第87話 打ち合わせ
ユエは考えていた。
(これ、別に引き受けなくても良いじゃろ・・・?)
確かに、昨日のキリエとの契約もあって、協会には出来るだけ協力しようとは考えていた。いざというときには踏み倒せるような契約にもしてあるとはいえ、だからといって積極的に協会を袖にするつもりもない。
だからこそ招集にも応じたし、今回の依頼内容も半ば予想できていた。ひどく面倒だという気持ちこそあったが、渋々引き受けるつもりで居た。しかし───。
周囲をぐるりと見渡せば、その実力をこの目で見ているアルス達。
そして実力こそユエは知らないまでも、一見して優秀そうな二人の探索士。この場に居ないだけで、残る彼らのパーティメンバーも優秀であることは想像に難くない。
「今回君たちに声をかけたのは、君達がここイサヴェルに所属、あるいは滞在している探索士で、特に優れた三組であると名前が挙がったからだ」
誰がそんな余計な事を言ったのか。
ちらりと後方へ視線を向ければ、そこには口を尖らせ、鳴りもしないカスカスの口笛を吹いているナナの姿があった。
(あの阿呆・・・)
こちとら本業鍛冶師なのだ。
だがどうだ、知らぬ間に本職の探索士達と同じカテゴリに入れられているではないか。アルス達と、それに準じた腕を持つパーティが居るのなら自分たちまで動員しなくても良いのでは?
などとユエが脳内でぐるぐると考えを巡らせて居る内に、徐々に逃げ道が塞がれてゆく。
「もちろん僕らは引き受けるよ。単純に心配だし、それにラギエルさんにはいくつか恩もあるしね」
「ま、それを抜きにしても別に断る理由が無ェしな」
「んだねぇ。このメンバーなら万が一も無いっしょ」
アルスとアクラ、それにイーナが支部長に賛同する。
ユエはまだ行くとは言っていないが、イーナの一言はすっかり同道することが決まっているかのようであった。
「そもそも我々は普段から下層及び深層で探索していますからね。別段普段と変わる事も無い。いつも通り探索を行って、ついでに異変の調査をすればいいと考えれば、それほど負担にもなりませんね。それにこの三組であればむしろ普段よりも楽に進めるというもの。そのうえ噂の彼女達の実力も拝見させてもらえてるというのだから、私達にとっては一石二鳥どころか、一石三鳥と言えるでしょう。『あの時のユエさんが凄かった』だの『ソルさんの魔術がヤバい』だのと、アルス達が事あるごとに引き合いに出すものですから、実はとても気になっていたんですよね。結局のところ───」
(だからまだ行くとは言っとらんじゃろ!)
「が、頑張ろうねぇ。あ、疲れたら私がおんぶするから安心してね」
(見た目に反して声可愛すぎるじゃろ!)
レイリとアニタも既に乗り気のようで、やはりユエ達は頭数に入れられていた。こうして逃げ場を失ったユエは、一縷の望みをかけて左右に座るソルとエイルへ視線を向ける。
しかしソルはいつも通り、特に何も口にすること無く、ただ『お姉様のご随意に』といった表情で見つめ返してきた。恐らく、否、間違いなくユエの考えは読めているであろうが、それを含めて尚ユエに判断を委ねる姿勢だ。
「んぅ・・・ッス・・・ふごッ」
エイルは寝ていた。
厳密に言えば支部長の話の途中で既に寝ていた。
こんな侍女が許されていいのだろうか。確かにどのみち最終的な判断を下すのはユエになるのだろうが、それにしても興味が無さすぎる。非常に腹立たしい。とりあえず口の中にソルの飴を放り込んでおくことにした。
結局もはやどうにもならない。
この状況で『いや、面倒じゃからわしら行かない』などと口に出来るほど空気が読めないユエでは無かった。断るに値する確かな理由でもあればまた違ったが、どれだけ頭を捻っても『面倒だから』という理由以外に思いつかなかったのだ。
そのような理由で断ろうものならば、イサヴェル支部全体からの印象は当然悪くなってしまう。これから活動しようと居を構えた都市で爪弾きにされるのは避けたいし、今現在閑古鳥が鳴いている店の方にも、一層客が寄り付かなくなる可能性があった。唯我独尊を唱えているわけではない以上、元々ユエ達に選択肢は無かったということだ。
「・・・まぁ、なんじゃ。行けばいいんじゃろ、行けば・・・」
非常に消極的な同意を示したユエの言外に込めた思いは、残念ながらラギエルには届かなかったらしい。届いていてなお無視されたのかも知れないが。
「おお、行ってくれるか。有り難い。実はティアレ君から一筋縄では行かないパーティだと聞いていたので心配していたのだ。安心してくれ、報酬は約束する」
「誰が一筋縄では行かない根性ひねくれ集団じゃ」
「そこまでは言ってないが」
「そしてティアレとは何者じゃ。唐突に新キャラを出すでないわ」
「ん?君たちの専属サポート、ナナ・ティアレのことだが」
当然初耳であった。
ナナの姓もそうだが、彼女が自分たちの専属となっていたこともユエは一切知らなかった。妙に毎度毎度、自分たちの各種受付を担当してくると思っていたが、どうやらいつの間にか彼女が専属となっていたらしい。というか彼女は人気受付嬢ではなかったか。
ナナ自身が話していないのだからユエ達が知らないのも当然なのだが、専属と言うのであれば一言くらいあってもよいのでは。そう考えたユエが再度ナナへ視線を向ければ、彼女は相変わらずカスカスの口笛を吹いて知らぬふりで通そうとしていた。
「ほぅ・・・初耳じゃな。して、その専属サポートとやらは何なのじゃ?」
「正式に決まったのは今朝だからな。読んで字のごとく、君達専門の受付担当ということだ。何処かしらのパーティ専属となった職員は、他の探索師の受付を行うことは無くなる。その分、担当するパーティが十全に探索出来るよう、様々な面でのサポートを行う。その活躍を認められ、我々探索士協会にとって支援する価値が高いと判断されたパーティには、こうして専属をつける事がある。要するに・・・期待の表れ、或いは贔屓だ」
「ほーん・・・わしら何か活躍したか?」
「君達の深度は俺も知っている。確かな実績はまだ無いが、期待値でいえば断トツだ。そこに加えて先日の迷宮内における探索士救助。そして・・・まぁある意味これが一番の理由とも言えるんだが」
「じゃが?」
「
「・・・まぁ気の毒じゃとは思うが」
要するにラギエル支部長の話をまとめるとこうだ。
昨晩、全ての探索師が協会を出た後、諸々の業務を片付けて一息付いていたラギエルの元へ、キリエとジラントが訪ねてきた。上司どころか、役職を幾つもすっ飛ばしていきなり協会の最高責任者が現れたのだから、ラギエルはそれはもう慌てに慌てた。
古今東西津々浦々、上役の視察などというものは最低のイベントのうちの一つだ。別に疚しい事があるわけではないが、彼らは常に重箱の隅をつつくかのように、何かにつけて文句を言い気持ちよくなって場を後にする。
それが抜き打ちで行われたようなものなのだから、ラギエルが狼狽したのも仕方がないだろう。
結果から言えば、彼らは別段何かしらの文句を言いに来たというわけではなく、ただユエ達に便宜を図るよう指示を出して帰っていった。とはいえその一時のストレスは相当な物だったのだろう。先の愚痴地味たラギエルの言葉はそういう背景で吐かれていたらしい。
「成程のぅ・・・。ということはそっちの二組も専属が付いておるんじゃろうか?」
「有り難いことに、僕達にも付いて貰っているよ。もう結構な付き合いになるね。いつも助けられているし、ウチの六人目のメンバーと言っても過言では無いかもしれないね」
「ちょっとばかし口煩ェがな」
この場には居ない専属サポートを思い出すように、アクラが微妙に顔を顰めた。お世辞にも素行が良いとは言えないアクラのことだ、不仲とは言わずともしょっちゅう怒られてでもいるのだろう。
「勿論我々にも付いてますよ。近況や下調べ等、主に情報面で助けて頂いて居ますね。迷宮探索に於いて情報は武器です。いざ探索が始まれば、知らなかったでは済まされない事態は山程有りますからね。無論我々も情報収集は怠っていませんが、やはり彼らの情報網は我々のそれよりも数段上です。つまり専属が居れば、情報のすり合わせを行うだけで探索中の危険度は格段に下がります。また取得物の査定も順番待ちをする必要も無く、高難度の依頼等があれば優先的に回して頂けますからね。非常に助かっておりますし、なにより───」
「要するにとっても心強いってことだよっ!やったね!」
そして予想通り、レイリとアニタのパーティにも専属が居るらしい。
アルス達の意見と合わせれば、専属については概ね好意的な感想しか出てこなかった。であれば断る理由も特別無いだろうと、ユエ達もまた専属の話を受け入れた。
「ちなみに君達のパーティの専属を募ったところ、非常に高い倍率となった。具体的にはまだ何処のパーティにも付いていない、専属資格を持つ職員十人のうち、実に九人が手を挙げたよ。どうやら噂では既に君達にはファンも居るらしいし、近年稀に見る人気と言えるだろう」
どうやら知らぬ内に、知らぬ所で怪しげな人気を獲得していたらしい。
しかしナナもまた人気受付嬢ではなかったか。ユエがそう考えていたところでラギエルから補足が入る。
「ティアレ君もイサヴェル支部が誇る一番人気の受付嬢でね。人気者同士仲良くやってくれたまえ」
見ればナナは無駄にデカい胸部装甲を誇示しながら腰に手を当てドヤ顔していた。エイルと似た匂いを感じるその態度が腹立たしい。しかしそれほど長い付き合いでもないというのに、彼女が専属に立候補した理由がユエには理解らなかった。
付き合い長く、勝手知ったる信頼関係であるというのならばまだ分かる。
普段は飄々としているあざとい彼女だが、数度の会話の中で彼女なりに何か自分たちに感じるところがあったのだろうか。しかしそうだとすれば、他の職員まで立候補した理由が理解らない。
「・・・ちなみになんじゃが、立候補者が多かった理由は何なのじゃ?」
「ああ、それは───」
「ちょっ!支部長!駄目ですぅ!」
ラギエルの後方でドヤ顔を決めていたナナが慌てて止めに入るも時既に遅し。ラギエルの口は止まらなかった。
「───楽そうだから、だそうだ」
「楽そう」
「ああ。専属になれば別途手当が給金に上乗せされるしな。ティアレ君曰く、『あの人達は実力だけは間違いないから、専属が多少サボってもどうにかなる』『最悪何もしなくても給料が上がる物件』だそうだよ。ちなみに他の職員達は単純に君達のファンになっただとか、見ていて飽きないだとかだな。
碌な理由ではなかった。
少なくとも、何か感じるところがあった、探索士としては初心者であるユエ達を支えてあげたい、などという高尚な理由は一つも無かった。
「ほーん・・・」
ユエは隣に座るソルから飴を一粒受け取り、親指で飴玉を弾き飛ばした。飴玉は狙い過たず、慌てて大口を開けていたナナの口へと吸い込まれていった。
「さて、無事に全員の承諾が得られたので、正式に君達へ依頼を出そう。目標は異変の調査と解決。基本報酬はそれぞれ一組ずつに白貨2枚ずつ。あとは結果次第で上乗せ相談だな」
それぞれに白貨二枚とは随分と太っ腹なことである。先の
それほど協会側は今回の異変を早期に解決したかった。中級探索士達が迷宮探索を行うことが出来ないという状況は、協会側としても痛手なのだ。
「今回は三組のパーティで合同での探索となる。一応リーダーを決めておかなければならないが、まぁ今回はアルスに頼もうと思う」
「僕は構いませんが・・・」
「異論ありませんよ。私は彼女達の実力を知りません。全員の実力を知っている君が指揮を執るべきでしょう」
ラギエル支部長の提案に、レイリが珍しく言葉少なに賛同を示し、一行のリーダーはアルスが務めることとなった。
無論ユエにも異論は無かった。仮に自分が指揮を任されたところで、出せる指示など『全員突撃』くらいのものである。このメンバーであれば案外どうにでもなりそうではあるが。
「余り長く間を空けると状況が変わるかもしれん。しかし急いては事を仕損じるともいう。というわけで出発は明後日、2日後の朝ここに集合だ。各々準備を怠らないようにな。何か質問はあるか?」
(あの牛乳女をさっそくこき使うとするか。人を金蔓扱いした罰として買い出しでもさせてやろうかの)
一人だけは邪悪な企てをしていたが、それ以外には誰も不明点は無いらしい。
「不明な点があれば当日までに申し出るように。ではこれで話は終わりだ。解散してくれ」
ラギエルの言葉を皮切りに、レイリが退室してゆく。アニタはユエの軽く頭を撫でてから小さく手を振り、小走りで退室していった。
「あ、ユエさんもし良かったらこの後・・・い、いや、やっぱり僕たちもお先に失礼するよ」
「ヘタレが・・・またご一緒だな嬢ちゃん達。よろしく頼むぜ」
「ユエちゃーん、また後で行くからねー」
レイリ達に続いてアルス達も退室してゆく。
それを見送ったユエ達も、未だ着席したまま『さっさと当日の準備をしてこい』といったオーラを放つラギエル支部長に追い出されるかのように退室していった。
突如口内に投下された未知の味に苦しむナナと、いつの間にか口内に入っていたクソ不味い飴に悶絶するエイルの片足を引きずりながら。
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