第81話 幼女、襲来

迷宮から戻った翌日。

当座の資金を得ることに成功したユエ達は今日も今日とて怠けていた。

とはいえ別にもう探索に赴くつもりが無い、などというわけではない。そもそもユエ達がこの街に来た理由は迷宮にあるのだ。まさか探索がボロいなどと考え味をしめている、などということは断じてない筈である。

一般的に探索から戻った探索士は何日かインターバルを設けるものなのだ。

ユエ達もそれほど疲れているという訳では無いが、流石に何日かは休暇にしてもよいだろうということでダラダラとしていただけである。


そんな客など誰も来ない店の一角、休憩スペースと銘打たれた寛ぎ空間で三人仲良くだらけていたところで、何者かが店の扉を開いた。客かと思いソファに転がったままで目線を送れば、やって来たのは見知った顔であった。


「失礼します。いらっしゃいますか?」


客の正体は、常は公爵家に戻っているベルノルンであった。

部屋は余っているものの、一応公爵という立場上他人の家に入り浸るわけにも行かない彼女は、普段は公爵家邸宅にて、何かと楽をしようとする弟であるストリの尻を蹴り飛ばしているらしい。


そんな彼女にも、何日かのインターバルを空けることは伝えていた筈である。

そして彼女は、用もなく世間話をしに来るような性格では無いと、ユエ達は短い付き合いながらにそう思っていた。であるならば、何かしらの用件があって尋ねてきたのだろうということは容易に想像がついた。


「んぉ、なんじゃノルンか」


「どうも。相変わらず閑古鳥が泣いていますね」


「やかましいわい。して、何用じゃ?の手入れなら心配要らぬぞ?あの程度の山羊を撫でた程度で痛むような造りはしておらん」


そういってユエはノルンの腰に提げられた二振りの剣を見やる。

風銀剣シルフィード空蒼剣エアリースという、ユエの今持てる全ての技術をつぎ込み、ノルンの持ち込んだ希少な金属を用いて鍛えられた特注の双剣。シンプルながら美しい装飾の為された鞘の中では、ユエの言うように傷ひとつ無い刃が輝いている。


「いえ。今回は別件です。実は昨夜家に帰った際、愚弟から知らされた事がありまして」


「・・・なんじゃろう、何か分からんが、何となく嫌な予感がするんじゃが」


「我々が。迷宮探索を行っている間に来客があったらしいのです。私ではなく、ユエさん方に」


そう淡々と告げるノルンの表情からは、話の内容は読み取れない。

その様子から察するに、それほど急ぎの用件ではないように思えた。しかしユエには引っかかる事があった。


「む?わしらにじゃと?わしらの客ならば、なにゆえわざわざおぬしを通してくるんじゃ?」


「実は。この国の王家経由での客人でして。大変重要な人物なので、そこらの下級貴族に任せる訳にもいかず、その上丁度私がこの街に居たので、ひとまずは公爵家を尋ねて来られたようです」


「・・・きな臭くなってきおったぞ。ちなみに面会拒否は出来るんじゃろうか」


「いいえ。お勧めは出来ません。ともすればアルヴ本国へも影響が及ぶ可能性があります」


あくまで表情を変えず、事務的に用件を告げるベルノルン。

もともと真面目な彼女ではあるが、それでもここまで淡々としているのは珍しかった。

要するに、僅かにでも礼を失することが出来ない相手である、ということなのだろう。そして今ここでそういった態度をとっているということはつまり、その客人とやらが既に表まで来ているということだろう。


「お姉様」


「めんどくさいのぅ・・・よし、エイルや」


変わり身としてエイルを置き、自らはさっさと奥に引っ込もうかとユエは企んでいたのだが、エイルは厄介ごとの気配を感じ取ったのか、いつのまにか姿は見当たらず、既にこの場から退散していた。


「・・・はぁ」


「既に。ご存知かと思いますが、表でお待ち頂いております。案内してもよろしいでしょうか」


「選択肢がないんじゃが。まぁ仕方あるまい」


「有難う御座います。では少しお待ちを」


そう言ってベルノルンが一先ずこの場を辞去する。

ソファに寝転んでいたユエは、そのままの体勢では流石に宜しくないと思ったのかソファに座り直す。その隣へと、対面に座っていたソルが移動したあたりで店の扉が再度開かれた。


「たのもう」


そんな抑揚のない声と共に現れたのは、背格好はユエとほぼ変わらないような小さな少女であった。一目見ただけで分かる程の高級な生地で出来た純白の祭服を纏い、何故かパーカーのようにフードが着いていた。祭服や冠にはその他様々な装飾が大量に付属しており、それを見たユエからの第一印象は『動き難そう』であった。


案の定動きにくいのか、ユエとソルが見守る中、少女は勢いよく祭服を脱ぎ捨てて店の床へと放り投げた。どうみても大事な服なのだが、彼女にとってはどうでもよいのだろう。暑苦しい格好からようやく会報されたと言わんばかりに表情を緩め、満足そうに頷いている。

青みがかった銀髪のボブカットで、美しいというよりは可愛らしいといった顔立ちの少女であった。両の瞳はまるで眠そうに半分しか開いておらず、所謂ジト目と言われるような眼をしていた。


「はろはろー」


「聖下、一応威厳というものを意識して下さい」


「・・・うるさ」


「何ですって?」


ソファに座るユエ達を見つけ、ひどく気の抜けた様子で怪しげな挨拶を行う少女。しかし直後、その背後から現れた補佐官であろう人物に諌められていた。先程無惨にも脱ぎ捨てられた少女のもの程ではないにしろ、立派な祭服に身を包んでおり、金髪をオールバックに撫でつけた強面の男であった。祭服を来ているからには恐らくは司祭かそれに準ずる者なのだろうが、その頬には目立つ傷がありどうみても気質かたぎの者ではなかった。


いきなり現れた怪しげな二人組に対してユエとソルが訝しむような顔を向けていた所で、ようやくノルンが間に入って二人を紹介する。


「ユエさん。こちらの方々が、先にお話したお二人の客人です」


「ほん?」


目の前の少女が何者か、補佐の男の呼び方からして大凡の予想はついていた。

しかしユエは別段態度を変えることは無かった。ユエからすれば彼女は別に上司でも師匠でも何でも無い、ただの客の一人に過ぎないのだから。


「聖下。こちらのお二人が、聖下のお探しになられていた人物かと」


「おぉ、きみ達が報告にあった、あの。やっと会えた」


喜んでいるのか居ないのか。抑揚のない声色と眠そうな瞳のせいで、その表情からは感情が読みづらかった。似たようなベルノルンと並んでいる姿を見たユエは、脳内で二人の事を『能面シスターズ』と名付けていた。ともあれユエは一先ず、先の少女の台詞の気になった部分を問うてみることにした。


「やっと会えた、じゃと?まるでわしらを知っておるような口ぶりじゃな」


「君、この方が誰か理解らないのかね?失礼ではないか?先ずは名乗るのが礼儀であろう」


普段通りの態度を崩さないユエの態度に、副官の男が口を挟んだ。

しかしユエは変わらず、ソファにどっぷりと腰掛けたままであった。


「阿呆、わしらは乞うてここにおるんじゃったか?それとも乞われてこの場を設けたんじゃったか?礼儀云々を言うのであれば、先に名乗るのはおぬしらの方じゃろう」


随分な物言いであった。

理屈が通っているかどうかはともかくとして、隣で聞いていたベルノルンは内心冷や汗ものであった。

しかしその後の展開はベルノルンの心配を裏切ることとなった。


「ふむ。確かに、全面的に君の言うことが正しい。いや全く申し訳ない。では聖下、自己紹介を」


「バカ、アホ、勝手にケンカを売ってあっさり負けるなポンコツ」


「ふっふ、光栄です」


「カス」


祭服を脱ぎ身軽となった少女は、微妙に程度の低い罵詈雑言を男へと浴びせかける。

その後、じっとりと己の副官を睨みつけながら、短い足でげしげしと男の脛に蹴りを入れていた。

何度か蹴りを入れて満足したのか、寸劇のようなやり取りを終えた少女はようやくといった様子で、ユエとソルに向き直り、一つ咳払いをしてから自己紹介を始めた。


「おほん。はじめまして、わたしは・・・あー・・・キリエ。・・・本当はもっと長い名前だけど、もうめんどうなのでそう呼んでほしい」


「聖下・・・」


「わかりやすさは重要」


「確かに。ちなみに私はジラントという。以後お見知り置きを」


「とにかく。わたしの名前はキリエ。趣味は昼寝。好きな食べ物は肉。嫌いなものは口うるさい男。これでもスヴェントライト教の教皇で、探索士協会の会長でもある。あとまぁまぁすけべ。自己紹介ってこんなんでいいのかな?」


「余計な情報もありましたが、まぁ概ね問題ないかと」


そんな二人のあまりにも雑な自己紹介。

取り敢えずユエはジラントのことを脳内で『阿呆』呼ばわりすることにした。


「とりあえず、ふたりともこれからよろしく」


そう言ってキリエは出会ってから初めて、ほんの少しだけ微笑んだような気がした。

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