第70話 探索開始

アルスを画面外まで蹴り飛ばしたせいで協会内の一部を破損し、ナナからたっぷりとお叱りを頂いたユエ達はその後、夢の国へと旅立ったアルスをイーナ達に任せ、さっさと迷宮の入り口へと向かうことにした。

探索士協会の奥から続く長い通路を抜けた先。辿り着いた一際大きな広場で、ユエが阿呆のような顔をしていた。


「おぉ・・・」


「ふふ、可愛い」


「なんか思ってたのと違うッスね・・・」


迷宮の入口があるこの広場は大きな吹き抜け状になっていた。

通路の出口、つまりは現在ユエたちのいる場所から見下ろすような形で広がるホール。そこには多くの探索士達が集まっていた。


係の者と何事か話してから早速迷宮へと入っていく者、準備運動や装備の最終確認を行う者。他のパーティと会話している者などなど。やっている事自体は先程までユエ達がいた協会の受付前とそれほど変わらないが、それでもやはり皆どこか真剣な面持ちであった。


「なんかもっとこう・・・歪園メイズと同じように"ゲート"があるもんじゃと思っておったんじゃが」


「思っていたよりもずっと直截的な大穴ですね」


「逆に不気味ッスねぇ・・・」


途中までは舗装されタイルが敷き詰められた広場の床。その先に大きな大きな穴が空いていた。

穴の手前には階段が設置されており、探索士達が順にそこから穴の下へと居りてゆくのが見える。

呆けたように穴を見つめるユエ達の後方、四人の中では一番事情に詳しいノルンが軽い解説を行ってくれた。


「迷宮は。地下深くまで広がる古代遺跡、或いは太古の巨大な地下都市と言われています。当然"門"は地下に会った為、この街を作った際に迷宮へと入りやすいよう周囲を掘り下げ、或いは埋め立てることで入り口を整えたそうです。つまり目の前に広がるあの巨大な穴は人工的なものです」


「む、そうなのか?そう聞くとなんか一気に緊張感無くなってきたのう」


「あ、そうなんスか?自然の驚異とかそういうやつじゃないんスね。感動を返してほしいッス。じゃあもうさっさと行くッスよ」


先程までは大穴に圧倒されるかのように、阿呆のような顔で口を開いていたユエとエイル。しかしノルンの話を聞いた途端に真顔に戻り、好き勝手なことを口にしながら歩き始めた。そのあまりにもな変わり身に、わざわざ解説をしたノルンは表情こそ変わらぬものの、心なしか肩を落としたようにも見えた。


基本的には王都に滞在しているため、領主としての仕事の多くをストリに任せてしまっているノルンではあるが、それでもこの街の領主であることに代わりはない。領主としての立場上、やはりユエ達のような他国の人間や観光客などには目一杯楽しんで貰えれば、と考えている。そういう考えで名所であるこの大穴の補足説明を行ったのだ。完全にノルンの善意である。しかしそこは一筋縄ではいかないユエ達である。まさか逆に冷めてしまうとはノルンも思って居なかった。これを機にノルンは理解を深める為、一層ユエ達の観察を真剣に行うことになりその結果更に粘着度合いが上がるのだが、そんなことはまるで想像していないユエ達であった。


その後、入口へと向かった一行は、探索士達の入場を取り仕切っていた者達から随分と驚かれることとなった。言わずもがな、ノルンが動向している所為である。とはいえ朝からずっと見てきたすっかり慣れた反応だ。ノルンにとっても説明が面倒なので雑にあしらいながら進んでゆく。そのまま先程上から見下ろしていた階段を降り、ようやく"門"の前へと立つ四人。


「ここまで来れば普通の歪園と変わらんか」


「そうですね」


「なんだかんだでちょっと楽しみになってるのが癪ッスねぇ・・・」


「私も。ここから先は初めてですので、少し楽しみではありますね」


ここから先は常に危険が付きまとう歪園内。

探索に慣れたベテラン探索士達でさえも歪園に入る時はやはりどうしても緊張するものだ。しかしこの四人に限っては、そんな繊細な感情とはまるで無縁であった。


「いえーい!一番乗りじゃー!」


「ああッ!ズルいッス!」


散歩中に見つけた良さげなレストランに入る時のようなテンションで、まずはユエがひょいと"門"を潜る。それに続くようにして、急ぎエイルがユエの後を追う。


「ふふ、では私達も」


「はい。放っておくと先に進んでしまいそうですしね」


それに遅れるようにして、比較的落ち着きのある二人が"門"の中へと歩を進める。

紆余曲折あって遅れに遅れた、ユエ達の初の迷宮探索がこうして幕を開けた。

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