第73話 同業
結論から言えば、未発見ルートかと思われた小さな穴はただの穴でしかなかった。
奥に見えていた部屋のような広場も、実際には少し先に進めばたどり着く部屋に過ぎず、ただほんの少し近道できるだけという、そんなオチだった。
これだけ長い間多くの探索士が訪れている迷宮だ。そう簡単に新規ルートなど発見されるはずもないし、ましてや初心者であるユエ達が発見する確立など、ビギナーズラックを考慮したとしても極々僅かなものだ。
要するにたまたま空いていた何の変哲もないただの穴に尻をハメて騒いでいた、という非常にくだらない話である。当然ユエ達もそう簡単に行くとは思っておらず、肩透かしを食らったとはいえ別段落ち込むようなこともなかった。
気を取り直して進み始めた一行は、45階層へと足を踏み入れていた。
初めは大喜びしていた階層間の移動も、ここまで何度も経験したせいかすっかり慣れたもの。階層間を繋ぐ"門"を潜る際の感動も薄れ、仕事帰りに酒場へと立ち寄る中年のような
ここまで二度ほど野営も行っているが、四人とも野営経験は当然のように持ち合わせている。
ユエとソルはアルヴを出てからの馬車旅で何度も行っていたし、エイルもまた似たようなものだ。アルヴから数日かけて買い出しに向かった際などはどうしても野営を行う必要がある。ノルンに至っては言うに及ばず、その所属に関わらず騎士団内に野営経験のない者など一人として居ない。そもそも訓練過程には野外活動が組み込まれているのだから。
野営に必要な道具は全てソルの空間魔術内にて携行されている為、適した場所を探して設営するだけでよい。ソルはもはや迷宮探索に於いて便利過ぎる女と化していた。唯一、食料の鮮度だけはどうにもならないのだが、保存の効くものを大量に持ち込むことが出来るというだけで、他の探索士とは比べ物にならないほどのアドバンテージだろう。調理に関してもエイルという万能メイドがいるおかげで困らない。ポンコツおふざけメイドは、真面目に働けば何をやらせても一流であった。
野営に欠かせないものといえば睡眠時の見張りだろう。
これに関しては気配に特に敏感なユエとノルンの二人が主に担当した。獣や歪魔の接近には即座に反応できる上、最悪居眠りしていてもこの二人であれば問題無く殺意や敵意といったものに気づくことが出来る。とはいえ、ユエが起きている時は隣でソルが話し相手となっていたために実質的に三人態勢であったともいえるのだが。
結局、初めての探索ということで不安視されていた戦闘以外の面に関しても、蓋を開けてみれば何の問題も無かった。むしろベテラン探索士達と比べても遜色ないと言ってしまえる程度には、存外うまくやれていた。問題点を強いて挙げるとすれば、遊びすぎて進行速度が遅いことくらいである。
四人とも本業探索士ではない上に、一行の大目的も探索ではないのだから仕方ないといえば仕方ないのかもしれなかったが。
「お、人がおるぞ」
比較的脅威度の低い歪魔をブルドーザーよろしく、歩みを止めること無くなぎ倒しながら進んでいたところでユエが同業者を発見した。意外な事に、迷宮へと足を踏み入れた直後の上層以降でユエ達が他の探索士と出会うのはこれが初めてであった。原因は言わずもがな、探索士達が寄り付かないような何もない道をふらふらと散歩していたせいである。
この階層へ足を踏み入れてからしばらくたっており、今はちょうど中間あたりだろうか。ユエ達が野球をしていた広場よりもずっと広く、遠くには地下水が溜まって出来た小さな湖が見える。遠くに見える岩壁にはうっすらと苔や蔦が生えており、その光景はいっそ美しい程。ともすればここが地下であることを一瞬忘れてしまいそうになる程の広場だった。ところどころには積み上げられた煉瓦の壁や柱の残骸が見え、古い文明の跡が感じられる。そんな広大な空間でユエが見つけた同業はどうやら戦闘中のようで、男が二人に女が三人の五人パーティであった。
両手に盾と剣を構えた前衛の男に、長剣を両手に一本ずつ構えた双剣使いの女が一人。
そんな二人の後方、弓に矢を番え狙いを定めている男と、魔術を詠唱している女、そして支援魔術や治癒を行っている女。遠目に見ても非常にバランスの取れたパーティであることが分かる。
そんな彼らに対するは巨大な歪魔。
全身を覆う漆黒の体毛に、まるで刃物のように鋭い蹄。しかし最も目を引くのは頭部に生えた長大な角だろう。自身の身体と同等か、或いはそれ以上の長さを持つ鋭く尖った角は、その先端から少量の血を滴らせている。"
魔素の影響を最も強く受けた特徴的な角は毒を持つ上に凄まじい硬度を誇るが、死後に斬り落とした際には切断面から魔素が抜けて毒が変じた酒が採れる、という何とも怪しげな生態をした歪魔である。しかし多少クセのあるその酒は、人を選ぶものの非常に美味であり、貴族達からも好まれるために需要が高く高値で取引されている。
そのため探索士達にとっては危険を冒してでも戦う価値がある歪魔と言われている。だがその深度は6。中層であるこの辺りでは本来であれば下層まで遭遇することのない歪魔だ。つまり目の前で繰り広げられている戦闘は歪園ではお馴染みの不測の事態。いわゆるイレギュラーであった。
よくよく観察してみれば前衛の男が持つ盾には穴が空いており、彼の脇腹からは血が流れ出している。
恐らく
苦戦しているようにも見えるが、為す術もなく蹂躙されているというほどではない。
負傷している男もまだ動けているし、有効打たり得てはいないように見えるがそれでも魔術や弓による反撃も行われている。
経験が浅いユエ達は、この状況をどうするべきか判断出来なかった。
「ふむり。こういう場合どうするんじゃっけ?」
「忘れたッス。やっぱり横槍入れるのは良くないんじゃないッスか?」
「おぬし面倒なだけじゃろ・・・」
「確か。
「いっそ彼らに聞いてみればよいのではないですか?」
記憶を遡ってナナの説明を思い起こすも『まぁ常識的に行動してれば問題ないだろう』と、話半分で聞いていた為いまひとつ思い出すことが出来なかった。結局ソルの案を採用して、本人たちに尋ねるのが間違いないだろうという結論に至った。
「ふむり・・・それはそうとバランスの取れたパーティじゃのう。今考えるとわしら脳筋しかおらんような気がするんじゃが?」
「
「ある意味。ソルさんが攻撃から防御に治癒まで全てこなせるお陰で成り立っていると言っても過言ではありませんね」
「お姉様に快適な探索生活を送って頂くためですから、この程度は必須技能です」
「そのうち鍛冶も覚えそうで怖いんじゃが。・・・と、呑気に話してもおれんくなったようじゃぞ」
眼前で戦闘が繰り広げられていることを考えれば随分と呑気な話し合いである。
思い出したかのようにそちらへと目を向ければ、前衛の男の動きが徐々に悪く成り始めた。後衛の女が先程から何度も治癒を行っている様子から察するに、どうやら解毒が出来ないらしく治癒の効果が薄いようである。残りの三人の攻撃によってどうにか注意を逸らすことは出来ているものの、ノルンの言うようにこのままでは危険だろう。
「おーい、そこのおぬしらー」
そんなどこか緊張感のないユエの呼びかけ。
もちろん、彼らがどうなろうと知ったことではない等と考えているわけではない。彼らが今すぐに崩れるわけではない以上は時間的な制約も今はまだない。だが一番の理由は偏に『この距離ならどうとでもなる』である。
「!?」
「誰っ!?」
「同業か!?」
彼らからすれば突如かけられたユエの声にそれぞれが反応する。
だがそれでも彼らはすぐさまユエのほうを振り向いたりはしない。一人前の探索士は敵から視線をそらさない。そんな彼らの様子にユエは感心を覚えていた。負傷者が出ていても浮足立っておらず、冷静さを失っていない。
「手助けはいるかのー?」
「助かる!頼めるか!?」
リーダーであろう、弓を持った男がユエの声に応える。
まだまだ慌ててはいないとはいえ、どうやらユエ達が思っていたよりは逼迫した状況らしい。脳筋の寄せ集めであるユエ達にはあまり関係の無い話ではあるが、バランスの取れたパーティというのは安定感がある分、一人が崩れた際の状況の変化に弱くなりやすい。それが後衛ならばまだしも、前衛が離脱したとなればなおさらである。一芸に秀でたもの達をそれぞれ集めるということは、もしも欠員が出た際、空いた穴を塞ぐ人員がいないという事の裏返しだ。故に軍や騎士団といった集団行動を主とする組織はその性質上、一芸特化よりも
「というわけで、誰が行くかじゃが」
「私がここから攻撃しましょうか?」
「いや、ソルの魔力は念のため無駄遣いせんほうがいいじゃろ。切れるとは思っておらんが、探索とは魔力を温存するものらしいからの」
「私はパスっス」
「じゃと思ったわい。サボれる時はとことんサボるからのぅ」
エイルは基本的に戦闘に何かを求めるタイプではない。そもそも楽が出来る時にはとことん楽をしようと考えるタイプであり、今のような状況で進んで前に出ることはない。
となると必然的に残るは二人となる。比較的好戦的な近接組である。
「ここは。私の番だと思うのですが」
「いやいやわしの番じゃろ?退屈しとった所なんじゃ」
「いえ。それを言うなら私も同じです。やはりここは私が」
「いやいやわしが」
「・・・先程。壁に刺さっているのを助け出したのは私です」
「ぬぐっ・・・」
「これで。帳消しにしても構いませんよ?」
「ぐうっ・・・」
「・・・」
「・・・ええい!わかったわい!譲ればいいんじゃろ!これでチャラじゃからの!」
「よいでしょう。ではそういうことですので行って参ります」
不毛な争いの末、ノルンの無言の圧力に屈したユエが降参とばかりにその場に寝転び観戦態勢へと移行する。その隣にソルが座り込み、エイルがスカート内から軽食を取り出す。すっかり外野と化した三人は、その腰に佩いた双剣を抜き放ちながら歩くノルンの背中を見送ったのだった。
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