第78話 全バレ
早々に自分たちの戦いを終わらせたユエとソルの二人がエイルの戦いを観戦していた。
「あやつが真面目に戦っておるのは久しぶりに見たんじゃが」
「あ、動かないで下さいお姉様」
「やっとることエグいんじゃよな。眼球に腕突っ込んでおったぞ」
などと、頭部を破壊し、辺り一面に中身をぶちまけて血の海を作リ上げた者が
結果としてはどちらも同じではあるが、どちらがより
とはいえエイルとしても、別に好き好んで相手を苦しませるために行っている事ではない。先のウル達の戦いを見ても分かるように、そもそも大型歪魔の頭部を叩き割る方がおかしいのだ。段階を踏んで少しずつダメージを与えていくのが普通である。
「あの娘は対人技術に特化していますからね。急所攻撃が多いのはそのせいでしょう」
「ふむり。まぁサボってばかりな割には腕も鈍ってはおらんようじゃし、問題なく倒せそうでなによりじゃな。苦戦するようなら鍛え直してやろうかと思っておったが」
「あの子は真面目やれば出来るというのに、すっかり怠け癖がついてしまったようですね」
戦いを観戦しつつも、二人はエイルの不真面目な素行に嘆いた。
ちなみにユエの言う『鍛え直し』とは、
以前にも、王都への道中で共に行動していたイヴァン達に乞われ指導を行ったことがあったが、その時も実に理不尽な指示を彼らへ投げていた。これは彼女が、『自分の思い描いたイメージと一切の誤差なく動く事が出来る』という特異な才をもっているために起こってしまった悲劇である。
出来る者には出来ない者の気持ちが理解らないなどとよく言われるが、ユエはそれを地で行くタイプであった。『頭では理解していても身体が言うことをきかない』という、その感覚が彼女には欠落していた。
おまけに口で説明する事が壊滅的に下手な癖に、ならば手本をみせろと言えば完璧にやってのけるのだから手に負えない。指導を受ける側はたまったものではないだろう。彼女の指導を受けて説明を理解できる者など世界中を見渡してもソル唯一人であろう。
普段のユエにはまるでそのような傾向は見当たらないが、いざ指導者となるとただの害悪待ったなしであった。故に彼女をよく知る者達は皆、彼女に何か教えを乞う事は避けるようにしている。閑話休題。
観戦しつつ、すっかり血まみれとなっていたユエがソルの魔術によって全身丸洗いされた頃、エイルの戦闘も終わりを迎える。随分とかかっているように思えるが、時間にすればほんの数分程度の事だ。エイルが遅いのではなくむしろ素早く処理した方で、呑気に見守るこの二人が異常なのだ。
うんざりとした表情で、腕の汚れを払い落としながら戻ってきたエイルとウル達のパーティは、既に戦闘を終えていた二人を見てそれぞれ違った反応を示した。
エイルは『まぁそうですよね』といった顔で不満を垂れる。
「うぇ、終わってたんなら手伝ってくれればいいじゃないッスかぁ」
「阿呆、それじゃと意味がないじゃろ。たまには戦わせんと楽しようとばかりするからのぅおぬし」
「当然ッスよ。私の夢は姉様と姫様のヒモっスからね」
「よし、今後もちょくちょく戦わせることが決定じゃ。とはいえ・・・まぁ何じゃ、良かったと思うぞ」
「ん・・・へへ、当然ッスね」
己の戦いをシンプルにそう評されたエイルだったが、その表情はまんざらでも無さそうであった。
一方、ウル達の反応はといえば意外にも落ち着いたものだった。
彼女達はエイルの側に居たこともあり、ユエとソルの戦いを見ていたわけではない。だがそれでも、二人の戦った痕を見ればその凄まじさは伝わったようである。片や、一面に広がる肉と血で作り上げられた
「え、エイルさんから『あっちの二人のほうが』って聞いてたけど・・・」
先程までエイルの戦いぶりをみて興奮していたウルは、驚きが一周して冷静になっていた。いつの間にやら自己紹介をしたらしく、エイルを名前で呼んでいる。
「・・・何をしたらこうなる、の?」
「凄い音だけは聞こえていたけれど、何があったのかは全く理解らないな・・・」
「これってつまり、エイルさんよりも早く終わらせてた、ってことだよ・・・ね?」
残るメンバーの、怪我をしているベイルを除いた三人が困惑を口にする。
ユエとソルの待つ場所へと戻る短い道中でエイルから簡単に説明を受けていたため、
その上で、まるで理解できない光景が広がっていたことへの驚きは、彼女らを動揺させるには充分であったらしい。
「ちなみに多分ッスけど、あっちのグロい方が
「誰が小さい方じゃ。わしはまだ本気を出しておらんだけじゃ」
などと紹介されたユエが意味の分からない反論をしていたが、ウル達にとってはどうでもよかった。
戦闘痕を見た彼女らはどちらかといえば逆だと思っていたのだ。
「えぇ・・・もう光景が全然思い浮かばないんだけど・・・」
「いやぁー・・・」
もはや驚きではなく、呆れ。
ベイルに肩を貸していた弓使いの男、ルヴィなどは口の端をひくつかせ半笑いになっていた。
ユエとしては微妙に満足のいかない反応であったが、
「まぁ諸々は後にして、じゃ。一先ず地上に戻らねばな。話など道中でもできるじゃろ」
「そうですね。一刻を争うとまではいかずとも、急ぐに越したことはないでしょう。ここで時間を無駄にすればするほど、そちらの方の生存率が下がりますから」
話を切り出したユエにソルが補足を入れる。
知り合ったばかりであり、彼らとは深い仲ではないが、それでもユエは元々救える命は救う主義である。何より一度助けたにも関わらず、談笑していた所為で間に合いませんでした、などとなっては後味が悪いどころの話ではない。
「あっ、そ、そうだった・・・ごめんねベイル、すぐ連れて帰るから。申し訳ないんだけど、道中よろしくお願いします。えっと・・・」
「わしじゃ」
「ふふ。わしです」
ふざけている場合ではないなどと自分達で言っておきながら直後にふざけるユエとソル。
先程までこの広大な空間に充満していた張り詰めるような空気は、すっかり霧散していた。
「あ、エイルはそこの、やたら険しい顔で寝ておる公爵閣下を頼む」
「あれだけ騒いだのに何で起きないんスかねぇ・・・」
* * *
迷宮内、下層60階層。
下層の始まり、迷宮を拠点としている探索士の中でも一握りの上澄みしか来ることの出来ないその階層で、一組のパーティが相談をしていた。
「下層まで来ちゃったけど?」
「会いませんでしたねぇ」
「おかしいな。ユエさん達はとりあえず下層に到着したら戻る、って言っていた筈なんだけど。もしかして何かあったのかも知れない。いや、彼女達は初めての迷宮探索なんだ、そうに違いない。急いで探すべきだと思う」
「急に口数多くて怖ェって。普通に追い抜いたか、或いはすれ違っただけだろ」
「彼女達が足止めを食らったっていうのかい?アクラも彼女達の実力は知っているだろう?こんなところで苦戦する訳がない。つまり道に迷ったか、もしくは何かトラブルに巻き込まれているんだと思う」
「いやー・・・?ユエちゃん達のことだし、ゲラゲラ笑いながらそこらへんで遊んでそうだけどなー」
「十中八九、そうだと思いますよ。大姉様は昔から、怪しい遊戯を考案されては姫様達と"聖樹の森"で試したりしていましたからね。アルヴでは結構有名な話です」
「へェ。例えば?」
「立ち入りを禁じられているため私は入ったことがありませんが、"聖樹の森"には、とある小さな獣型の歪魔がいるそうなんです。その歪魔は外皮がとても強固で、身の危険を感じると丸くなるらしいのですが、その歪魔を一人が投げて、もう一人が木の枝で打ち返す、といった遊びをしていたそうですよ」
「・・・小型とはいえ、歪魔で遊ぶっつーのはかなりイカれてるよな」
「でも、らしいっちゃらしいかなー」
「噂では聖樹を蹴り飛ばして、落ちてきた虫型の歪魔同士を戦わせたりもしていたそうです。後で陛下にこっぴどく叱られたとか」
「当たり前だろ!」
「みんな待ってくれ、今は呑気に話をしている場合じゃないと思う。とにかくもう少し進んで───」
結局彼らはこの後、アルスの強い主張によって65階層までは様子を見に行くことになった。
当然彼らがユエ達と出会うはずもなく、地上で再開した時にアルスは大層安堵したらしい。
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