第80話 査定

人も疎らとなった探索士協会の中、ユエ達はそれでも注目を浴びていた。

或いは、人が少なくなったが故に余計に目立っているとも言える。


「おい、アレ・・・」


「なんだお前、知らないのか?」


「ありゃあ、アルスさんを蹴り飛ばした例のチビっ子んとこだぜ」


「運がいい、あのパーティ見てるだけで視力が回復した気がするぜ」


「俺はやっぱりソルさんだな。神々しすぎて逆に眼が潰れそうになる」


「俺はメイドさんだわ。あんな娘に甲斐甲斐しく世話してもらえるなら死んでもいい」


「最近は女性人気も高いらしいからな。既にファンクラブもあるとか」


等と、周囲の者達は取得物の鑑定を行っているユエ達一行へと好奇の視線を向けていた。

ユエ達が迷宮へ探索に出かけていた四日間。本人たちが不在であるというのにも関わらず、瞬く間に噂は巡り、今ではユエ達は時の人となりつつあった。

そもそも以前から怪しげな募集を張り出し続けていたこともあって、注目自体はされていたのだ。

メンバー全員が見目良く、そこに加えてベルノルンの加入やアルス蹴り飛ばし事件等、話題には事欠かない彼女たちは、一部のアルス信者の女性以外からは大変人気となっていた。


実力の知れないユエ達が探索のために協会を訪れたあの日、周囲からはベルノルン頼みのパーティだと揶揄されることもあった。殆どは妬み嫉み、或いは羨望のようなものであったが、直後に起きたアルス蹴り飛ばし事件のお陰でそんな周囲のやっかみは吹き飛んでいた。


ここイサヴェルにおいて、押しも押されぬ最強の男と名高いアルス・グローアを画面端まで吹き飛ばしたのだ。また近頃彼が深度12に達したことも既に周知の事である。如何にアルスが油断していようとも、たかだか一級探索士程度の攻撃であればアルスへ届く筈もない。仮に届いたとしても、吹き飛ばすことなど到底叶わないだろう。あの一件のおかげで、少なくともアルスを吹き飛ばすだけの高い実力を持つ幼女であることは知れ渡っていたのだ。アルスからすれば不運以外の何物でもなかっただろうが。


ちなみにユエ達は探索に出る直前に一度ここに姿を表したのみで、その後は四日間迷宮に赴いていたために、注目されていた割に目撃情報はほぼ皆無であった。そのため既にレアキャラ扱いされており、合同探索等の話を持ちかけたいと考えた幾つかのパーティは、出発前に声を掛けられなかった事に臍を噛んでいた。


そんな注目を浴びている彼女達ではあるが、本人たちはどこ吹く風。まるで興味がないとでも言わんばかりに、いつも通りふざけているとしか思えないやり取りを繰り広げていた。

いつの間にかパーティ名が怪しげな宗教団体のような名前になっていた衝撃で気を失ったユエを小脇に抱えるノルンと、失神したユエで遊んでいるエイル。

パーティを代表してソルが席につき、査定結果をナナから聞いているのだが、パーティメンバーのうち半分が話を聞いていなかった。


「なんといいますかぁ。驚きと呆れと、色々複雑な気持ちですぅ」


わたくし達の取得物に、何か問題でもありましたか?」


「問題というわけではありませんがぁ・・・まぁいいですぅ。とにかく順に結果をお伝えしていきますねぇ」


そう言うナナが提出された取得物を順に解説していく。

協会で買い取りが出来る物はその金額を。出来ない物はその理由を。金銭が絡む内容が故か非常に丁寧なその解説は、初心者である彼女らにとっては非常に有り難いものであった。これを全てのパーティに行っているのかと考えると凄まじい労力である。


なお、実際にはもっと簡略化されたやり取りしか行われていない。現在は探索を終えた者達が飲み食いしながらたむろしているだけであり、査定を依頼する探索士達が殆ど居ないために時間的に余裕があることと、単純にナナの好意、という二つの理由でこのように丁寧な解説が行われているのだ。


「と、いうわけでここまでがゴミですねぇ」


「ゴミ」


「ゴミですぅ。こんなもの歪魔も食べませんよぉ」


そう言ってナナがごっそりと仕分けたのは取得物全体のおよそ八割程。要するにほぼゴミであった。

とはいえこれは仕方がないともいえる。一般的に初心者探索士の取得物など殆どが役に立たない、或いは需要のない買い取り不可のもの、所謂ゴミなのだ。一般的な初心者は上層のさらに浅い層を探索するので精一杯である上に、初心者であるが故に目利きなど出来るはずもなく必然的にゴミだらけとなる。


そのうえソルの空間魔術により、一般的なパーティと比べて非常に大量の品を持ち戻ったこともあり分母が大きい。むしろよくぞ二割も買い取って貰える物を持ち戻ったと言うべきだろう。

ちなみにそのゴミの大半はユエとエイルが何も考えずに面白がって適当に放り込んだものである。光る苔や、やたらと丸く形の良い石等、ゴミと言われれば納得せざるを得ない物ばかりであった。


「ですがこの黒鏡石こくきょうせきを始め、価値の高いものも幾つかありましたよぉ。というか本当に中層まで行ったんですねぇ。これは中層でも中々見つからない石ですし、需要も高いのでいいお値段がつきますぅ。初めての探索でこんなものを持ち戻るなんて、凄い事なんですよぉ?」


「やはり。持ち戻って正解でしたね」


「待ってほしいッス!これは自信あるッス!」


「ゴミですぅ」


「ウッス」


などという下らないやり取りを挟みつつもナナの解説は進む。

協会の方で買い取りが可能な物の殆どはソルとベルノルンが集めたものだったが、ユエとエイルが見つけたものからもほんの少しは値段の付くものもあった。数を打てば何発かは当たるらしい。

こうして査定は進み、いよいよ最後の取得分の解説へとナナが移った時、彼女の顔には怪訝そうな表情が張り付いていた。


「それでぇ、これが最後なんですけどぉ・・・皆さん45階層で引き返してきたんですよねぇ・・・?」


「そうですね」


「でもこれぇ、黒霊山羊ヘイズの角ですよねぇ。とっても高価な物ですけどぉ、黒霊山羊ヘイズは下層からしか出現しない筈なんですよねぇ」


「あ、疑ってるんスか?お?やるんスか?乳揉むッスよ?」


「いえ、そういうわけではないのですがぁ・・・というかどうして喧嘩腰なんですかぁ」


ガラの悪いチンピラのように、エイルが手をわきわきしながらナナを威圧する。

とはいえ、多くの探索師を相手に受付をこなしてきた故か、ナナはまるで怯んだ様子もみせなかった。

その後、迷宮内で起きたことをソルがナナへ説明する。異常を発見した場合は協会へ報告するのが義務であるし、どこからか盗んだものだと難癖付けられても面白くないためだ。


「───という事がありまして。とはいえ私達は途中から参戦しただけですから、彼女達の方にも話を伺うことをお勧め致します」


「・・・なるほどぉ。異常事態イレギュラー歪園メイズの常とは言いますけどぉ、今回の件はちょっと気になりますねぇ」


そう言ってナナは己の顎に指をやり、何か考え込むように黙ってしまう。

彼女の持つ深い知識と経験から何か思う所があるのか、彼女にしては珍しい深刻な表情であった。

歪園内で発生する異常事態イレギュラーには幾つかの種類がある。歪魔の大量発生であったり、地殻変動にも似た現象が起こって道が通れなくなる等、その種類は多岐に渡る。しかしそれらは基本的な歪園の法則の域を越えないものなのだ。


しかし今回の件はどうか。大小様々な歪園が重なりあっているここ迷宮では一つ一つの歪園を階層とよび、通常の歪園と同じようにそれぞれが"門"で区切られている。そして黒霊山羊ヘイズとは下層にしか現れない歪魔だ。ならば黒霊山羊ヘイズは、階層間を移動したことになる。これは『歪園内で発生した歪魔は歪園の外には出ない』という、歪園の基本法則から外れている。


「ちなみになんスけど、異常事態イレギュラーだったとして何か対策したりするんスか?」


「いえ、異常事態イレギュラーに対しては、特に出来ることありませんねぇ。精々注意喚起をするくらいでしょうかぁ」


「普段の。と言うことは今回の異常事態イレギュラーは違うと?」


「まだなんとも言えませんけどねぇ。一先ずはベイルさん達にも話を伺って、それからですねぇ・・・もしかすると、皆さんにも協力をお願いするかも知れませんねぇ」


そういってナナはあざとくウィンクして見せた。

協会からの依頼には出来る限り協力するのが探索師としての義務である。とはいえリーダーであるユエが失神している今、直ちに頷くことは出来なかった。


「いずれにせよ、お姉様がご覧の通りですのでその話はまた後日にして頂いても宜しいでしょうか」


「そうですねぇ。ではその話は置いておいてぇ、査定した取得物は全てこちらで買い取りという形でよろしいですかぁ?」


「はい、それでお願いします」


「かしこまりましたぁ。では少々お待ち下さいねぇ」


ナナが手元に置かれたベルを鳴らすと、何処からともなく現れた協会の職員達がテーブルに並べられた取得物を回収し、奥の部屋へと運び込んでゆく。その間になにやらテーブルの下を漁っていたナナが再び顔を見せた時、ナナの手には高価そうな装飾の為された小さなケースがあった。地球でいうところのカルトンだろうか、そのケースの上には数枚の金貨と、一枚の白い貨幣が載せられていた。


「ではこちらが今回の査定結果ですぅ。金貨8枚と白貨一枚ですぅ」


「え、本気ッスか?四日間でそんなに貰えるんスか?金銭感覚壊れそうッス」


「別に色を付けたりなんてしてませんよぉ。それだけ黒霊山羊ヘイズの角は需要があるということですねぇ。それが四対八本もあれば、このくらいにもなりますよぉ。下層を探索する一級探索士でも、一度にこんなに多くの黒霊山羊ヘイズを討伐して戻ることなんてありませんからねぇ。それだけ危険な歪魔ということですぅ」


「姫様、探索士ボロいッスよ」


「これだけあればお姉様も喜んでくれるでしょう。大変結構な事ですね」


「成程。我が家でも探索専門の人材を育成してもよいかもしれませんね」


白貨とは希少な金属を用いた貨幣であり、価値としては金貨の上、白聖銀貨の下に位置する。

その価値を無理やり日本円に直すとすれば、金貨がおよそ10万ほどで、白貨は実に1000万円程となる。

四日間の報酬としては破格以外の何物でもなかった。だがこれはユエ達の感覚である。

黒霊山羊ヘイズとは一級探索士がパーティを組んでようやく戦える歪魔である。それはエイルの言うような、簡単なことでは決してないのだ。ここイサヴェルに滞在する多くのパーティの中、コレと同じことが出来るのはアルス達のパーティくらいか、精々あと一組くらいであろう。


「簡単そうに言ってのけるあたりが恐ろしいですねぇ・・・ともかく、今回はお疲れさまでしたぁ。また次回も頑張って下さいねぇ。それと、さっきも言いましたけどぉ、例の件で協力をお願いするかもしれませんのでぇ」


「はい、その際は店の方に連絡を頂ければ」


「承知しましたぁ」


「それでは。行きますよエイル」


「ッス」


「ところで。流石に少し腕が痺れてきたのですが」


そう言って話を締めくくり、ソル達三人と抱えられた一人は協会を後にした。

聞き耳を立てていた周囲の探索士たちの間ではまたもや彼女達の話でもちきりとなり、この話は巡り巡って噂となり広がるのだが、それはまた別の話であった。

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