第68話 部隊名

「私もですねぇ、まぁ多分誰も応募してこないだろうなぁとは思ってたんですよぉ」


「ほほう」


「登録料は払って頂いたので言われた通りに一応募集は張り出しましたけどぉ、だってまだ何処にも所属していない探索士、それも深度9なんているわけないじゃないですかぁ」


「ほほう」


「それに私は立場上皆さんの深度を知っていますがぁ、周囲の方々は知る由も無いわけじゃないですかぁ?ってことはあんな怪しすぎる募集に応募する人なんて居ないですよねぇ?それが・・・何をどうやったらこうなるんですかぁ?」


「成程。つまり内心『何考えてんだコイツ、来るわけないだろバーカ』くらいに思っておったと」


「・・・それは誤解ですよぉ」


「今の間はなんじゃこの牛乳うしちち女がぁあああ!」


「ひゃああああああ!すみませぇぇん!」


普段の喧騒を取り戻した探索士協会内の、その受付カウンターでユエがナナの胸を揉みしだいていた。以前にメンバーの募集登録をした際、この腹黒デカ乳女は自分たちの事をただの間抜けな金蔓程度に見ていたのだろうと、ここぞとばかりに責め立てるユエ。

先程とは違い既に協会内は賑わいを取り戻しているとはいえ、ユエ達はやはりまだ視線を集めていた。そんな注目を浴びた状態で乳を揉まれたナナは溜まったものではない。涙目になりながら許しを乞うていた。だが謝った時点で、内心小馬鹿にしていたことを白状しているようなものである。


「まぁこのくらいで勘弁してやるわい。次は直じゃぞ」


「ひんひん・・・うぅ、あんまりですぅ」


「ほれ、いつまで嘘泣きしておるんじゃ。さっさと仕事をせんか」


そう言われたナナは数瞬の硬直の後、何事も無かったかのように普段と変わらぬ表情に戻っていた。

その様子に、これまでどれほどの男たちがに騙されたのかと想像してユエは戦慄していた。王都の支部で受付嬢をしていたアザトさん──ユエは彼女の本名を既に忘れていた──も中々の曲者であったがこの女も大概であると。


「・・・血も涙も無いんですかぁ?まぁいいですけど・・・さて、本日はパーティの登録ですよねぇ?正直に言えばこうなった経緯が非常に気になりますけどぉ、嫌な予感しかしないので詮索はしないでおきますねぇ」


「嫌な予感も何も、何故こうなったのかはわしも解っておらんのじゃが」


「・・・おかしな事にならないといいんですけどねぇ」


ユエからすれば、『ぐだぐだ怠けていたら家の前に公爵が落ちていて粘着された』としか言いようがなかった。彼女が一体何に執着しているのかはユエの預かり知らぬ話だ。


とはいえノルンの加入はメンバーに悩んでいたユエ達にとって大いに助けとなった。

アルス達の誘いを断ったように、有名人と共に探索を行うことで起こるであろう周囲からの詮索や疑念といった懸念材料はあった。しかしよくよく考えれば深度をある程度合わせてメンバーを選ぶ必要がある以上、誰と組もうと同じことだと気づいたのだ。募集要項にあるように、無名な割に深度だけは無駄に高い自分たちに合わせれば必然的に深度の高いメンバーを選ばねばならない。深度9の探索士など世界中を見回してもほんの一握りの上澄みだ。そしてそういった者は皆どこかのパーティに所属しており、かつ知名度が高いのだ。


故に、有名税として割り切ることにした。

そもそもユエは探索士として大成したいわけではないのだ。誰に何を言われようと知ったことではなかった。無論、良い気分にはならないだろうが。

その後、会話をしている間にも手を動かし続けていたナナが一枚の書類とペンをユエに差し出した。


「ではぁ、こちらにメンバーの名前を記入して下さぁい」


「ふむり・・・む?のぅデカ乳や。このパーティ名というのはなんじゃろうか」


「・・・扱いひどすぎませんかぁ?まぁいいですけど・・・読んで字の如くパーティの名前ですよぉ。最初の説明のときにお話しましたよねぇ?」


「・・・無いとダメなんじゃろうか」


「ダメですよぉ?もしかして忘れてましたぁ?」


(忘れておった・・・)


最初の説明の際、確かにナナはパーティとしての登録名が必要だと言っていた。

しかしその後、人数不足の件が判明したせいでそちらに気を取られてしまったユエはすっかり失念していた。だがしかしその場にはソルも居た筈である。あの義妹がまさか忘れているわけがないだろうと、ユエは俊敏な動きで後方を振り返る。そこには何かに期待するように怪しげな手帳とペンを構えた、微笑むソルの姿があった。


(こやつ・・・図ったなッ!)


何のことはない。ソルは土壇場で焦るユエを見てその姿を記録したかったらしい。

ユエがパーティ名の事を忘れているであろうことを完全に読み切った一手であった。よくよく考えれば非常にどうでも良い、下らない悪戯に過ぎないのだが。

しかし義姉としてのプライド故か、ぐぬぬと歯ぎしりをするユエ。だがそんな彼女に思いがけないところから助け舟が出された。


「どうせそんなことだろうと思って私がちゃんと考えておいたッスよ!」


「何!?ナイスじゃ!」


「姉様と姫様を象徴するようなグレートなやつッスよ!」


エイルが『任せろ』と言わんばかりに前に出る。

普段の駄犬ぶりのせいで忘れがちだが、彼女は基本的に優秀なのだ。近頃雑に扱っていたことをユエは静かに反省した。エイルが考えていたからといってユエがパーティ名のことを忘れていたという事実は消えないのだが、ユエはすっかり安堵した様子である。


いそいそと書類に記入をし終え、満足げな表情で後方へと下がるエイル。

ユエにとってパーティ名にこだわりなどは無い。考えていなかったので考えてから後日また来ます、などということにならなければなんでも良かった。

そうしてユエとナナが書類へと目を落とした先、パーティ名の欄には無駄に綺麗な文字で『月光会』と書かれていた。


「・・・反社ですかぁ?」


「たわけ。誰が反社会的勢力を立ち上げろと言うたんじゃ」


「なんでッスか!姉様の名前と姫様の名前から取ってるんスよ!」


言っている意味は勿論ユエにも分かる。

だがこれではあまりにも直球ど真ん中な反社会的勢力であった。そうでなければ怪しげな宗教団体のどちらかである。


「いやこれどう見て反社じゃろ。却下じゃ。おぬしセンスないのぅ」


「ぐうッ!!忘れてたくせにッ・・・!」


ユエがぐしゃりと書類を丸めてナナに渡せば、ナナもまた後方のゴミ箱へと投げ入れて新たな書類を取り出す。息の合ったコンビプレーによってエイルの案は闇に葬られることとなった。

ユエは続けてノルンへと振り返り案を求めた。ソルに聞かなかったのは大凡の予想がついていたからだ。毛玉の名前を『シロ』と雑につけた義妹のこと、どうせ『お姉様倶楽部』などといったエイルと大差のない答えが帰ってくるのが目に見えているのだ。この手のセンスに関してはソルも大概であった。


「頼むぞノルン、おぬしが頼りじゃ」


「私ですか。そうですね・・・」


急に話を振られたノルンは、その無茶振りとも思えるユエの問いにも真面目に考える姿勢を見せる。

先程はユエと見事なコンビプレーを見せたナナであったが、さすがに次の相手にも同じ事は出来ないせいか緊張した面持ちで見守っていた。


「ここは。先人に倣うのは如何でしょうか」


「ほほう?」


「例えば。アルス・グローアのパーティは"仲間ヘタイロイ"と言うそうです。まぁ彼の仲間達は彼のことを"恋愛弱者ヘタレロイ"などと呼んでいるようですが。さておき。このように何かしらの意味を持つ言葉をそのままパーティ名とすることが多いそうです」


「あやつのパーティもちゃんと名前あったんじゃな・・・」


共に戦った事もあり、以降も何度も顔を合わせている、すっかり顔なじみとなった四人の探索士。

しかし思い返せば、彼らのパーティ名は聞いたことが無かった。

ユエは当然知らなかったが、実際に彼らがパーティ名で呼ばれることは少ないのだ。四人全員が能力に優れており、個々の探索士として呼ばれることが多いせいだ。あとは単純にアルスの名前が広まりすぎていて『アルスのパーティ』と呼ばれがちなためである。なおノルンが言うように、主にイーナとアクラがアルスをイジる意味合いも込めて自分達のパーティをヘタレと呼んでいた。


「そこで。"朔月ノワ・ルーナ"は如何でしょう」


「なにやら洒落た言葉が出てきおったぞ」


「そうでしょうか?朔月、或いは新月とはユエ太陽ソルが同じ方向に存在している時を指しますので。エイルさんの案にも添うのではないかと思いました」


「おぉ・・・なんかそれっぽく仕上げてきおったぞ・・・」


「くっ、悔しいッス・・・でも気を使ってもらってるから何も言えないッス・・・」


「特に。捻りも無くて申し訳ありません。あまりこういったことは得意ではないので」


「いやいや、なんか雰囲気がカッコイイからそれで行くとしようかの!」


「待つッス!ここまで来たら姉様にもちゃんと考えて貰うッスよ!!」


「断るッ!!」


「汚いッス!」


やいのやいのと再び揉めだした二人はそのまま取っ組み合いへともつれ込んでいた。

そんな二人の様子を他所に、静かにしていたソルがこそこそと記入を済ませてしまう。


「ああっ!」


「ナイスじゃ!」


「ふふ。本当はもう少し見ていたかったのですが」


朝の忙しい時間帯にこれ以上受付を占領していては迷惑なのだ。とはいえ周囲の探索士達はユエ達の様子を興味深そうに眺めるだけで、誰も受付には来ていなかったのだが。

パーティの登録を終えたユエ達はそのまま探索の申請も行い、ほんの十分程で全ての準備が整っていた。あとは実際に迷宮へ向かえば、いよいよ探索の始まりである。


「これで手続きは完了しましたがぁ、始めは無理せず様子見程度にしてくださいねぇ?迷宮内でのトラブルや揉め事なんて以ての外ですからねぇ?聞いてますぅ?」


「うむうむ、勿論聞いておるぞ」


「さっきまでのやり取りを見てるだけに、とっても心配なんですけどぉ・・・まぁいいですぅ。ではお気をつけて行ってらっしゃいませぇ」


朝から疲れた顔でユエ達に手を振るナナ。

探索とは危険が伴うもので、そのまま還らぬ者も多い。故に普段の彼女はもっと真面目に受付業務を行っているし、見送る際も今よりも数段丁寧に行っている。探索士協会の職員として、受付嬢として、迷宮へ向かう探索士達の事はいつも心配しているし皆無事に戻って欲しいと願っている。

すっかりユエ達のペースに飲まれてしまったナナであったが、それでもやはりユエ達を見送る眼差しには心配や不安、期待と応援が綯い交ぜになった複雑な感情が込められていた。


そしてそのまま受付からほんの少し歩いただけで他の探索士に絡まれているユエ達を目の当たりにした。


「はぁ・・・やっぱり話聞いてないじゃないですかぁ」

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