第82話 長話
「わ───ユエじゃ」
「ソルです」
世界中に信徒を持つ世界最大の宗教団体、その教皇に対してもごく簡単な自己紹介で済ませた二人。当然礼を失した行為であるが、しかしキリエは特に気にした風もなく、眠そうな瞳のまま満足そうに頷いた。
「ん。聖樹を擁する森林国家アルヴ。その第一王女ソルブライト・エル・アルヴ。そして義理の姉であるユエ。で、あってる?」
「む・・・まぁそうじゃな」
「隠しているようで、まるで隠していませんからね」
「ん。われわれにかかれば、たやすい」
「隠しておらんというておるじゃろ・・・」
どうやら二人の身元は調べがついているらしく、キリエは何やら自慢げに胸を張りふすふすと鼻をならしていた。とはいえこれに関しては二人の言う通り、普段から偽名を名乗っているわけでも無ければ変装をしているわけでもない。堂々としていれば案外バレないものだという、木を隠すには森の中といった目論見も無いわけでは無いが。ソルも愛称で呼ばれこそすれど本名のままであるし、エイルに至っては姫様呼びしているのだから、隠している、と言うには少々無理がある。
「・・・で?」
「ん?」
「いやいや、訪ねてきた目的を聞いておらんのじゃが」
「・・・おぉ!」
「・・・大丈夫かこやつ」
「そう怪しむことはない。ではさっそく用件を・・・ジラント」
「畏まりました」
キリエがジラントへと指示を出せば、瞬時にジラントが遮音魔術を行使する。阿吽の呼吸で行われた彼の遮音魔術は、速度も精度も見事なものであった。ジラントの遮音魔術は多少アレンジを加えられているようで、良く晴れた昼前だと言うのに部屋の中に陰が落ちる。ユエにはそれがどういった効果なのかまるで見当もつかなかったが、隣に座るソルへとちらと眼をやれば、問題ないというようにソルが頷きを返す。
周囲の音が消え少し暗くなった店の中、少しの間をおいてキリエが口を開いた。
「とはいえ、いきなり用件を伝えても理解できないとおもうので。ので、まずは前提となる知識を埋めておこうとおもう。座ってもよい?いっぱいしゃべるので」
「む、すまぬすまぬ。好きに座ってくれ」
許可を得たキリエが思いの外俊敏な動きでソファへと深く腰掛ける。足は床に届いておらず、ぷらぷらと揺れていた。ちなみにユエの足も床にギリギリ届くかどうか、といった程度だ。
「さて。じゃあまずは"厄災"について話す。・・・ジラント」
「畏まりました。"厄災"というのは───」
「そっちが喋るんかーい!!」
てっきりキリエが説明をするのかと思っていたユエは盛大にツッコんだ。
見ればキリエは既にゆったりと背もたれを使い寛ぎ始めていた。
「はい。こういった場合は私が説明するのが常ですね。聖下は後ろで偉そうにしているだけです」
「じっさいえらい。不本意ながら」
「・・・なんか疲れてきたのぅ」
普段ユエも似たようなことをしている割に、やられる側に回るとキリエの独特の間も有ってか異様に疲れを覚える。とはいえこのままいちいち突っ込んでいては話が一向に進まない為、それこそ不本意ながらユエは黙って聞くことにした。
「"厄災"とは、ざっくりと言えば人類の敵、といったところでしょうか。お二方が対峙して退けたのもその"厄災"のうちの一体ですね」
「ふむ」
「通常の歪魔と違うのは、彼らが取り込む魔素には際限がないというところです。世界を渡り歩き、或いは空を舞い、地に潜り。姿を隠しながら魔素を取り込み、蓄えます。そうして数十年、或いは数百年。出現する周期は不明ですが、一度出現すれば溜め込んだ魔素の全てを以て世界に破壊を
「なんじゃその面倒くさい生き物は。さっさと駆逐すればよかろう」
「それが出来れば良いのですが。生憎と彼らを滅ぼすことは出来ないのです。そもそも倒すことが困難な上に、倒すことが出来たとしても器となる肉体が滅びるだけ。"厄災"は次の器へと移り、魔素を溜め込み何度でも蘇ります」
「・・・」
「我々スヴェントライト教は遥か昔、それこそ数千年前からずっと、世界を守るために彼らと戦って来ました。総力を結集し討伐に成功したこともあれば、討伐に失敗し、被害を防ぐことが出来なかった事も幾度となくありました。戦いに挑んだ者は全て死に絶え、しかしそれでも戦い続けて来ました。そしてそれは現在も、です。これは一握りの、各国の王族にのみ伝えられている事実です。民衆に知られればパニックになってしまいますからね」
「・・・もうこの先の話聞きたくないのぅ」
「ふっふ。勝手に喋りますがね・・・というわけで、そうして何代にも渡り、彼らの齎す破壊から世界を守るために存在しているのが我々スヴェントライト教です。表向きはただの宗教組織ですが、実際には女神様より命を受けて戦う、謂わば世界の守護者とでも言いましょうか」
そう言ってジラントは一度話を区切った。
この時点でユエは、ジラントの語る怪しげな重要情報のオンパレードで胸焼けしそうになっていた。しかしどうやらジラントの話は触りも触り、本題はこれからといった様子であった。
「おっさんのドヤ顔腹立つのぅ・・・」
「ふっふ。では続けましょうか。世界各地に不定期に現れる強力な敵性体に対抗するため、我々は探索士協会を設立しました。設立された表向きの理由は各国への支援の為、という理由ですがその真意は少し違います。世界中の情報を集め、また、彼らと戦うための戦力を得るべく強者の情報を集めたかったのです。そのために世界各地へ拠点を作る必要があり、各国への支援という名目は都合が良かったのです。事実、各国の許可を得てこうして世界中に根を張ることが出来ました」
「ちなみに設立したのはわたし。えらい」
「なんじゃと?待て待て、おぬし何歳なんじゃ」
「ひみつ。いがいとおねえさん、とだけ言っておく」
「・・・」
比較的近年に設立された探索士協会の歴史は意外と浅い。とはいえ十年二十年といった物でもないが、それを設立したのが目の前の幼女であるというのなら。彼女の年齢は少なくとも───。ユエはそこまで考えて、かぶりを振って思考を止めた。触らぬ幼女に祟りなしである。
「続けます。彼らが破壊を尽くした後には歪園が発生すると言いましたが、何か思い当たりませんか?」
「む・・・む?もしや・・・」
「そう。ここイサヴェルの歪園、通称"迷宮"は、今から千年程前に"厄災"が暴れた、その残滓です。古代遺跡等と言われているのは遥か昔の我々、スヴェントライト教の祖先が暮らしていた街というわけです。というよりも、"五大歪園"と呼ばれている歪園は全てがそうです。そして同じく歪園から発見される神器。これは我々の祖先が"厄災"と戦うべく、女神スヴェントライトから授かった武具です。ちなみに目録もあります。例えばアルス・グローアの持つクラウ・ソラス。あれも記録に残っておりますよ」
「待て待て!!情報量が多すぎる!理解が追いつかんぞ」
「なんとなく頭の片隅に置いて貰えれば結構かと。時間は有限ですので、どんどんいきますよ」
「こ、このオヤジ容赦なさすぎじゃろ・・・」
既に頭がパンクしそうになっているユエを差し置いて、『とりあえずなんとなく聞いておけ』というような、まるで校長の長話感覚で次々と話を進めていくジラント。ユエにとっては彼の話す情報の一つ一つが気になって仕方ないのだが、これから話すという『本題』にはあまり重要ではないのだろうか。
「さて、ここで少し話は変わりますが。"
「本当に話変わっとる!!・・・いや、まぁなんじゃ。無いことも無いが・・・その言葉自体、知ったのは最近での」
「成程・・・"
「あ、それはわしも思っとったのう」
「でしょう?女神スヴェントライトに選ばれた強者と言われる"
「ほーん、成程のぅ・・・今日の話で一番しっくりきたかもしれん」
「ちなみに、先日帝国に現れた"厄災"によって"
「ちなみに、アレはひじょうにつかれる」
「知らんわい。それがおぬしの仕事じゃろうが」
「たしかに・・・しんらつでは?」
眠そうなキリエが、心なしか肩を落としたように見えた。
そんなキリエを無視してジラントが話を進めようとする。本当に補佐官なのかと言いたくなるような態度であるが、ユエとエイルのような関係だと考えるとなんとなく親近感が沸いた。どうやらキリエはこう見えて、不遜な部下に苦しめられる同士のようであった。
「というわけでおめでとうございます。貴方がたお二人は今代の"
「はい、はくしゅ」
まるで目出度くなさそうな声色でジラントが告げ、次いでキリエがやる気のない拍手をユエとソルの二人に送る。一方で、今までの流れからは全く予想できなかった角度の情報に、ユエとソルはお互いに顔を見合わせ、そして同時に溜息を吐いた。
「今日聞いた話の中で一番聞きたくなかった、最悪の情報じゃ・・・」
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