第88話 上層の様子

 出発の日、今回の依頼を受けた面々は各自準備を整えて"門"の前に集合していた。

 アルス達のパーティはいつも通り、二日前の会議の際には居なかったフーリアを加えた四名。ユエ達も、ベルノルンを加えた四名全員がその場で待機している。


 しかしレイリ達のパーティはあの日のまま、レイリとアニタの二人しかこの場に姿を見せていなかった。


「申し訳ない。残りのメンバーが来られなくなってしまった」


 本当に申し訳無さそうな表情でレイリが謝罪を口にする。

 アニタもまた、彼の後方で同じ様に深々と頭を下げていた。

 会議中は敬語であったレイリだが、畏まる必要のないこの場では敬語を用いていない。しかしそれでも、その声色からは申し訳無さが伝わってくるようだった。


「成程、二人しか居ないからおかしいと思ったんだよ。良ければ理由を聞かせてもらってもいいかい?」


「勿論だ。そう大した理由ではないんだが、まぁ情けない話でね。三人のうちフェイとフィンの兄弟は間の悪い事に、予備も含めて装備を修理に出していて武器防具が無いらしい。日頃から装備の点検は怠らないよう伝えていたし、本人たちも理解っている筈なんだがね。フリッカは体調不良だ。探索師が体調を崩すことなんて滅多に無い筈なんだが、昨晩から高熱で寝込んでいるとのことだ。全員説教はしておいたとも」


「まぁ今回は急な依頼ではあったからね。一概に彼らを責めることも出来ないな。この面子ならどうにでもなるだろうしね・・・と、そういうわけなんだけどユエさん達も構わないかい?」


 レイリのパーティメンバーとは誰一人面識が無く、そもそも自分も渋々参加している立場であるユエには特に意見するようなことも無かった。そうでなくとも、無理を押して何が何でも参加しろ、などと言うようなブラック精神をユエは持ち合わせていない。事情があるのなら仕方ないと割り切る程度の分別は持っている。


「ふむり。まぁ事情があるならば致し方無かろう。わしらは構わんぞ」


「そう言ってもらえると助かる。迷惑をかけた埋め合わせは必ずしよう。差し当たって、内部の露払いは我々が行いましょう」


 律儀に謝罪を述べるレイリに対して、『気にするな』と手をふるユエ。

 折角装備関連の話が出たというのに、自分を売り込むといった発想がさっぱり出ないあたり、何時まで経っても店に閑古鳥が鳴いている理由の一つはこういう部分なのかもしれない。


「さて、過ぎたことを言っていても仕方がない。早速調査に向かおうか」


 一時的に一つのパーティとして活動することとなった一行は、ごく小さなトラブルがありつつも、予定通り迷宮へと足を踏み入れてゆくのだった。



 * * *



「今回の主目的は二つ。一つは会議でもあったように異変の調査と原因の排除。これは皆も承知していると思う。それとは別にもう一つ、追加のオーダーが入ったよ。異変があった当時に探索に出ていたパーティが二組、まだ戻っていないらしいんだ。というわけで、彼らの捜索と救助も仕事のうちになったよ」


 第一階層を歩きながら、今回のリーダーであるアルスが情報を追加する。

 このあたりは好戦的な獣もおらず、気を張る必要もない。


「えー。もうそれ遺品の回収じゃん」


「まぁそうだろうなァ」


「身も蓋もないですけど、そうでしょうねぇ」


 アルスのパーティメンバーである三人も初耳だったらしく、イーナなどは露骨に不満を垂れていた。残るアクラとフーリアも、イーナの言葉に同意見であるようで、あまり気分が乗らない様子であった。


 一方で、ユエ達もまた不満を垂れていた。


「契約を結んだ後で内容を追加するとは何事じゃ!」


「そうッスよ!契約違反ッス!」


「あまり。褒められた行為ではありませんね。私はどちらでも良いですが」


「戻ったら支部長の椅子に爆破魔術を仕込んでおきましょうか」


 依頼の内容自体には然程興味がないベルノルンは中立。

 さっさと終わらせて帰るつもりでいたユエとエイルは、面倒な仕事を増やしてくれたな、と大騒ぎ。ソルに至っては過激派であった。


「うん、いやまぁそうだよね・・・でも、誰かがやらなきゃ行けないことだから仕方ないよ。皆には申し訳ないけど、ここは僕に免じて許してくれないかな」


 別にアルスが悪いわけではないのだが、人の良い彼はどうにか場を収めようと試みる。アルスとて当然、直前に依頼内容を追加したことに関しては快く思っていない。それでも自分が矢面に立って皆を諌めようとするあたりが彼の美点でもあった。


「まー、アルスがこの手の頼み事断れないのはいつもの事だしねぇ」


「うっ・・・耳が痛いな。お詫びと言っては何だけど、戻ったら僕が皆になんでも奢るよ。それで勘弁して欲しい」


 流石は常日頃から行動を共にするメンバーといったところだろうか。当初は不平こそ垂れていたものの、イーナ達の三人は直ぐに理解を示していた。

 しかしもう片方は一筋縄では行かなかった。


「『僕に免じて』じゃと!?誰じゃおぬしは!話にならん、責任者を出せ!」


「そうッスよ!ひっこめヘタレ!」


 もはや悪質なクレーマーと、その金魚の糞と化したユエとエイルによる反発が続く。更にはぎゃあぎゃあと喚きながらアルスの周りを取り囲み、ぐるぐると二人で回り始める始末であった。


 どうみてもただの悪ノリで、実際二人はアルスを弄って遊んでいるだけなのだが、弄られている当の本人はまるでこの世の終わりのような、絶望的な表情で言い訳をしていた。


「い、いやっ、違うんだ。これは・・・その、ど、どうしても断れなくてというか・・・協会の依頼には協力する義務があって・・・」


「たわけー!ソレとコレとは話が違うんじゃー!子供の約束でもあるまいし、そんなもん契約違反の言い訳にはならんわー!」


「そうッスわ!巻き込まないで欲しいッスわー!」


「い、いや・・・た、確かに、そうなんだけど、いや、でも違うんだ!」


 しどろもどろに成りながらも必死にクレーム対応しているそんなアルスの様子を、少し離れた場所からレイリが見ていた。彼は今、過去の自分の判断を心底褒めてやりたかった。


「・・・リーダーなど引き受けなくて正解でしたね。アレを捌く自信は、私にはありません。アニタ、我々は巻き込まれないよう露払いに専念しましょう」


 しかしレイリが同意を得ようと視線を向けた先では、アニタがほっこりと表情を緩めながらユエ達を見つめていた。


「あ、ぴょんぴょんしてて可愛いなぁ。羨ましいなぁ、アルスさん」


 小さくて可愛いものが大好きな彼女は、その巨躯に似合わず自らの部屋すらも可愛らしい内装で整えている。そんな彼女は、メスガキ感満載でアルスを煽り続けるユエ達の姿に感動し、青ざめた顔で狼狽するアルスに羨望と嫉妬の眼を向けていた。


「・・・当初は万全の布陣だと考えていましたが、急にこの面子が不安になってきましたよ」


 手に負えないとばかりに肩を竦め、レイリは先に進んでゆく。

 そしてそんなアニタに何かを感じたのか、ソルがこそこそとメモを取っていた。



 * * *



 初日の終わり、一行は上層の最終階層である30階層で野営を行っていた。

 連携を確かめるという目的もあり、彼らの実力からすれば遅いとさえ思えるような、そんな探索速度であった。ちなみに連携などまるで確認出来ていない。


 今はまだ上層の立ち入りが禁止されていないこともあり、少数ながらも他の探索士パーティの姿も見られた。

 となれば、"門"の直前で野営を行おうものならばすぐさま取り囲まれて質問攻めに合うのは目に見えている。そういう理由で、一行は"門"から少し離れた地点にある広場に陣取っていた。


 そこは大きな空洞が部屋の様に広がり、壁や地面はなだらかな岩場で出来た広場であった。そんな広場に、何か弾力性のある物で地面を打つような音が何度も響いていた。


「ヘイヘイ!パスッス!」


「あッ!くそぅ!」


「私は。そう簡単にいきませんよ」


「それはどうかのぅ!生憎と、この手の競技で負けた記憶はないんじゃよなぁ」


 エイルから受け取った、イーナの足元を潜るように通されたパス。上層では珍しい被甲目アルマジロ型の歪魔を地面に打ち付けながら、ユエが不敵に微笑んでいた。対するベルノルンの表情はいつもと同じように真剣そのもの。


 ダムダムと地面に打ち付けられる歪魔を自らの股に通し、或いは腰で回し。まるで手足と一体化しているかのような完璧なドリブルは、しかしベルノルンの優れた動体視力に捉えられてしまう。もはや動きが視認できないほどの速度で突き出されたベルノルンの手を、ユエが歪魔を保持していない方の手で払い除ける。


「ふッ!」


「甘いわ!」


 弾かれた腕にベルノルンの視界が遮られた直後、ほんの僅かな隙にユエの身体が沈み込み、一瞬でその小さな姿が消える。あっ、という間もなくベルノルンを抜き去ったユエは、そのまま夕食の準備をしていたゴールアクラの頭へと歪魔を叩きつけた。


「ダーンク!」


「いってぇ!あ!?何だコラァ!」


 当然のように怒りを露わにしたアクラが、自らの頭部に叩きつけられた歪魔を小脇に抱えてユエ達のほうへと詰め寄ってゆく。


「オウ、何してくれてんだテメェら、メシの準備してんだよ!」


「まぁ待て、ちゃんとダムダムせんか。三歩以上歩くと反則じゃぞ」


「あ!?」


 しかしユエ達はどこ吹く風。

 それどころか、いつの間にかアクラの背後から迫っていたベルノルンが歪魔を奪い返していた。


「隙あり。注意力散漫です」


「は!?」


 そうしてベルノルンのドリブルと共に、全員が逃走を始めていた。

 状況もルールも、何も理解らないままただ己の頭部に歪魔を叩きつけられたアクラからすれば怒らない理由などなかった。


 肩を震わせ、逃走を続けるユエとエイル、イーナとベルノルンを見つめていたアクラであったが、ついに火が着いたらしい。腰に巻いていたエプロンを脱ぎ捨て、意味もわからないままにユエ達を追い回し始めた。


「待てやコラァ!!ぜってぇ泣かす!!」


 食事の準備をサボって怪しげな競技に精を出す、そんな彼らをレイリが遠くから眺めていた。ちなみに几帳面な彼らしく、エプロンはもちろんのこと三角巾まで装着している。


「・・・彼女たちはいつもあのような感じなのか?」


「うーん。僕も前に一度、合同で歪園を攻略したことがあるだけだからね。まぁでも概ねあんな感じだったよ。いい意味で緊張感が無いというか、空気を和ませてくれるよね」


「・・・緊張感が無さ過ぎだろう」


 当初の安心感は何処へやら、既にレイリの胸中には不安しか無かった。これならば無理を言ってでも、パーティメンバーの三人を連れてくるべきだっただろうか。今更悩んだ所でどうにもならない事とはいえ、レイリはそう思わずには居られなかった。


 その背後には、せっせと食材の皮を剥くアニタと、隣から彼女に何かを囁くソルの姿があった。アニタは時折興奮したようにソルへと向き直り、何事か質問をしている様子であったが、その内容を聞いている者は誰も居なかった。

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