら放つ光を際立たせ、穢れがしっかり削ぎ落とせているか見極める為だ。

 とはいえ、結果的に室内のチリや破損を見過ごすことになり、気が付けばあっちこっちガタがきていた。

 長年、仕事にかまけて工房の手入れを怠っていたせいか、道具や資料を置いた棚はグラついて地震や嵐がやってくれば外れそうだ。

 

 この際、破格の報酬を得て工房内を建て直すとするか――――。



 次の日、草花が広がる平原、蜃気楼のように霞みかかった遠くの山々、晴れ晴れとした青空は絶好の冒険日和だ……なんて、私は思えない。


 フードを被り日射しを避けていても、洞窟のように暗い工房でこもる私には、生い茂る緑が反射する日の光すら苦痛に感じ、逃げ場がない。


 暑い、眩しい、焼き魚グリルにされる。


 そもそも私のような魚人族は、水辺や海底で生きていた民族。

 太陽とは相容れないのだ。

 陸へ上がろうと決意した祖先を恨めしく思う。


 さらに輪をかけて苦痛に感じることがある。


 短足の恐竜が荷車にぐるまに揺られ、台座の車輪が石に乗ると私の尻を痛め付ける。

 四つ股で頭部に扇のような皿をつけ、二本の槍に見える角を伸ばした恐竜。

 一応、角は三本生やしているらしいが、トリケラトプスと言う恐竜だったか?


 とかく足が遅い。

 久しぶりに洞窟のような工房を出たものだから、長いこと日の光を浴びない私からすれぱ、地獄の業火。

 フードを深くかぶって日射しを防いでも、体温が上がるばかりで頭がクラクラする。


 道中はまだ長い。

 移動時間を短縮するだけなら馬に乗り街道を駆けたり、巨大怪鳥に乗って空を一飛びすれば早い。

 

 が、個人で工房を構える研魔職人の少ない収入では、そんな贅沢な移動手段は使えない。

 ましてや、遠出するなら少しでも出費を押さえねば。

 ゆえに、格安で歩く体力を温存するだけの、足が遅い恐竜便を使わざるえない。


 先導が暇潰しに、こちらへ話かけてくる。

 

「魚人さん、城に行くってことだけど、どこかのお偉いさんかい?」


「いや、ただの研魔士だ」


「あぁ~、職人さんかぁ。そういや最近、城専属の研魔士がいなくなったて話だからね。それで仕事しに行くのかぁ~」


「いなくなった?」


「なんでも、城で一番高い塔から飛び降りたらしい」


「…………そーかい」


 私は先導の話を聞いて、日射し降り注ぐ太陽を見上げながらボヤいた。


「よく聞く話だな」 

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