第83話 長話②

ユエは頭を抱えていた。

彼女は本職の探索士ではない。イサヴェルへ来たのも素材を得るためであり、つまるところ結局は鍛冶のためである。ベルノルンとの模擬戦依頼、確かに戦うのも悪くないと思い始めていたのは事実だが、それとこれとは話が違う。彼女は優先順位を間違えたりはしない。今も昔も、彼女の一番は鍛冶なのだ。


「どんまい」


「くうッ・・・殴りたい」


眠そうな瞳で他人事のように雑な慰めを寄越すキリエの顔は、なんだか無性に殴りたくなった。無論そのようなことはしないが。一方、つい先程まではユエと同じように酷く面倒そうな表情を浮かべていたソルは、しかし既にいつも通りの冷静な姿に戻っていた。それどころか何やら若干喜色を受けべているようにすら見える。


「よく考えればお姉様ならば当然のことですね。漸く女神なにがしにもお姉様の魅力が理解出来たようで大変結構です」


「わしの妹が何やら恐ろしい事を言っておる」


ユエがちらりと、念のために教皇の様子を伺うが、別段ソルの発言に気を悪くしたようには見えなかった。ちなみに、ユエは女神の存在を特別視していない。神など存在しない、と声高に宣言するほどの無神論者という訳では無いが、さりとて神を信じ崇めているというわけでもない。典型的な日本人タイプである。


ソルもユエと同じく、神の存在を信じていない。というよりも興味がない。居ようが居まいがどちらでもよい、といったスタンスだ。これはエルフとしては珍しい部類であり、そんな彼女にとっては義姉が神といえるだろう。激重である。


「まぁ"渾天九星ノーナ"に選定されたからといって、何かしら義務が課せられる訳でもない。我々協会側から何かを要求するというわけではありませんのでご安心を。協力を要請することはありますがね。公表も暫く先になりますし、取り立てて何かが変わるという事は無いでしょう」


「既におぬしらという、怪しげな集団のトップが家に押しかけて来ておるがのぅ」


「ふっふ。照れますな」


「よせやい」


「ぐっ・・・殴りたいッ」


呑気にボケる二人の来訪者の姿に、そんな衝動をぐっと抑え込む。

ジラントの話を信じるのならば、今のところは実害は無い筈である。


「さて、それでは先へ進みますよ。どこまで話しましたか・・・あぁ、"渾天九星ノーナ"のくだりでしたか。おほん・・・"渾天九星ノーナ"とは先程申し上げた様に、"厄災"に対抗するための戦力です。しかしその選定にはとある基準があります。現在"渾天九星ノーナ"に選ばれている者達は全て、その基準を満たしている事になるのですが・・・お分かりになりますかな?」


咳払いをしたジラントは、続いてユエ達に問いを投げる。

つまりは共通点ということなのだろうが、しかしそもそもユエ達はアルスとベルノルン以外の"渾天九星ノーナ"を知らない。答えを導き出すにはサンプルが少なすぎた。


「む・・・神器の有無・・・か?いや、わしらが選ばれたというのなら違うか」


「はて。単純な戦力、つまりは深度では無いのでしょうか」


それでも今ある材料から、なんとなくとこうではないか、といった程度の予測を立ててみる。しかしそんなユエとソルの解答を聞いたジラントは、満足そうな笑顔とドヤ顔を見せた後、真顔でこう答えた。


「違います」


「シバくぞ」


「ふっふ、まぁそう言わずに。ちなみに正解は『魔術師ではない事』です」


「・・・何じゃと?」


「これは、少々予想外でしたね」


確かに、二人の知る"渾天九星ノーナ"であるアルスもベルノルンも魔術師ではない。二人とも魔術は使用するが、基本的には身体強化や自己の戦闘補助である。ジラントの言が確かならば、その他の"渾天九星ノーナ"とやらも魔術師ではないということだろうか?

と、ユエとソルはそこであることに気づく。お互いに視線を交わすのみで口に出しはしなかったが、この時点でジラントの言いたい事が大凡掴めていた。


「・・・成程」


「一応最後まで聞こうかの」


「ふっふ。ではお言葉に甘えて。"渾天九星ノーナ"の中にはその類稀なる頭脳を武器としている者もおりますが、しかしその殆どが武器を使用した戦闘に特化する者であります。これは過去に選定されていた者も同様です。そしてその総てが魔術を行使こそすれど、最たる武器とはしておりません。私などよりもお二人の方が余程詳しいかと思いますが、世界で最も魔術に精通していると言われている、かの高名な"賢者"ミムル・リル・アルヴ殿でさえも"渾天九星ノーナ"には選ばれておりません」


「・・・」


「単なる戦闘力であれば間違いなく選定されているであろうあの方が選ばれていない事が、"渾天九星ノーナ"選定の条件が『魔術師ではないこと』の証明となるでしょう。つまりお二人の想像通り、他の"渾天九星ノーナ"も全て魔術師では無いということです───ソルブライト王女殿下、貴方を除いて」


「しょうたいあらわしたね」


「やかましいわい・・・さて、それで、何なのじゃ?」


思い出したかのように茶々を入れてくるキリエを無視して、ユエはジラントをじっと睨みつける。彼の真意は未だ不明だが、もしもソルに何かしら危害を加えるようならば容赦はしない。ユエの瞳はそう物語っていた。そんな敵を射殺すような威圧感を放つユエの瞳は、政治的な修羅場も、戦場の死地さえもくぐり抜けてきたジラントを以てしても、心胆寒からしめる程の圧を放っていた。


一瞬の内に殺意を剥き出しにしたユエの視線をその身に浴びることとなったジラントは、冷や汗を垂らしながらもどうにか口を開いた。


「ぐッ・・・流石・・・ですね・・・。ですがお待ちを。我々は彼女に危害を加えるつもりも、ましてや何かしら不当な要求を行おうというのでもありません。ですから一度、落ち着いて続きを聞いていただけると助かります。貴方の圧はこの老体には厳しい」


「・・・ふん、言うてみぃ」


ふっ、とユエから放たれていた圧が霧散する。

ジラントは何処からか取り出したハンカチを手に、額の汗を拭っていた。


「ふぅ・・・いやはや。"厄災"を退けたその実力、覚悟はしておりましたがまさかこれほどとは・・・」


「いまのはジラントが悪い。じごうじとく」


ジラントをそう揶揄するキリエは、意外にもまるで動じていなかった。

それどころかユエの能力を垣間見ることが出来た喜びからか、にんまりと満足そうな表情を浮かべていた。ソルはソルで、義姉が自分のことで怒っているという事実に恍惚の表情を浮かべていた。案の定、その整った鼻からは朱が一筋。


「我々スヴェントライト教の本懐は先程もお話したように、一貫して"厄災"から人類を守る事。女神に誓って断言します。さて、まずは何故魔術師が"渾天九星ノーナ"に選ばれないのか、その理由をお話致しましょう・・・と言っても、一度"厄災"と戦ったお二人はお分かりでしょうが」


「ふむり・・・魔素、じゃな」


ユエは先の一戦を思い起こす。

最も特徴的だったのは、あの竜もどきの纏っていた漆黒の鎧。

魔素の塊で編まれた鎧は魔力を通さず、伸縮自在な上、物理的な衝撃すら軽減して見せた。こうしてみれば魔術だろうと物理だろうと関係なく効果が無いように思えるが、少なくとも『鬼哭羅刹』状態のユエの剣撃は通ったのだ。つまり単純な威力さえ足りていれば物理は通るということだ。


「その通り。彼らが魔素を取り込み蓄えることは先程も申し上げましたが、その魔素が問題なのです。体内で変換された魔力と比べ、より純度の高い魔素には、それが魔力を用いているものである以上、魔術は霧散、或いは吸収されてしまいます。これは魔術の規模や精度の問題ではありません」


「ふむり」


「一方で、条件こそ厳しいものの、物理攻撃であれば通すことは可能だと過去の記録にも残っています。神器による攻撃であったり、単純に防御を上回る破壊力であったり、ですな。これが"渾天九星ノーナ"に魔術師が選ばれない理由です」


「・・・うむり」


「それを踏まえて。我々の調べではソルブライト王女殿下は賢者殿と同じく生粋の魔術師の筈でした。しかしそれでも貴方は"渾天九星ノーナ"に選ばれた。魔術師であるにも関わらず、です。つまり・・・貴方は我々の知らない、"厄災"にすら届きうるを持っている」


「成程。理屈は通っていますね」


「そしてこれこそが、我々がここへ来た最大の理由でもあります・・・単刀直入にお聞き致します。そのは、我々にも可能でしょうか。また、ご教授願えるものでしょうか」


「どんなほうしゅうも思いのまま」


「妙に確信めいておるのぅ・・・」


ユエ達はまだ肯定も明言もしていない。にも関わらず、まるでそうであると確信しているかのよう。

ジラントとキリエの表情からはそう感じられた。


「ソル、どう思う?」


「私は問題無いように思います。如何様にでも、といったところですね」


ユエは思案する。ここで『魔法』を知られた場合の恩恵メリット問題点デメリットを。

前者は今後、彼らの協力を得られるということだろう。世界に根を張る最大の宗教団体ともなればその力は計り知れない。鉱石や資源等、欲しい情報を融通してもらえるかも知れないし、或いはたかれば現物を貰えるかも知れない。あまりにも私欲に満ちた考えではあるが。


後者は勿論、どう考えても面倒事に巻き込まれる頻度が増えるであろうことだ。

"渾天九星ノーナ"として選ばれてしまった以上、ある意味では今更なのかもしれないが。

それにもう一つ。仮に目の前の二人、キリエとジラントを信用したとしても。

そこまで考え、静かに話を聞いていたベルノルンのほうへと視線を向ける。


ユエは基本的に会ったことのある人間しか信用しない。無論、ベルノルンに関しては既に信用出来ると相手だと思っているが、しかしその先、彼女を通してでしか見えない王国の上層部は信用出来るはずも無かった。そんなユエの視線に目ざとく気づいたベルノルンが気を利かせようと声を発する。


「退室。していたほうがよさそうですね」


そんな彼女の姿に、ユエはかぶりを振って考えを改める。


「いや、構わぬ。というよりも、おぬしにはいつかは話すつもりでいた」


そうだ。一度刃を交え、この街へ来てからは世話になりっぱなし。そして今、パーティメンバーとして共に活動している彼女を信用せずして何を信じるというのか。そうと決めれば、あとは早かった。


「他言無用じゃぞ───ソル」


「はい。では───」


姉妹の間でのみ交わされた。短い言葉。

その直後、ユエの隣に座るソルの手の中には、掌サイズの小さな漆黒の正方形が現れていた。

アルス達への説明の為、先の"厄災"との戦いの最中にも見せた『魔法』による障壁である。

一目で魔術とは異なることが理解できる異質な。ユエ以外の全員の視線を集めるソレは、ソルの手の中でくるくると回っていた。


「成程。これが・・・ソルさんの奥の手、といったところでしょうか」


「これ・・・は・・・まさか」


「おどろいた。これは魔素?」


「はい。この部屋内ではこのような手品地味た事しか出来ませんが。これが私とお姉様が『魔法』と呼ぶ、魔素を直接操る術です」


歪園メイズとは比べ物にもならない程少量の魔素しか存在しないこの室内では、この程度の時間しか持続しないのだろう。ソルの言葉が終わると同時、掌の中の黒い障壁は音もなく消え去った。


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