第79話 迷宮からの帰還
迷宮内中層38階層。
ウルは瞠目していた。
これは自分たちの知っている探索とは違う。
確かにベイルという怪我人を背負う今は、ただ一直線に地上を目指して進んでいるだけではある。ここまでの帰路で目についた資源等は全て無視しているし、回り道等も一切していない。そういう意味では、通常の探索と違うと感じるのも当然だろう。
だがこれはそういう問題ではない。
ウルが目を向けた先では、そんな光景が繰り広げられていた。
「ちょいちょいちょい!!これはマズいッスよ!」
「なに、遠慮はいらぬ。なんとなれば全て倒してしまってかまわんぞ」
「先程の。失敗の原因は既に分かっています。感覚は掴みましたので安心して下さい」
「お姉様、強化は既に終わっておりますのでいつでもどうぞ」
ユエに上半身を、ノルンに下半身を。まるで米俵のようにエイルが二人に担がれている。
その後方からはユエとノルン、エイルへと身体強化を施すソルの姿。
そんな彼女らの前方、進行方向上にはガルムと呼ばれる狼型の歪魔の群れが数にして八体ほど。
既にこちらに気づいており、警戒するように歯を剥いて威嚇をしている。
「遠慮じゃねェんスよ!さっき失敗して天井にぶつかったの忘れたんスか!?」
「せーの!」
「聞いてな───ア゛アァア゛ァアーー!!」
濁点混じりの汚い声を上げながら、掛け声とともにエイルが射出された。
ユエとノルンという並外れた力を持つ二人の投擲に加え、ソルの身体強化まで施されたことで、投げられたエイルは一瞬で流星と化した。そのまま猛スピードで飛翔したエイルは勢いよく天井へと突き刺さる。
「む、また失敗したぞ」
「はて。角度は完璧だった筈ですが」
「エイルが風圧に負けて顔を上げたせいで軌道が変わりましたね」
「やはり。薄々感じてはいましたが、この作戦は欠陥が多すぎませんか」
「ふむり。とりあえず犬ころ共を処理してから考えるかの」
などと、特に反省した様子もなくユエとノルンが淡々と敵を切り捨ててゆく。
ウルからすれば『初めからそうすればよいのでは?』としか言いようがない。
どうみてもふざけているようにしか見えないユエ達の行動、しかし圧倒的なその実力に、ウルはどういう顔をすれば良いのか分からず困惑することしか出来なかった。
突き刺さったエイルを引き抜きながらウルは思った。
おかしな連中と知り合いになってしまった、と。
* * *
途中一度だけ野営を挟んだ一行は、それ以外では一度も止まることなく進み続けた。
正直に言えばウル達は半ば諦めていた。助けてもらったばかりか、帰りの護衛を引き受けてくれたユエ達に、これ以上余計な心配をかけないために黙っていたのだが。
実際のところ、ベイルの症状はユエ達に説明していたよりも悪いのだ。どうやらソルには気づかれている様子であったが、それでも彼女はこちらの意図を汲んでくれたのか黙したままであった。
目の前でふざけているとしか思えないような光景が何度も繰り広げられたものの、いざ振り返ってみれば
敵の処理は迅速かつ適切。途中で足を止めて遊んでいたのも、恐らくは怪我人を抱えるこちらを待っていたのだろうと、今となっては理解できた。
事実、あんなにもふざけていたにも関わらず、ウル達が自分たちで中層から上層を踏破するよりも掛かった時間はずっと短かった。
45階層を発ってから一日と少し。ユエ達はついに地上へと戻ってくることができた。時刻は既に夜になろうかというところで、迷宮の入口には自分たちと同じように探索から戻ってきたのであろう探索士達が数名居るのみであった。
「到着じゃー!」
「はー、なんか必要以上に疲れたッス・・・取り敢えずシャワー浴びたいッス」
「初回にしては。上々だったのではないでしょうか?」
「ふふ。一先ずは受付に行ってナナさんに取得物を見てもらいましょうか。何を持ち戻ったのかすらよく分かりませんし」
呑気に背伸びをしながら口々に感想を語る彼らには、まだまだ余裕があるように見えた。
45階層での出来事もそうであったが、帰りの道中でもその圧倒的な戦力を間近で見てきたウル達は、彼女たちに対する認識を改めていた。否、付け加えていた。
どうみてもふざけている彼女達だが、実際には飛び抜けた戦力と優れた判断力を持っている、とびきり優秀なパーティである、と。それこそかの有名なアルス達のパーティにも比肩するだろう。
ともあれ、まずはベイルの治療が先だ。ユエ達には悪いが、急ぎ協会へ戻って治癒を受けさせる必要がある。それに加えて中層での異常事態も報告しなければならない。戻ってきたとはいえ、やらなければならないことはまだまだ山積みだった。
「ごめん、私達は先に戻るね。本当にありがとうございました。また後で!」
「ん、おぉ。いいから早う行け行け」
しっしっ、とおざなりに手を払い、ユエがウル達へと先を促す。
この後、自分達ですら何を採ってきたのか理解らない雑多な品を鑑定してもらわなければならない。どのみちユエ達もこのまま直帰というわけには行かないのだ。そもそも礼を期待して助けたわけでもないのだから、ウル達が先に戻ろうとどうしようとまるで構わない事だ。
負傷した仲間を背負い、急ぎ協会へと戻るウル達の背中を眺めつつ、ユエ達もまたゆっくりとその場を後にする。そんな中、ユエは不意に背後を振り返り迷宮の"門"へと視線を送る。
初回からトラブルに巻き込まれる形となってしまったが、しかしなかなかどうして。
「・・・悪くなかったのぅ」
誰に言うでもなく、そう感想を呟いたのだった。
* * *
探索士協会へと戻ったユエ達は、その足で受付の元へと向かった。
もうすっかり辺りには夜の帳が降りているというのに、受付にはいつものようにナナが座っていた。
朝から受付嬢として働いているだろうに、一体何時間勤務なのだろうか。それでも笑顔を絶やさぬナナの姿を遠目から見たユエには、感心すると共に、帰ってきたという実感が湧いていた。
(ふむり。探索士とは皆こういう気分になるのかもしれんな・・・)
きっと皆、あの笑顔に救われているのだろう。
そう考えれば、ナナやアザトさんのあざとい仕草や言動も理解できると言える。彼女達は彼女達なりに、立派に仕事をしているのだと考えを改めさせられる光景だった。
などと失礼な考えをしていると、ユエ達に気づいたナナが嬉しそうに笑みを浮かべて声を掛けてきた。
「あっ、皆さんお帰りなさいませぇ。ご無事で何よりですぅ。様子見と仰っていたのに四日も戻らなくて、本当に心配していたんですよぉ」
「む、それはすまんかったの。まぁ色々あってのぅ」
「いえ、ご無事ならそれで充分ですぅ。何処まで進んだんですかぁ?」
「40階層・・・じゃっけ?」
「45ッスね」
「うむり。そうとも言うのぅ」
「そうとしか言わないッス」
階層のことなど殆ど考えていなかったユエは、自分たちが何処まで進んだかを把握していなかったらしい。すかさずエイルに訂正される姿は、まさにノリだけで行動していると言われるに相応しかった。
しかしそれを聞いたナナは絶句していた。それもその筈、初の探索で45階層まで進む者などナナは聞いたことが無かった。
「しょ、正気ですかぁ・・・?ユエさん達がお強いというのは聞いていましたけどぉ、何というか・・・信じられないとしか言いようがないですねぇ・・・」
「本来は60階層を目指しておったんじゃがの。まぁ色々とあったんじゃよ」
「はぁ・・・まぁいいですぅ。聞きたい事はたくさんありますけどぉ、皆さんお疲れでしょうし、報告は後日でも構いませんよぉ。取り敢えず取得物の確認だけしましょうかぁ」
こちらを慮って、ナナが取得物の確認を申し出てくれた。
報告など面倒にも程があると、ユエ達はその言葉にありがたく甘えることにした。そもそもウル達からも同じ報告が上がるであろうことを考えれば、彼女らに先に報告させたほうが時間も手間も省けるだろうという目論見もあった。
「あ、それでは
「私も疲れてるんスけど!?必要以上に!!」
「後で飴を上げますから我慢して下さい」
「あ、それはいらないっス」
ゴネるエイルを尻目に、ソルの言葉に従って協会内に設置された飲食スペース、俗に言う酒場のような一角で席に座るユエとノルン。体力的にそれほど疲れているというわけではないが、こうして迷宮から戻って一休みしていると何故か安心するような気持ちになった。
「わしは中々楽しめたのぅ。ノルンや、おぬしはどうじゃった?」
「私も。初めての経験でしたので大変楽しめたと思っています。次が楽しみでもありますね」
「そいつは重畳じゃな。この調子で伝説の金属とか出てこんかのぅ」
「そうですね。下層や深層まで潜れば可能性はあるかと」
その後も数分、二人で寛ぎながらだらだらと感想を言い合っていたところでソルとエイルが戻ってきた。
なんでも品数が多いために時間がかかるらしく、終わり次第声をかけてくれるとのことだった。こういった事は珍しくもなかったが、それにしてもユエ達の取得物は多かった。ソルが怪しげな空間から取り出した取得物をナナから指示されたテーブルへと並べてゆく度に、ナナの表情は曇っていったらしい。
勢い余って飛び出したユエの下着を見られたときは、じっとりとした眼で睨まれたらしいが。
そうして待つこと数十分。
小腹が空いていたこともあり、夕食がてら注文した食事を軽くつついていた頃に、ナナの声が聞こえてきた。
「えっとぉ・・・"
人も疎らとなっている協会の一階フロア内に響き渡ったナナの声に、ユエは白目を向いていた。ソルはどこか誇らしげな様子で厳かに立ち上がりカウンターへと向かい、エイルもそれに続く。最後にノルンが、ぴくぴくと痙攣するユエを小脇に抱えてカウンターへと向かってゆく。
まるで荷物のように運搬されるユエは、何故あの時気づかなかったのかと後悔することしきりであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます